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ドリンク “コモ・フラミンゴス”

「今、最も伸びている分野はダイエット食品ではなく、アンチエイジングだ!」

 建てたばかりの本社ビルも人手に渡り、元のボロ社屋に戻ったというのに社長は元気だった。


“マカラス・ドリンク”の悪評で倒産寸前だった、カツオシD食品は“ヌトラローフ・ドリンク”によって立ち直った。ダイエット食品として開発したはずが、逆に食欲不振に効果のあるドリンクとして、日本のみならず世界中で売れたのだ。

 思わぬ大ヒットに気を良くした社長は周りが止めるのも聞かず、銀座の一等地のビルを買って本社を移転した上、マザーズにも上場を果たした。


 しかし、大方の予想通り怪進撃は長く続かなかった。


 大手薬品会社や食品会社が同じ効能を持ち、しかも原料には我が社のような怪しげな毒キノコを使わないドリンクを開発して売リ出したのだ。

 安全性に疑問符の付く我が社の“ヌトラローフ・ドリンク”がすぐに見向きもされなくなったのは当然と言えよう。

 そうなると過大投資が裏目に出て、逆に膨大な負債を抱えてしまったというわけだ。

 株主からの恨みの手紙や、銀行からの改善命令に社員一同、必死で対応している中、突然社長が次の一手を思いついたのだった。


 だが、こう言えば身も蓋もないが、アンチエイジングの為のドリンクなどは世界中にワンサと出回っている。ウチのように“ゲテモノ食品”とまで罵られ、営業に行けば塩を撒かれるような会社が「新しいアンチエイジング・ドリンクを開発しました!」と言っても、(変な意味で)関心は持ってくれるかもしれないが、誰も買ってくれない。

 壇上で一人高揚している社長を見ながら社員一同、フッとため息をついた。


 しかし、よく聞けば、社長の目の付け所は確かに他社の類似品とは異なっていた。

 新製品のドリンク、“コモ・フラミンゴス”は、普通のアンチエイジング商品のように、ヒアルロン酸で肌に弾力性を持たせるだけでなく、血色の悪くなった加齢肌そのものを朱に染め上げる効果があったのだ。



「なんだァ? 今回は随分ありきたりな発想じゃねえか。血色を良くする方法なんぞはどこのビューティサロンだってやってるよ。その為にわざわざお前んとこの、怪しげなドリンクを飲もうなんて酔狂な奴がいるかよ」

 十数件のスーパーで無視された後、ようやく少しだけ話を聞いてくれる社長がいた為、俺はここぞとばかりにその社長に今回のドリンクの特徴を解説した。


「ミカンを食べ過ぎるとβカロテンの影響で肌が黄色くなることをご存知でしょうか。柑皮症というのですが、今回のドリンクは黄色ではなく、フラミンゴのように肌を朱に染め上げる成分が含まれているのです」

「ほう? カロテン以外に肌色に作用する物質があったってのか」

「ハイ、血中に吸収されやすい特殊な糖類と食紅の一種を融合させることによって可能になりました」


「確かな食材を使ってんだろうな」

「ハイ、政府公認の食品添加物、コチニールを大量に使っています」


「コチニール? 原料は花か?」

「いえ、花ではないんですが・・・」

「言いにくそうだな。まさか毒キノコとかじゃねえだろうな」

「いえ、カイガラムシ・・・」

 

 次の瞬間、俺は店をつまみ出された。

 正直に言ったのがいけないのかもしれないが、いずれはバレること。こんな商品は売れませんと報告しようとしたが、頑張った人もいて、すでに注文が入っていた。

 社員としてはうれしくもあるが、同時にちょっと不安でもあった。

「どうか、また問題が起こりませんように・・・」

 俺だけでなく、脳天気な社長以外はみんな同じ気持だったことだろう。


 だが、そんな心配をよそに“コモ・フラミンゴス”は売れ始めた。

 主な材料がカイガラムシであることを大衆紙がすっぱ抜いたにも関わらず、「あの会社のやることだから材料はゲテモノでも効果はあるはず」という変な信用が出来上がっていたのだ。

 事実、これを飲んだお年寄りの女性は肌に赤みが増し、ドリンクに配合された通常のヒアルロン酸効果と相まって10年くらい若返ったように見えた。

 業績は急回復し、社長は「このまま売りまくって銀座の本社ビルを買い戻すぞ!」と激を飛ばしたが、俺にはなんとなく次の展開が予想出来ていた。


 ほどなく、カツオシD食品にはポツリポツリと苦情が寄せ始め、やがて嵐のように抗議の電話が殺到し出したのだ。

 

 どうやらこの“コモ・フラミンゴス”に含まれる改良型コチニールは(普通のコチニールと違って)体内に蓄積されるという性質を持っているようで、しかも効果が2週間程度の時差で現れる為、赤みが増しすぎたということらしかった。


 事実、会社にまで抗議に来た人の顔はまるで生まれたての赤ん坊で、社長はまたまた裁判所から召喚命令を受けることになった。


 そんなわけで、銀座のビルを買い戻すどころか、ボロ社屋まで売り払うことになり、会社は存続の危機を迎える事になった。

 すったもんだの末、ようやく移った新社屋は使われなくなった養豚場。


「もう実家に帰って家業を継ごう・・・」

 俺がそう思い始めた時、社長がまたまた次の商品を思いついた。


 なんでも「今のトレンドはペット用品だ!」とかで、病院に行くのを嫌がって大暴れする犬や猫のために、食べるとしばらく眠ってしまうペットフードを開発するという。


 ペットを我が子のように可愛がる人達が、はたして悪名高きカツオシD食品のフードを買ってくれるかどうかは疑問だが、もう一度だけ頑張ってみるか・・・。


 俺はそう決意した。


                     


                     ( おしまい )


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