正体
少年が部屋から出て行って、1人きりになってからの間はミリにはほんの数秒のことだったように感じた。
それから扉がノックされて、ミリが返事をするよりも先に扉が開かれると部屋に入ってきたのは先程の少年と、もう1人。背の高い男の人がいた。
「お目覚めですか、お嬢さん」
「…、」
表情は、穏やかな笑顔。
女の人みたいに綺麗な藍色の長髪を後ろで1つに束ねている、彼がおそらくニーナと言う人物だろう。名前からして女性が来ると思っていたミリは驚いて体を起こし、慌ててペコリと頭を下げた。
「お、おい起きて大丈夫かよ?
えーと……って、あれ。オマエ名前なんだっけ?」
「……ミリ」
少年がミリのベッド脇に駆け寄ってきて。
ミリが戸惑いながら名前を述べると、少年は人懐っこい笑顔で笑った。
「そっか、なら良かった。
俺はベルっていうんだ」
「僕はニーナ。よろしく」
「お、お願い…します」
ベルの隣りに、ニーナも歩み寄る。ミリは連られるように背の高いニーナの方へと視線を移してみると途端にあることに気付き、思わず息を呑んだ。
ニーナの穏やかな表情の中で光る鋭い瞳が、探るように注意深く自分を観察していたのだ。自分は彼に怪しまれている、とミリは直感した。
「さあ、これを呑んで。
一時的な解熱薬ですが、すぐに楽になるでしょう」
「…ありがとうございます」
ニーナは薬とグラス、そして水差しを載せたトレイを持っていた。そしてミリに小さな錠剤の薬を手渡し、ベット脇のテーブルでグラスに水を注いでくれた。
ミリは言われた通り、素直に薬を呑む。
するとニーナはミリが大人しく指示に従ったことで満足したのだろうか、先程よりも優しく笑いかけてくれたので少しホッとした。今は遠慮という言葉よりも、ミリにはこのニーナという男に逆らう方が怖いような気がしたからだ。
どうやらその選択は正解だったらしい。
「――さて。落ち着いた所でベル、ユチェを呼んできてくれますか」
「オヤジを?」
「ええ。彼に内緒で客人をここに留めるわけにはいかないでしょう」
「あーそっか、わかった」
「……」
そうしてベルは再び部屋を出て行ってしまった。
…正直ミリとしては今ニーナと2人きりにはなりたくなかったのだが引き止めるわけにもいかず、不安げな表情を隠すことなくその背中を見送って。
恐る恐る、視線を隣りの彼へと戻した。
「さて…ようやく話ができますね」
「……。」
「キャメルも知らずに君を連れ帰ってきたのでしょうけど、まったく大した土産をくれたものだ」
「あの…」
「君、ヨナンの娘でしょう」
「!!」
――ミリは、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。
それと同時に頭をよぎったのは先程ニーナが発した「ユチェ」という名前。
聞き覚えはあると思ったが…ミリはここでようやく、とても恐ろしい事実に気付き。顔を青くした。
「僕達はマルシファミリーの暗殺部隊。
マフィアです」
マルシファミリーと言えば世界一と言われる巨大な組織を持ち、誰もが一度は名前を聞いたことのある超有力なマフィア。
そして、その名と同じくらいに彼等が直属の殺し屋集団を指揮しているというのも有名な話だった。
殺し屋部隊と言えばその名の通り、彼らの仕事は殺しが中心。ひとたび命令を受ければどんな仕事でも成功を納める最恐の殺人鬼集団。
それがユチェという男を中心に組織された殺し屋部隊の噂だった。
「どうやら、僕らのことは知っているようですね」
「……」
「実に興味深い話だ。あのヨナンの娘である君がダストボックスの中から偶然にも拾われ、尚且つ敵対するマフィアのファミリーである僕らの元へ転がり込むなんて」
「わ、私…」
ヨナンはミリの義父だった。なぜならミリは養女だから。
そして、ヨナンはと言えばマルシファミリーと敵対してるイムファミリーのボス。
だから、ニーナは疑っていたのだ。血の繋がりが無いと言えヨナンの娘であるミリはマルシファミリーを探るために送り込まれたスパイなのでは無いか、と。
「私…違います。もう、あの家には帰ってないし…帰りません」
「その情報も知っていますよ。しかしそれが計画では無いと言い切れますか。僕らを油断させるための」
「……。」
ミリは言葉を失った。
自分がヨナンの養女という立場である限り、どれだけ弁明したところで信じて貰えないだろうことは容易に想像が着いたからだ。それほどまでにマルシ一家とイム一家の仲は最悪なのだ。
「(……逃げなきゃ)」
ミリの脳裏に優しくしてくれたベルの笑顔が浮かんだ。
しかしベルも、きっと自分が敵側の人間だと解れば優しくはしてくれないのだろう。そう思うと悲しくなって、涙が出そうになった。