朝食
マルシファミリー殺し屋部隊は現在、総勢40名ほどで構成されている。仕事柄、死亡者や脱退者が絶えないため正確な人数はボスのユチェですら把握していない。
…というか、ユチェの場合は面倒くさがって把握していないだけだと思うが。
そして隊員の中でもA階級以上になればこの屋敷の中で一室をあてがわれることになる。A階級ともなれば仕事量も、仕事の内容も随分と変わってくるための配慮だ。部屋を貰った隊員はもちろんその部屋を仕事用の部屋として使用するのだが、キャメル達のようにベットを置いて寝室として兼用してしまう者も少なくない。
ちなみに隊員の他にも、隊員の身の回りの世話を行うメイドや組織の事務仕事を担う事務員、食事をつくるシェフなんかも働いている。
ミリがマルシファミリーで世話になることになった2日目の朝、ミリの部屋で共に朝食を採るベルによってそんな話を教えられた。
「たぶん、ミリもメイドか事務員か、シェフのどれかの仕事を任されることになると思う」
「そうなんだ…」
ミリ用の部屋は昨日の今日ということもありまだ準備出来ていないため、まだ客室を使わせて貰っている。広くて豪華な部屋の中で、美味しい朝食を食べるなんてシチュエーションはルッチの屋敷を飛び出して以来のことである。ミリは懐かしむような、信じられないような、まだ夢の中にでもいるような気持ちでベルの話に耳を傾けていた。
「俺はまだキャメル達みたいに任務も持たせてもらえないから勉強したり戦術訓練したりしてるんだけど、時間がある時はミリの仕事手伝ってやるな」
「ありがとう」
へへ、と、ベルはミリと顔を見合せて笑った。
ベルは殺し屋部隊の中でも最も幼く、聞けばまだ14歳だという。ミリは16歳なので、2人は1番年が近いということもありすっかり友達同士のような仲になっていた。
「ベル、聞いても良い?」
「なんだよ」
「ユチェさん…ボスは、ベルのお父さんなの?」
先ほどの説明の中で、ベルがボスであるユチェのことを『オヤジ』と呼んでいたことがミリはずっと気になっていたのだ。
ユチェとベルは同じ黒髪だし似てないことも無いが…しかし親子と呼ぶには何かが違うような気がして。そんなミリの疑問に、ベルは苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「うーん、…まあ正確に言えば血は繋がってねえんだ。拾われたから、俺」
「ひろ、われた…?」
「そ。俺の両親、マフィア同士の抗争に巻き込まれて死んだんだ。それで8代目……あー、8代目っていうのはマルシファミリー本部のボスなんだけど。つまりオヤジ達の上司にあたる8代目が俺のことを拾ってくれて、それからはずっとオヤジが面倒見てくれてるんだ」
「……そうだなんだ」
ベルもなんだ、と、ミリは心の中で呟きながら昨日フィオナが言っていたことを思い出していた。
――わたしたちは弱者だった…と、フィオナは言った。その『わたしたち』の中にはベルも含まれていたのだ。
……そういえば、キャメルも似たようなことを言っていた。
ミリに同情したのはミリによく似た子供を知っていたからだ、と。
もしかしてそれはベルのことだったのだろうか…?
「8代目、めちゃくちゃ良い人なんだぜ」
「そうなの?」
「ああ。両親が死んで荒れてた俺のことを最後まで見捨てないでいてくれた。そんでオヤジに出会わせてくれた。俺、でかくなったら絶対オヤジみたいなボスになってやるんだ」
「……きっとなれる」
「え?」
ぽつりと呟いたミリの言葉に、ベルはよく聞こえなかったようで首をかしげる。
ミリはそんなベルを見て笑った。
ベルを見ていると、本当にベルが心から8代目やユチェのことを慕っていることが容易に想像できる。だから、ベルならその8代目やユチェにも負けないくらい強くて優しいボスになってくれるに違いないと思ったのだ。
「私もいつか、8代目様に会えるかな」
「ああ、こんどオヤジに頼んでみよろよ!そんで一緒にジーチャンに会いに行こうぜ!」
「うん!」
「――ずいぶん楽しそうですねえ」
「「!?」」
…唐突に部屋の入口の方から声がして、2人は驚いて振り返る。
知らない間に、扉の所にニーナが立っていたのだ。
「ニ、ニーナ!?驚かすんじゃね-よ!」
「ノックをしたのに気づかない貴方達が悪いんでしょう?」
「え…ぜ、全然気付かなかったですスイマセン…」
「謝らなくて良いですよ。わざと気付かせないようにしたんですから」
「へ?」
「ニーナ!!」
「ふふっ」
怒るベルに対してどこまでも涼しげに笑うニーナだった。