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離縁を願った女

作者:

なんとなーく浮かんだお話

もういいですわよね。


もう表舞台から消えてもいいでしょ?


ねえ、お父様、お母様……


~~~~~~


「離縁する!?」

私の言葉に侍女のサラが驚きの声を上げた。

「サラ、声が大きいわよ」

のんびりと紅茶を飲みながらサラに注意する私。

サラはすぐに侍女の顔に戻り、謝罪後ティーカップにお変わりの紅茶を注ぐ。

サラは私が小さい頃から私に仕えている侍女兼幼馴染兼相談役。

私より5歳年上の頼りになる姉的存在。

「いい加減疲れたのよ」

ティーカップをテーブルの上に置いて私は窓際に移動する。

窓の外では旦那様と妹がイチャイチャしている。

二人は私が見ていることに気付いていない。

3階にある私の部屋から二人がいちゃついている中庭は見えないと思っているみたいね。



私と旦那様…エドワード・ファイ・ローディス伯爵との婚姻の話が最初に出たのは私がまだ10歳の頃。

3つ年上のエドワード様は王立学院の騎士科に所属され将来を有望されていた。

私も王立学院に通っていたが貴族の令嬢が集まる普通科だった。

普通科と騎士科の交流など入学式と卒業式後のパーティーの時以外ほとんどない。


婚姻の話は親同士のたわいもない酒の席での口約束だったが、その場に国王もお忍びで一緒に酒を飲んでいたことで正式に決まってしまったようなものだ。

ただその時の約束というのが『ローディス侯爵家の息子とラディアス侯爵家の娘の婚姻』というなんとも曖昧なものだった。

ローディス家には息子が3人、ラディアス家には娘が2人いた。

誰と誰を婚姻させるかは成人するまでに決めるという本当にフザケタ………適当な約束事だった。

そして、ローディス家の長男であるエドワード様が成人し、伯爵位をいただいた16歳の春。

国王陛下が何の前触れもなく、ローディス侯爵家長男とラディアス侯爵家長女の婚約を発表したのだった。

エドワード様も突然の事に困惑していました。

当然よね。

親同士での話し合いはあったけど、当人たちには一切話していなかったのですから。

私は父の執事からそれとなく聞いていたので知っていましたが……

正直、自分が選ばれるとは思っていませんでした。

てっきり双子の妹であるマリアンヌが選ばれると思っていたので…

妹のマリアンヌは誰もが見惚れる美貌を持ち、豊富な知識でお茶会などでも常に中心に居るような子です。

生まれた時から比べられている私は曖昧な笑みを浮かべてすべてスルーしてきました。

いちいち対応していたら精神がすり減ってしまいますからね。

生きていくうえでスルースキルは大切です。

それでも突っかかってくる人には最高級の笑みを浮かべて

「妹はきっと神様にとても愛されているのね。妹の為にも私は早々に表舞台から消えますわ」

と言ってきた。

この言葉をそのまま受け取り頷く人と、眉を顰める人がいた。

そのまま受け取り頷いた人たちは妹の取り巻き達。

眉を顰める人たちは私の友人。


私は成人を迎える16歳になったら修道院に入りたいと前々から両親に話していた。

修道院に入るということはすなわち女を捨てること。

両親と一族の人たちは猛反対でした。

何度も何度も話し合って、社交界デビューして1年は社交界に出ることを条件に認めさせた。

社交界デビューは15歳(成人前にお披露目の意味で王宮の舞踏会に必ず参加させられる)

両親はその1年の間に私の結婚相手を決めるつもりだった。

私の事で落ち込んでいた父から話を聞いたリチャード様(エドワード様の父親)と国王陛下は即座にエドワード様と私の婚姻の話をまとめてしまったそうです。

もしかしたら、私が修道院に入りたいと言わなければエドワード様の隣には妹がいたのかもしれませんね。



「エドワード様が愛しているのは私じゃないわ。マリアンヌよ」

「マリー様……」

「正式な婚姻を結ぶ前に何度もお父様達にお願いしたわ。私ではなくエドワード様のお相手はマリアンヌの方がふさわしいからマリアンヌをエドワード様の奥方にしてあげてと…」

窓の外では仲睦まじい二人が抱き合い、人目を気にせずキスをしている。

「それにね、王立学院に通っている頃からあの二人は付き合っていたの知っていたの」

「え?」

「二人は隠しているつもりみたいだけど、見る人が見ればね。だから、私とエドワード様の婚姻の話が出た時、何度も言われたわ『エドワード様に相応しいのはマリアンヌ様よ!すぐに婚約解消しなさい!』って」

「マリー様……」

「国王陛下にもお願いしたわ。私じゃなくてマリアンヌを…って。でも聞いて下さらなかった。私の抵抗もむなしくあっという間に王命で結婚してしまったわ。私は無力ね……」

窓際から離れ、ソファに座るとサラは新しい紅茶を用意してくれた。

「明日、国王陛下に報告に行きます」

「公爵様達には……」

「明日の国王陛下への謁見後に食事を一緒にする約束をしているからその時に話すわ」

私の言葉にサラは悲しそうな笑みを浮かべたがすぐに了解の返事を部屋を出て行った。

明日の準備をしに行ったのだろう。


私は再び窓際に立ち、いちゃつく二人を見下ろす。

「もうすぐ…もうすぐですわ。もうすぐ自由にして差し上げますわ。エドワード様」



~~~~~


「なんだと?」

玉座に座る陛下から低い声が発せられた。

普段は温厚であまり威厳を感じない国王陛下。

その国王陛下が驚愕の面持ちで私を見下ろしている。

陛下の隣には王妃様と王太子殿下もいらっしゃる。

お二人も私の言葉に驚いている。

「もう一度…もう一度言ってみろ。マリー」

「はい、陛下。私、マリー・ファン・ローディスはエドワード・ファイ・ローディスとの離縁を願い出ます」

私の声が静まる謁見室に響いた。

「離縁するというのか…エドと」

王太子殿下の声に私はにっこりと笑みを浮かべる。

王太子殿下はエドワード様とは幼馴染であり、親友。

私が何度もエドワード様との婚約を破棄してくれるよう陛下に願い出ていたことを知る人でもある。

「はい、そもそもエドワード様が妻にと望んでいたのは私の妹のマリアンヌです。お父様たちに許可を貰う前に、陛下の命でローディス家の長男であるエドワード様とラディアス家の長女である私が結婚することになったのです。陛下の命が『ラディアス家の娘』であれば、マリアンヌが嫁いでいたことでしょう。ですから私と離縁して、マリアンヌと添い遂げることが今、エドワード様がもっとも望まれていること」

「エドは承知しているのか?」

殿下の言葉に私は曖昧に微笑んだ。

「エドは知らないんだね。君一人の独断だね」

「ええ、ですが、どうか聞き届けてください。私はもう耐えられません」

絶対に泣くまいと気丈に振る舞ってきたけどもう限界。

「いくらお慕いしていても、私の事を見て下さらない方に尽くすのも、その方が妹と睦みあっている姿を見るのも……」

ずっと胸の奥に秘めていた思いを全て打ち明けた。

学生時代からエドワード様に惹かれていたこと。

陛下の命であっても婚約者に選ばれた時は嬉しかった事。

エドワード様とマリアンヌが実は密かに付き合っていた事。

結婚してからもエドワード様とマリアンヌは密会を続けていたこと。

最近では、屋敷の中でもいちゃついていること。

我慢していた涙が頬を伝う。

王妃様が私の傍らに跪いて涙をぬぐってくださった。

「今までよく我慢していましたね。わかりました。離縁の件は両家の話し合いで決めましょう。でも、あなたには休息が必要ね。しばらく私の宮で暮らしなさい」

「王妃様……」

王妃様の優しい声になんとか笑みを浮かべた。

「王妃、マリーの事を頼めるか?俺達はリチャードとルーカスと話してくる。ルイ、お前も同席しろ」

「はい、父上」

陛下と殿下はすぐさま謁見室を出て行った。

宰相様に今日の予定はすべてキャンセルだと言っている声が聞こえた。

「さあ、マリー。私の宮に行きましょう」

王妃様に手を掴まれ、私は王妃様が住まう宮(王妃宮)に向かった。



王妃宮で過ごすようになって1か月

その間、エドワード様は一度も私を訪ねてこなかった。

父とリチャード様は仕事帰りにいつも訪ねて来てくれる。

「お父様、離縁状を…」

「ならん!」

「お父様!私にこれ以上恥をかけと仰るのですか!?王宮内や社交界で私が何て呼ばれているのかご存知でしょ!『妹に旦那を寝取られ見捨てられた女』って呼ばれているんですよ。これ以上両侯爵家に泥は塗りたくありません!」

「「…………」」

「お父様、リチャード様、お願いです。私の最初で最後の我儘です。エドワード様と離縁させてください、そして修道院に……」

床に跪き額を付けるほど頭を下げる私に父とリチャード様は小さなため息をついた。

「わかった」

「ルーカス!」

「マリーは今まで修道院に入るという事以外のわがままを言うことはなかった。いつもマリアンヌに欲しかったドレスも宝石もなにもかも譲ってきていた。そのマリーがここまで言うんだ。リチャード、お前には悪いが……」

「いや、本来悪いのはうちのバカ息子だ。マリー、すまない」

頭を下げるリチャード様に私は慌てて立上り顔を上げてくれるよう頼んだ。

「3年という短い間でしたが、お世話になりました」

頭を下げるとリチャード様は私を優しく抱きしめてくれた。

「本当にすまない。君の名誉は必ず回復させる」

リチャード様の言葉に私は首を横に振る。

「私の事はいいのです。ローディス家の名を穢して申し訳ありませんでした」

「マリー……」

リチャード様の腕の中から離れ、お父様に向き合う。

「お父様、修道院への手続きを進めてください」

「どの修道院に入るんだ?」

「聖シュトラウス修道院」

「な!?」

私が挙げた修道院名にお父様もリチャード様も瞳を大きく見開いた。

聖シュトラウス修道院は、身内でさえなかなか面会できないことで有名な修道院である。

そして一度、この修道院に入ったら生きて出てくる人(還俗する人)は少ないという。

つまり、死ぬまで外との連絡を遮断したい人が入りたがる修道院である。

別名『世捨て人の修道院』と呼ばれている。



その後、手続きは王家経由で進められた。

王命で結ばれた婚姻は3年で終焉を迎えた。

離婚が正式に認められたその日に私は聖シュトラウス修道院に入った。


そして、私はそこで一人の男の子を産んだ。

エドワード様が酒に酔ってマリアンヌと間違えて私を抱いたあの日にできたエドワード様との子。

もちろん、エドワード様には伝えていない。

ただ、父と母にはこっそりと知らせておいた。

いつか、ラディアス家の後を継いでもらうためだ。

ラディアス家には私以外の跡継ぎがいなかったから都合がよかった。

父と母は泣きながら私の子を引き取ってくれた。

周りには遠縁の子を養子にしたと言って……



私が我が子の成長する姿を見ることはなかった。

父と母に引き取って貰った翌年

流行病にかかりあっけなくこの世を去ったのだ。


だからその後に起きる王家を巻き込んだラディアス家とローディス家の諍いは知らない。

私の産んだマリオンとマリアンヌが産んだレミディオが引き起こす両侯爵家の争いなど知ることはなかった。



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