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第3話

 朝の空気は好きだ。

 もう初夏だというのに、少し肌寒い、ピンと張り詰めた空気。これから町が動き出す充電をしているような、そんな雰囲気。いつも、この清々しい空気を吸い込みながら、学校に行くのが好きだった。

 しかし、今日はいつもと様子が違う。ひなの傍らには、セトがいるからだ。


 「それでは対策を立てるため、いくつかあなたに質問します」

 昨夜の出来事は、朝目覚めれば全てが夢でした…と終わるはずだった。

 だが、目覚めても終わらない夢。それはもう、現実以外の何者でもなかった。

 どう否定しても、どう見えないふりをしても、セトはそこにいる。幻覚でもなんでもなく、今朝もこうやってひなに語りかけてくるのだ。

 「恋愛対象者は越村隆二。あなたのクラスメイトですね?」

 「はーい。」

 多少投げやり気味にそう答える。

 そして自分の少し後ろをふわふわと付いて来るセトを、チラリと横目で眺めた。

 ふわふわ、と言っても、あからさまに地面から離れて浮いている訳ではない。

 ほんの数センチ、地面から足が離れているだけだった。遠目に見れば、普通に歩いているのと変わらないように見えるだろう。

 そういえば、某ネコ型ロボットもそうだったな、とふと思い出す。

 常に地面から数センチ浮いているから、足を拭かずに家に上がっても怒られないのだそうだ。

 ひなはそこまで考えた所で、セトとそのネコ型ロボットの姿を重ね合わせ、吹き出した。

 (──おかしすぎる!)

 声を押し殺しながらプルプルと肩を震わせているひなを、少しも気にかける様子もなく、セトは淡々と質問を続けた。

 「好きになったきっかけは?」

 「えええ、そんなことまで答えるの?は、恥ずかしいんだけど……」

 ポーカーフェイスで、心の中にずかずかと入り込んでくるセト。

 しかし今は恥ずかしがっている場合ではない。「恋愛成就の手助けをする」という言葉を信じ、すがるしかないのだった。

 「私、1年半位前に親の都合でこの町に来たの。消極的な方だから……初めの頃はほとんど友達いなかったんだ。でも越村君だけは、話し掛けてくれて……」

 その時の様子を思い出し、ひなは頬を赤らめた。

 しかしセトは少女の甘い回想すらもお構いなしに、話を続ける。

 「なるほど、それで惹かれた、と。ありがちな話ですね。」

 思い出に浸る暇も与えず、傍若無人な物言い。

 さすがにムッとしたひなは、少し意地悪な声色でセトに言った。

 「天使だったらそんなこと聞かなくても、なんでもわかるんじゃないの?」

 これにもセトは表情を崩さず答える。

 「それは……あなたの心を読めば簡単な話ですが。いいのですか?それで」

 そう言われてしまえば、返す言葉がない。ひなはキッと睨みつけることで、答えを伝えた。

 セトはその視線に気づくと、ため息を1つこぼし、どこからともなく取り出した黒い大きなノートに視線を落とした。

 「現在の状態、諸々の障害などを考えて、恋愛成就率を表すと……およそ40%ですね」

 「そんなはっきり数字で見えちゃうの!?そしてそんなに低いの!?」

 ズンッと肩に大きな岩でも落ちてきたかのような衝撃。ひなはがっくりと肩を落とすと、大きなため息をついた。

 確かに、挨拶すら満足に交わすことのできないこの状況で、越村が自分のことを好きになってくれる可能性は少ないだろう。

 ある程度覚悟はしていたが、実際数字を突きつけられると言葉も出なかった。

 「実際に私に見えるのはもっと漠然としたイメージですが、数字に変えた方がわかりやすいかと思いまして。

 ……とにかくこの成功率を上げるために、私が力を貸して差し上げるんです。ですからそう落ち込まないで下さい」

 慰めのつもりなのかセトはそう言うと、ひなの肩に手を置いた。実際にセトの手のぬくもりや重さを感じることはできないが、ひなはその行動に、少しだけ救われた。

 「とにかく自分を印象付けることから始めましょう。挨拶は欠かさずに。好感度が上がり始めたら、プレゼントなどの物的攻撃で……」

 自信満々に話し続けるセトを横目で見る。一体どこからこの自信が来るのだろうか。

 そして恋愛ゲームの攻略法のような発想で、本当に大丈夫なのだろうか。

 ひなは「他の恋天使より成績が悪い」と言っていた理由が少しだけ垣間見えた気がして、一気に不安が増したのだった。


***


 「オハヨー、ひな!」

 「あ、おはよ、ミカ……」

 生徒でごった返している正門で、ミカはひなの姿を見つけると、ぶんぶん手を振りながら駆け寄ってきた。

 そして挙動不審なひなの様子に、小首を傾げる。

 ひなは辺りをキョロキョロとせわしなく見渡していた。かと思うと、何事か小声でぶつぶつつぶやいている。

 「ひな?」

 ひなはセトが他の人間に見えないか、不安だったのだ。

 人通りが多くなる前に尋ねた時「私が姿を見せようと思った人間にしか、見ることはできません」セトはこう答えたが、まかり間違えて誰かに見えていたら、と考えると

気が気ではなかったのである。

 あたりを一通り見渡して、誰もセトに気づいていないことを確認すると、ひなはやっと納得し、ミカに向き直った。

 「ごめんね、なんでもない」

 ミカはまだ不思議そうな顔をしていたが、すぐに昨日のドラマの話題に切り替えると、楽しそうに語り出した。

 (──確かにセトが見えてたら大騒ぎだよね)

 ミカとの会話も話半分に、セトのことを考える。そう思いながら1人クスリと笑った。

 さすがに天使というだけあって、セトは綺麗な顔立ちをしている。そして、独特の雰囲気を持っていた。

 人を寄せ付けないような、張り詰めた空気。

 でも、ひなはその雰囲気が嫌いではなかった。まるで朝の空気に似ていると思ったからである。

 これであと少し愛想がよければ、自分ももっと素直に応対できたのにと、他人事のように思った。


 「あ、ひな、越村だヨ!」

 「えっ!?」

 セトに気をとられていたひなは越村に対する心の準備が出来ておらず、慌ててミカの後ろに隠れた。

 そしてキョロキョロと辺りを見回し、その前方、丁度校舎に入っていく越村の姿を見つけた。

 「ホラ、挨拶くらいしておいでよ」

 「彼が越村君ですね。まずは挨拶からです」

 ミカとセト、2人にそう言われ、ひなは言葉に詰まる。

 「挨拶は人間にとって大切なものです。継続すれば、その人間の心すら動かすこともできます。さあどうぞ」

 「さあどうぞって!そんな簡単に出来たら、神頼みなんかしないってば!」

 セトはひなの様子に、深いため息をついた。ミカはミカで、ひなの言葉に眉間に皺を寄せる。

 「は?何?神頼み?」

 しまった、という風にひなが口を押さえた瞬間、校舎内に始業を継げるチャイムの音が鳴り響いた。

 周りを歩いていた他の生徒も、一斉に駆け出す。

 ひなはこれ幸いと「ホラ、遅刻しちゃう」とミカの手を引っ張り、駆け出した。

 ミカは納得行っていないような表情だったが、いつになく強引なひなにつられ、とにかく走り出した。

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