仕事
ニーナにはキャメルに頼まれてミリを呼びにきたらしい。ミリとベルは慌てて朝食を片付けると、この後家庭教師が来ることになっているというので部屋の前で別れた。
「ベルから有る程度の説明は受けたようですね」
「仕事のことですか?」
「ええ、説明を受けているなら話は早い。キャメルの要件はそのことです。ちなみに配属の希望はありますか?」
「え、選ばせてもらえるんですか?」
「仕事ならいくらでもありますからね。君は女の子だし、無難なのはメイドでしょうが」
「あの、」
「はい?」
「実は希望があるんですけど…」
***
「……。」
「……。」
あれから合流したキャメルとニーナは今、キャメルの仕事部屋で目の前でテキパキと凄いスピードで仕事をこなすミリを呆気に取られた様子で見守っていた。
ミリの言う希望とは意外にも事務仕事だった。
ミリの希望をキャメルに伝えると、キャメルは2人を自分の仕事部屋へ連れてくると試しに書類整理をさせてみたのだ。そうして作業を始めたミリはと言えば驚くほど適格に、要領よく仕事をこなして見せた。
「あの…おわりました」
呆然とする2人の様子に、戸惑いながらもミリはおずおずと申し出る。
半信半疑で、2人は仕分けされた書類に目を通し始めた。特Aランクであり、特にボスのサポートをする仕事を担っているキャメルの部屋には様々な資料や部下たちからの報告書が集まってくる。
それをミリは見事に仕分けして見せた。
驚いた2人の視線を一身に受けたミリは少し照れたように笑って見せた。
「ルッチの所にいたとき、少しだけ手伝ってたんです。こういう仕事」
「でもオマエ、仮にもボスの恋人だろ?なんでそんな雑用みたいな仕事させられてんだ」
「そ、それは…」
「ま。あの軍団の中にデスクワークなんて器用な仕事が出来そうな人間がいるとは思えませんからねえ」
「……あ、超納得」
ミリは苦笑いを浮かべた。
特に、アビノファミリーと言えばまだ新設と言っても良いマフィアだ。しかもファミリーのほとんどがそれまで好き勝手に生きてきたゴロツキばかり。しっかりとした教育を受けてきたメンバーも少なかった。
そのせいもあってか、デスクワークは誰もが苦手とする作業。そこで見兼ねたミリが少しだけ手伝っていたのだ。
「(懐かしい…)」
今思い出せば、あの頃はそれなりに楽しくやっていたのかな…と。少しだけ感傷に浸ってみる。
ルッチのことを思うと少しだけ胸が痛んだ。
「合格か」
「そうですね」
「え?」
「今日からオマエには事務方の仕事やってもらう。給料も出っからしっかり励むんだな」
「は、はい!」
キャメルは、ボスへの未提出書類をくるくると丸めてポンとミリの頭を叩いた。
まさかお給料の貰える仕事だとは思っていなかったので驚いたが、キャメルからの『合格』の言葉にミリは取り敢えず安心して胸を撫で下ろした。
「キミのことはもう部隊のほとんどに話は回っているはずですから、気兼ねなく働いてくださいね。屋敷の中は自由に歩き回ってくれて結構ですから」
「ありがとうございます」
「ただし、屋敷の外に出る時は特Aランク隊員の誰かに必ず声をかけるようにしてください」
「え?」
「君はもうファミリーですからね。ほいほい敵に攫われるような間抜けなことをさせるわけにはいかないでしょう?」
「……は、はい」
ミリは申し訳ないやらくすぐったいやら、そんな複雑な面持ちで顔を伏せた。
迷惑をかけることへの申し訳なさもあるが、自分もファミリーの一員であるということが嬉しいという気持ちの方が勝ったらしい。
イムファミリーにいた頃は家族の存在が当たり前だと思っていたし、ルッチの元にいた時のミリの存在はファミリーだとか、家族だとか、そういう位置付けには無かった。
一度全てを失った今だからこそ家族の有り難さを感じることができたのかもしれない。
「んじゃ、さっそく頼むかな」
「え?」
「ん」
そう言って、キャメルはついさっきクルクルと丸めた書類をミリに押し付けた。
ミリの手の中でスルスルと書類が開き、少し癖のついてしまった書類に視線を落とす。そして、キャメルへと視線を戻した。
「これボスに届けてきてくれるか。渡すだけで通じるはずだからよ」
「は、はい!」
書類を胸に抱いて、しっかりと返事を返す。
初めてのお仕事だ。
ミリは張り切ってキャメルの部屋をあとにした。