過去編 ~上村稔~
やっとこさ投稿です。
あと三日で一年になるところだった・・・。危ない危ない・・・orz
説明が多いです・・・読みにくかったらすみません<(_ _)>
理想の夫婦。
俺の両親を見た人は判を押したようにそう言った。
綺麗でお淑やかな母。笑顔が爽やかで仕事のできる父。二人が仲睦まじくしていたら、確かに傍から見たら理想だろう。だがそれは外面だけだ。
二人の実家は資産家だ。そこに昔ながらの、という言葉が付く。そこから両家は古臭い因習を大事にしていると予想できるだろう。そう。政略結婚だ。
二人の間に愛はない。それは幼かった俺でも理解できた。
何せ母は若いホストに入れ上げ、父は外に作った愛人のもとに毎晩のように通っていたから。それを表に出さない両親を多少は凄いと思うが、何の関心も持ってはいなかったので、全く気にしていなかった。寂しい、悲しいなどの感情など、全く抱いていなかったのだ。
二人も俺に何の関心も持っていなかったので、小さかった俺が家に一人でいようと何をしてようと構わなかった。だったら子供など作らなければよかったのに、と他人事のように思ったものだ。まあ、周りから『神童』、『天才』などと呼ばれていた俺だから、その理由についても見当は付いていた。世間体、もしくは跡取り。そこら辺りだろう。だから両方の血を受け継ぐ妹か弟が生まれる事は一生ないのだと、早々と理解した。
母は全く家事をせず、全て家政婦任せだった。俺の朝、昼、晩の食事も家政婦が作った。だが彼女は子供なのに大人びている俺が気味悪かったらしく、あまり話しかけて来ようとせず、仕事が終わればすぐに帰っていった。故に食事はいつも一人。腹さえ満たせればそれでよかったから文句はなかった。
そして俺の七歳の誕生日。勿論今まで祝ってもらった事などなく、今回もいつも通り一人で家政婦が作った食事をとって風呂に入って寝る。そう、思っていた。
始めは何が起こっているのか分からず、次に頭に浮かんだのは少し前に読んだ本の内容だった。
何も興味がない俺が唯一持っている趣味は読書。小学校の図書館にある本を読み尽したと言っても過言ではないほどの読書好き(英語の本も含む)。
その中から思い出したのは『超能力とは』という内容。
そう。俺の前で家具が浮いているのだ。
確か・・・念力だったか。手を使わずに自分の意思で物を動かす事が出来るとか。
浮いているのは勉強机。寝る前に借りた本を少し読もう、と思って置いておいた机を意識しただけなのだが。
この時の俺は全くの無表情だった。というより、冷めていた。
家具が浮いた、だからどうした? という何とも子供らしくない心境だったのだ。
普通ならここで驚くとか、怯えるとかするべきなんだろうが・・・。
ここまで自分が冷めている事にこそ驚きだ。
まあそれはともかく。
「まずは机を下ろさなきゃな」
そう思って意識してみたらちゃんと机は定位置に戻った。本当にあっさりと。
超能力ってこんなに簡単なものだったのか・・・?
やれやれ、とやはり子供らしくない溜息を一つ。
自分が超能力者だと知っても日常は変わらない。小学校に通い、家政婦が作った食事を食べ、寝る。ただそこに超能力の限界はあるのかと秘かに調べる事が増えただけ。
そんなある日。
小学校から帰ってきた俺は、誰もいない家に鍵を開けて中に入った後、手を洗いながら念力を使って冷蔵庫から飲み物を取り出す。誰の目もないからこうやって日常的に使う事が当たり前になってしまった。
それを飲みながら自分の部屋に向かい、宿題を済ませる。
その後はする事もなく暇になるので、超能力について調べる事にした。
この間は机と椅子を浮かせようとしたが、一つしか浮かせられないらしく椅子だけが浮かび上がった。だから今度はどれだけ重い物を浮かせられるか、試してみる。
机ぐらいは問題ない。なら本棚ならどうだろう。
分厚い本がたくさん入って重たいだろう本棚に意識を向ける。少し揺れたが、重過ぎるらしく浮かばない。
なら本を少なくしてみるか。
何冊か抜いて、意識を集中。それを二度ほど繰り返せば、やっと本棚は浮いた。
「限界はここまでか」
自己分析しながら一つ頷く。我ながら子供らしくないな、と思いつつ本棚を浮かせ続けていると。
「入るわよ」
突然母の声が聞こえた。そして言葉とほぼ同時にドアが開く。
母がいつ帰ってきたのか、全く気付かなかった。それだけ集中していたようだ。だが問題はそれではない。
「・・・・・・」
部屋の光景を見た母はポカンと口を開けた。俺は驚きのあまり集中が途切れ、一瞬の後に本棚を落としてしまう。
ドン!!
凄い音と共に床に落下した本棚。本がバサバサと落ちる。
その音に我に返った母は、顔を蒼褪めさせ恐怖の表情を浮かべた。
「ば、化け物・・・!!」
一言叫ぶと、絶叫しながら駆けていく。
俺は呆然としながらそれを見送った。
その日、俺達家族とも呼べない家族は、完全に崩壊した。
母はキチガイのように「こんな化け物、あたしの子供じゃない!」と泣き叫び、何があったのか分からない父に離婚を要求した。親権は勿論放棄。分からないながらも俺が薄気味悪いと思ったのか、父はそれを受け入れ、自分も親権を放棄した。
二人の実家は何が何だかワケが分からず最初は反対したが、母があまりにも取り乱しているので仕方なく離婚を許した。そして跡取りである俺を実家で引き取ろうとしたが、母だけでなく父にも反対され、結局俺は施設に行く事になった。
家を出るこの日。がらんとした家の中で、部屋の整理もすんで手荷物だけになっていた俺は、する事もなく床に座り込んでいた。
いつもなら暇があれば本を読むか超能力を調べるかしていたが、今は何もする事が思い浮かばない。
頭に浮かぶのは、母に「化け物」と罵られた時の事。
父も母も自分の事ばかりで俺の事など何とも思っていない事は分かっていた。なのに、あの時少しだけ、傷ついた自分がいた。
いつも冷めている子供らしくない子供。それが俺だったはずなのに。
「・・・そろそろ行くか」
複雑な想いを抱えながら、立ち上がる。
父も母も既に自分の場所を作って出て行った。後は俺が出て行くだけ。
玄関を出て、後ろを振り返り今迄住んでいた家を眺めた。
少しは愛着でもあったかな、と自問してみる。・・・何の感慨も浮かばない。全くないのだと、ハッキリ理解した。なら何の心残りもない。ハズだった。
施設への道のりは地図を貰っているので、タクシーにでも乗れば迷う事もなく着けるだろう。その為のお金ももらっている。
だが何故か・・・タクシーを拾う気にならない。大通りに出ればいい事を知りながら、足は全く別の方へ向かっていた。
十分ほど歩いて着いたのは公園。ブランコと滑り台、砂場があるだけの小さな公園だ。今は誰もおらず、寂れた雰囲気だけが漂っている。
今では皆気味悪がって友達など皆無だが、まだ小さな頃は何人か友達がいた。その子達とこの公園で遊んだ事もある。
あの頃はブランコがお気に入りだった。
何となくブランコに歩み寄り、腰掛ける。キイ、と小さな音が聞こえた。
「・・・俺、何でここにいるんだろ」
口から出たのは理解不能な自分の行動に対する疑問。答えは出るはずもなく。
「・・・俺、何で生まれてきたんだろ」
次に出たのは誰もが抱くであろう疑問。
勿論これにも答えなど出るはずも―――
「幸せになる為に決まってるだろう」
・・・出た?
慌てて振り向くと、背の高い外国人が立っていた。
「・・・Who are you?」
思わず英語が出た。しかも定型文的な。
先程相手が日本語を喋っていたと気付いたのは言ってしまってからだ。
「英語も喋れるのか。さすが神童だな。私は村田源蔵という」
名前がメチャクチャ日本人だ・・・。
などと間抜けな事を考えていると。
「ちなみに私はハーフだ。母がイギリス人だった。おまけに大層日本文化に嵌まっていて、私の名前も彼女が付けた」
・・・何だろう、似合う似合わない以前に良いのかと言いたい。
駄目だ、いつもの冷静さがどこかへいってしまった。
「その村田さんが俺に何の用ですか」
「ん? さっきからくら~い雰囲気の少年が公園で項垂れているから、心配になってな」
「・・・俺が神童だと言っておきながら、それが通じるとでも?」
「ばれたか。だが心配しているのは本当だぞ。子供はもっと笑っているものだ」
笑う。それは自分からは程遠い行為だ。
無表情、というより感情がないのだと自分でも思っていたから。
感情がない・・・? だったら何故母の言葉に傷つく?
再び自問自答を繰り返す。答えが出ないそれは目の前の男の存在を忘れるほどで。
「稔君?」
名を呼ばれ、ハッとした。不審人物の前で、何をやっているのか。
「・・・何でもありません」
頭を振って心のもやもやを吹き飛ばす。
そろそろ施設に向かおう、とブランコから立ち上がると、見下ろしていた男が、ん? といった感で片眉を上げた。
「泣いてるのか?」
「・・・何でそうなるんですか」
「いや、悲しそうな顔をしているからな」
・・・悲しそう?
思わず顔に手をやってしまう。だが自分では今どんな表情をしているのか分からない。
「自分の表情も分からないのか? これは重症だな・・・」
ポツリと呟いた男の言葉は耳に入ってこなかった。
そうか・・・。これが『悲しい』か・・・。
先程吹き飛ばしたはずのもやもやの正体。
なんだ・・・俺にも『感情』があったのか。
どこか他人事のように感じるも、母の言葉に傷ついた理由が分かって納得してしまった。
小さく頷いていると、突然手を掴まれてハッと男を見上げた。
「私と一緒に来ないか? 君の力も理解しているつもりだし、何より娘の話し相手になって欲しい」
「・・・娘?」
「そう! もうすぐ一歳になる私の宝物だ! もう目に入れても痛くないくらいに可愛いんだ! 初めて私を『ぱー』と呼んだ時なんて―――」
・・・突然の娘自慢に、俺は掴まれている手を振りほどく事も忘れて呆然としていた。
「名前は梨花と言ってな、世界一可愛いんだよ! 君も会えば分かる! あ、だからと言って君にはやらないからな!」
・・・いつそんな話になったんだ?
もう呆れ果てて声すら出ない。
しばらく娘自慢を聞いていたが、突然男が悲しそうに眉根を寄せるのを見て、首を傾げた。
「そんな可愛い梨花だが、君のように超能力を持っていてね。まだ小さい梨花はコントロールが出来ないし、むやみに力を使ってはいけないのだと理解できない。それを周りが知れば排除しようと考える輩が出てくるかもしれない。妻にも隠しているほどだ。だから梨花が寂しくないように、傍で守ってやってほしい」
「・・・・・・」
俺のように最初からコントロールできるワケではないのか・・・。
この男の妻、つまり梨花ちゃんの母親に隠す理由は理解できる。俺の母がいい例だ。
「施設の方には私から連絡を入れておこう。引き取り手が見つかったとなれば向こうも納得する。君のご両親にも連絡を入れておくよ」
「・・・いえ、その必要はありません。俺の両親は、俺には何の関心もありませんから」
再び無表情になってそう言うと、男が更に悲しそうに顔を歪めた。
「なら私が君の『家族』になろう。梨花の兄として・・・いいかい? 『兄』として接してやってくれ」
『兄』と言う言葉を強調する男。そこまで娘が大事なら、将来彼氏が出来た時は相手を殺しかねないな。
小学生の俺よりも大人げないと悟ってしまった瞬間だった。
それでも男の言葉は、自分のないと思っていた心に響いたと感じた。『家族』という言葉がすんなりと頭の中に入り、じんわりと胸が温かくなったのだ。これが『嬉しい』と言う感情なのだと、後に男・・・村田さんから教わった。
「さて、家族になったところで、早速行こうか」
そう言って俺を抱き上げる村田さん。この人の行動は唐突過ぎてすぐにはついていけない。思わず目を丸くするとそれが可笑しかったのかクスクスと笑われてしまった。
少しムッとしたが、文句は出なかった。こんな風に抱き上げられた事など一度もなく、村田さんの温もりが感じられてどこか心地良かったから。
そうして家族になった俺達は、もっと絆を深める為に前へと突き進んでいくのだった。
あれから八年。色々な事があった。
村田さんと梨花ちゃんのおかげで感情というものを得る事が出来た。喜怒哀楽を表現できるようになり、村田さんにも喜んでもらえた。
村田さんの奥さんに紹介された時は超能力の事は秘密にしたため、ある程度受け入れてもらえた。だが妹のように可愛がっていた梨花ちゃんが能力の暴走で意識不明になり、超能力の事がばれると梨花ちゃんと俺を、俺の母と同じ目で見てきた。それがとても苦しくて・・・感情を持ったのは間違いだったのかと思うほどだ。
だが村田さんがずっとそばにいてくれた。本当の親のように。だから感謝の気持ちを込めて、村田さんの望みを叶えるべく努力した。
秘密組織の立ち上げ、仲間集め、いろんな人との交渉・・・。大変ではあったが、その分前へ進めているのだと実感できた。梨花ちゃんの事で苦しんでいる村田さんを少しでも楽にしてあげたくて、自分の梨花ちゃんに対する心配を押し殺してまで頑張った。時々申し訳なさそうに見てくる村田さんも、俺が止まる事をしないと知っているので、好きなようにさせてくれた。
その努力が報われたと感じたのが、歩夢君によって梨花ちゃんが目を覚ました時。最初、歩夢君を連れてきた時はまさかここまでするとは思ってもみなかった。だからこそ、俺は歩夢君にとても感謝している。村田さんや梨花ちゃんの重りを失くしてくれた事を。そして俺の心に平穏をもたらしてくれた事を。
それから更に五年が過ぎ、歩夢君をリーダーとして活動する日々。
歩夢君は可愛い美少女然とした容貌から格好良い美青年へと成長した。まだ美少女だった頃はからかうのが楽しかったものだが、今は静観する方が楽しい。梨花ちゃんや命音、鈴原さんの歩夢君争奪戦は今では名物と言ってもいいかもしれない(・・・強司についてはもう除外)。
三人娘の勢いが強すぎてあまり目立っていないが、組織内でも結構な人気がある為、歩夢君に近付こうとする者はたくさんいる。それをまた三人娘が排除していくので、気分はすっかり観劇モード。
まあ、仲間を大切にする歩夢君が無意識に人気を集めてしまうので、三人娘は気が気でないようだが。
そんな歩夢君は仲間だけでなく、両親もとても大切にしている。歩夢君の事を理解し、俺達の事も受け入れてくれた優しい彼ら。歩夢君が大事に思うのは当たり前だ。
だが以前歩夢君が両親を信じていると言った時、俺はつい顔を歪めてしまった。彼らの事を知らなかったというのもあるが、俺ならそんな事は一生かかっても言えないだろうから。俺は自分の両親を両親だと思っていない。俺の親は村田さん一人だけ。
歩夢君はそんな俺に気付いて怪訝な顔をしていたが、何も訊かないでいてくれた。とても聡い子だ。
・・・もう少しこの平穏を堪能したら、彼にも話してみよう。命音は話していないにもかかわらず薄々感づいているようだが(似たような境遇だからか、それとも本能か)、強司や鈴原さん、渡部君にも打ち明けてみようか。
そう思っている時点で自分は昔と変わったのだと実感でき、それがとても嬉しかった。
「あら命音サン。お仕事でお疲れでしょう? さっさとお休みになられてはどうです?」
「ハン、アレぐらいで疲れるワケないでしょ。アンタこそ仕事があるんじゃないのサ。とっとと戻りなさいよ」
離れていても聞こえてくる大声での言い合い。命音と鈴原さんの口喧嘩。
「歩夢お兄ちゃんは私の旦那様なんだから! 触っちゃ駄目!」
そこに交ざるは可愛い妹梨花ちゃん。
見なくても遠い目をしているであろう歩夢君が想像でき、思わずクスリと笑う。
皆が飲めるようにと用意してあるポットから湯を注ぎ、お茶を手にそちらへ向かう。一緒に聞き込みに行っていた強司は既にダッシュで歩夢君達のもとへ。そして三人娘に追いやられてすごすごと引き下がった彼を無視し、ズズ・・・とお茶を味わいながら傍観。
「・・・そのお茶、わざわざ持ってきたのか」
「あなた方のやり取りは面白いので、のんびり見物しようかと」
ジトリと睨む歩夢君にそう返せば、深々と溜息を吐かれた。
だがそんな彼が幸せそうにしている事は見ていれば分かる。仲間として受け入れてくれる人がいればそれだけで充分なのだ。それは自分にも当てはまる事で。
なぜ生まれてきたのかという自分の問いに答えてくれた村田さんに感謝の気持ちを深めながら、俺はニッコリと笑った。
久しぶりすぎて文章が変になってないか不安です・・・。
生温い目で見てやってください(笑)