Prologue
ジジジと爆音が大気と地面を仕切に奮わせている。
それに呼応するかのように俺の心臓もドクドクとけたたましく拍動する。
熱気と湿気とが入り混じり、12月の寒波との矛盾を生んでいた。
ツツっとさらさらな汗が頬を伝い落ちて宙に舞い、ステージ上の荒れ狂う光を反射して砕け散る。
大の大人達までもが声を涸らして叫び腕を力いっぱい振り上げているその光景は、どんな人々でも興奮するだろう。
そしてあのステージの上に立てたならばどんなに気持ちがいいのだろうか。
こんな小さなライブハウスの一ステージでも俺にとっては武道館だった。
今日の〆を飾るバンドの最後の曲が終わりを迎えた。
ギターがCのメジャーコードを無造作に鳴らし、ドラムがタムを回し、ベースがスラップ、ボーカルは観客の最後の力を搾り取ろうと必死に煽っている。
それに合わせて俺達はただ叫び、最後の余興を味わった。
ライブも一段落してライブハウスから外に出ると、そこは一面の白だった。
どうやらライブ中に雪が降り始めたようだ。
今でもチラホラと雪が舞っている。
「さっくさっくぅ~!雪だあ!」
俺の隣では一緒にライブに来ていた坂本和幸【さかもと かずゆき】が叫びながら両の腕を広げて空を見上げていた。
汗だくで脱水症状直前の俺達にとっては、この真冬の突き刺す冷気が心地好い。
「こら、邪魔になってるぞ」
入り口ではしゃいでいる坂本の横を、後ろにいた人達が迷惑そうに通り抜けていく。
「やべっ!」っと坂本は急いでピョンと横に退いた。
坂本は振り返り、すんませんしたと頭を下げると雪の中を歩きだした。
そうして俺達はあーでもないこーでもないと音楽について議論しながら帰路に着く。
「スノーッ!!」
ライブの日から少し時は過ぎて、
1/1 am3:00
高校受験をもう目と鼻の先に控えた俺だが今日は元日ともあって、朝早くからバンドのメンバー達と初詣でに出掛けようということになっていた。
バンドと言っても、中学最後の集会のために即席で作り上げたメンツだ。
バンドというものに憧れていた俺達四人が、中学最後だしでけぇ花火打ち上げようぜとやけっぱちになったのだ。
ギターが3人もいたからそのうち一人が叩いたこともないドラム、もう一人が人前で歌ったことがなくカラオケにもほとんど行かないというボーカル兼ベース。
学校の体育館ステージで、持参したVOXの小さいアンプを足元に演奏したのは記憶に新しい。
その人生初のライブは、まあ何と言うかさんざんに終わった。
リズムが刻めていない無駄にうるさいドラムに全ての音が掻き消されていたのを覚えている。
そんなこんなで今日はこれから何が悲しいのか男が四人仲良く縁結びで有名の神社、輿都神社【こしみやじんじゃ】に赴くのだった。
なんでわざわざ縁結びの神社にしたのかと言うかもしれないが、それは俺達の家から一番近い神社だったからというだけ。
そして建前上、縁結びということで俺達の友情フォーエバーらしい。
要は正月に集まりたかっただけ。
俺には特に誰かこれといって思っている人なんていないので、向こうに行ったらまだ見ぬ薔薇の高校生活で彼女ができますようにと祈っておこう。
「いってきます」
俺は小声でまだ寝ている家族にそう告げると、ポケットから右手を出して玄関のドアを慎重に開いた。
集合場所に指定していた坂本家は俺の家から自転車で5分もかからない所にある。
やはり1月の早朝ともなると冷え込む。
俺はかじかむ指をポケットに突っ込むと、自転車の鍵を取り出した。
カシャン
気持ち良く鍵が回る。
まだ集合時間には早いのだが、どーせもう皆着いている頃合いだろう。
暇な奴らめ。
そんな俺もあいつらと同じで、正月に一緒に初詣でに行く彼女の一人もいない暇人なわけだが。
キィキィゆっくりと自転車をこいでいると、あっという間に坂本家に到着。
坂本家の駐輪場と化している近くの公園には、既に自転車が二台止まっていた。
俺もその隣に自転車を止めると、言うことを聞かない指で自転車の鍵を外してケータイを取り出した。
『着いたよ(・ω・)ノ』
「送信っと」
朝も早いのでインターホンは鳴らさない約束だった。
坂本家の玄関の前でしばし待っていると、カチャっと扉が開く音と同時に
「さっくぅ~」
坂本が出てきた。
その後ろにはなんちゃってバンドメンバー達もづらづらと。
「おせぇぞー」
と、木口智史【きぐち さとし】が集合時間20分前に言った。
「こんばんは、櫻井」
と、朝倉優太【あさくら ゆうた】。
「さっくぅ~、モンハンやろ~ぜ~」
モンハンとはモンスターハンティングという携帯ゲーム機用ソフトの略称のこと。
「お前ら受験間近くらいゲームは控えろよ。」
という俺も実はちゃんと持って来ているんだが。
たまには息抜きくらい必要だろ?
べ、べつに毎日やったりなんてしてないからな!
「んなこたぁいーから早くやろーぜ!」
そう言って木口は坂本の部屋へと走って行ってしまった。
「やべぇ!今通信中だった」
朝倉もドタバタ2階の坂本の部屋へ。
このゲームは通信時に一時停止ができないため、通信中に席を外したりすると帰ってきたときには既にキャラが死んでいたなんてことがよくあるのだ。
『うわ、まじかよぉ~!』
2階からそんな叫びが聞こえてきた。
ああ、死んでたんだな。
それとまだ皆寝てんだから静かにしろよ。
1/1 am4:12
「人多すぎだろこれ」
「まあ輿都神社にはよそからもいっぱい人来るからな」
俺達はようやく輿都神社まで来た。
輿都神社は坂本家から15分くらいの所にあって、地元民はもちろん全国的にも有名な神社だ。
周りを見るとカップルが6割くらい・・・
「くそぅ、うらやましい・・・」
「さっく、何か言った?」
「・・・いや、何でもない」
輿都神社の周辺には屋台がたくさん軒を連ねており、様々な匂いが混濁していた。
俺達は参拝専用の大きな行列に身を任せて、適当にこの時間を楽しんだ。
・・・それにしても長い。
かれこれもう30分は進んだと思う。
超スローペースで。
そろそろ元気が底をつこうとしていた。
「あっタコ焼きだぁ!」
坂本はまだまだ頭も元気らしい。
「ちょーなげーよ。前の人どんだけ願い事あるんだよ」
朝倉と木口の初めのテンションはもうとっくに萎んでいた。
まだ半分くらいあるし。
「朝倉はいくらぐらい賽銭入れる?」
「五円くらい」
「ご縁だけに?」
「やかましいは」
俄然元気の出ない俺達は坂本のテンションに付いていこうともしない。
「木口は?」
「俺も五円でいいかな」
「ご縁だけ━━━」
「言わせねぇよ!」
木口はうんざりと言ったふうにため息を一つ。
「さっくは?」
「俺は奮発して十円くらい」
「奮発してねぇじゃんケチ」
「うるせー。そう言うお前はどうなんだよ」
「俺ぇ?」
そこでなぜか坂本の声のトーンが上がった。
なんか嬉しそうだし。
ずっと聞いて欲しかったよオーラがビンビンビンビンやかましく出てるし。
「俺賽銭いくら入れるか知りたい?」
あ~うぜぇ。
なんでこいつにふっちまったんだろ。
明らかに今までの会話全てがフリじゃねぇか。
「やっぱいいや」
「ええ!聞いてよ!」
坂本が、ガーンなんて効果音が似合いそうな表情になった。
「賽銭いくら入れるの?」
めんどくさいからやっぱ聞くことに。
「俺ね━━」
なんか坂本がバックをゴソゴソし始めたぞ!?
俺達三人が何が出るんだと興味津々に見守っていると、
「これを入れるのさ!」
ジャ~ンと坂本が取り出した物とは━━
「フィギア?」
今人気の某アニメのヒロインのフィギアだった。
「そう!これを入れればこの子が俺のヒロインになってくれ・・・・・・ってあれ?」
ヒュウウゥ~・・・・・・
1月の風は寒かった。
やっとだ。
待ちに待った賽銭箱がもう俺達の目前にまで迫って来ていたのだ。
「ついに・・・だ。」
「・・・ああ」
そこで俺達の前にいたカップルがキャッキャウフフと何処へと消えていった。
そしてついに、
「長かった」
賽銭箱にたどり着いたのだった。
俺達は無言で四人横一列になりずっと握りしめていた賽銭をほおった。
俺はガチで彼女が欲しいからこっそり五百円入れたのは内緒。
四人一斉に手を合わせて目を閉じた。
『高校では彼女ができますように本当にお願いしますよ神様さん一生のお願いだから今まで使ってきた一生のお願いは全部嘘だからもう本当にこのとおりだからマジでお願いしますよ彼女を俺に彼女をくだちゃい!!』
俺達はゆっくりと目を開けて深く頭を下げると、一斉に脇にそれた。
「終わった・・・な」
「ああ」
俺達は全てを出し切ったかのように腕をだらりと下げて、とぼとぼと家に帰ることにした。
そういえば坂本はフィギア投げてなかったな。
そうか・・・、あいつもガチなんだな。
━━そして受験当日━━
木口と朝倉とは別れて俺と坂本は輿都高校の校門前に立っていた。
公立で偏差値は60そこそこ。
色々とそこそこの奴らが集まっていることだろう。
「さっくぅ~、緊張するな」
「そうか?」
坂本とは打って変わって、俺の交感神経は驚くほど静かだった。
なんか普通に受かると思う。
まあ実際に1ランク高校を落としたからな。
坂本は鼻から輿都高校を目指していたわけだし、緊張するのも無理はないだろう。
「あ~も~ぜってぇおちたよ」
テストが終わってからというもの、坂本はずっとこんな調子だった。
今はテストが終わったから適当にファミレスに入って打ち上げ中だ。
東中の輿都高校を受験した男子六人でピザを突っつき合う。
「坂本元気だせって。そんな景気の悪い事言っててもしょうがないだろ?」
東中の屁こき王と呼ばれた宮川が必死に坂本を慰めていた。
その隣では
「おいやめろってぇ~」
と、篠田がドM丸出しの声をあげていた。
理由は俺が篠田のピザにタバスコの雨を降らせているからだ。
それに便乗して三船が塩をかけ始める。
「食えなくなるだろぉ」
そう言いながらもピザを引ったくって一口で頬張る篠田も芸人だが。
そして篠田は顔を真っ赤にして汗を滝のように流しトイレに駆けていった。
「お前らタバスコ全部使いやがったな!」
そんなことを言っているのは伝谷。
「俺タバスコ大好きなのに」
「塩なら残ってるけど」
「いらんがな」
そんなこんなで俺達の受験は幕を閉じた。
学校は無意味な期間に入り、ただ合格発表を待つだけとなった。
今日は俺と坂本の二人だけでの帰り。
たまたま皆都合があるらしい。
「なあさっく」
「ん?」
「もし輿高に入れたらけいおん部に入ってバンド組もうぜ」
「当たり前だろ」
「俺がシンセでさっくがギターな」
俺達の頭にはもうそれのことしかなかった。
バンドを組んで文化祭に出る。
夢のようだった。
俺達はその日ゆっくりと帰った。
━━合格発表当日━━
ザワザワ
輿都高校の玄関広場にはたくさんの人がごった返していた。
落ち込んでいる人や喜んでいる人など様々だ。
「早くいこーぜ」
俺達は小走りに列に並ぶ。
初詣での日となんだか似ていると思った。
だが初詣でよりも幾分も早く終わりを迎えた。
合格者の受験番号がずらーっと並べられているボードの前にたどり着くと、俺は必死に自分の番号を捜した。
0076、0076!
━━━━あった。
「・・・・・・よっしゃあああぁ~!!」
自然と叫んでしまった。
周囲の視線に赤面しながらも東中の輪の中に入っていく。
そこには既に皆が揃っていた。
「どうだった?」
坂本が怪訝そうに聞いてくる。
俺はニコっと笑い、
「受かった!」
と、ブイサインを作ってやった。
「皆は?」
「受かったのは俺とさっくと篠田だけみたい」
坂本が少し悲しそうに俯く。
俺は「そっか」とだけ言い残し、書類を貰いに事務室へと足を向けた。
変に慰めるよりはその言葉の方が何倍もマシだろう。
坂本と篠田も書類を貰うために俺のあとに続いた。
書類を貰ってまた広場に戻ってくると、もうあの三人は笑顔で笑っていた。
「・・・あれ?」
坂本が不思議そうに首を傾げている。
「あいつらはそういう奴らなんだよ」
篠田が口を開いた。
「くよくよといつまでもいじけない強い奴らなんだよ」
「篠田、お前カッコイイこと言うんだな」
「お前そういうキャラだっけ?」
篠田は恥ずかしそうに下を向いた。
「う、うるせーな!」
そしてあの三人の中に走って行ってしまった。
篠田が加わったことで更にぎゃあぎゃあと楽しそうに騒ぎ始める三人を見て坂本が、
「さっく、俺達も行かない?」
「ああ。そうだな」
そうして俺達の中学時代は終わりを迎えた。
甘酸っぱいようなもどかしいような。
でもまだ序章が終わったに過ぎない。
俺達は高校という次のステップへと進んでいく。