安息
***
「ボス、コイツここに住ませるから」
「そーか」
「………」
そうしてマルシファミリーの屋敷に戻ってきたミリは一番にマルシ=ユチェの元へやって来た、わけだが。ユチェは一度だけ視線をミリ達の方に向けてそう返事しただけで、すぐに手元の書類チェックへと意識を戻してしまった。
突っ込むべきところは多々ある、まずはキャメルの報告の簡潔さ。次にそれに対して全く気にした様子の無いボス、ユチェだ。
「ボスとキャメルの会話なんていつもこんなもんじゃあ。気にした方が負け負け」
そんなミリの困惑に気付いたらしいラキが笑いながら言った。ちなみにフィオナは疲れたからと言って一足先に部屋へ戻ってしまった。その時はじめて、ミリはフィオナやキャメル達もみんなこの屋敷に一緒に住んでいるということを知った。
「ミリ!!」
「!…ベル、」
――するとその時、バタン!と部屋の扉が勢いよく開かれて。
飛び込んできたのはベルだった。そのすぐ後に、遅れてニーナがやってくる。
そしてベルはそのままの勢いでミリに飛びついた。勢いでよろけたミリの身体は思った以上の強い力で引き寄せられて、なんとか転ばずに済んだ。しかし気が付けば、ミリはベルに抱きしめられていて。
ポカンと立ち尽くすミリの後ろでラキがヒュウと口笛を鳴らした。
「こんのバカ!!」
「ベ、ベル…」
「すっげー心配したんだぞ!」
「ご…ごめ、」
「バカ!バカミリ!!」
「……ごめん」
ベルの腕がギュウっと背中に回される。
その、どこか頼りない力強さが不謹慎だがミリはとても嬉しかった。
「戻ってきたってことはキミ、自分のファミリー裏切っちゃったんですか」
「う……」
「ニーナは黙ってろよウッセーな!」
「いやあー、どっちかっつーと俺らが攫ってきたようなもんじゃけど」
「俺らじゃねーよ。実行犯はフィオナだフィオナ。もうこの際ぜんぶアイツの責任にしとこうぜ」
「馬鹿言ってんな。そいつの面倒はテメーの責任だクソガキ」
「…へーい」
話を聞いていないと思われたユチェが思わぬ所で話に入ってきたのでミリは少しビクリとした。この屋敷で3日間を過ごしたが、彼とはあまり関わる機会がなかったので慣れていないのだ。
更に言うとどうやらちょうど今ボスとしての仕事が溜まっている所らしく、少々機嫌が悪いらしかった。
そうしてボスの逆鱗に触れる前に5人はそそくさと部屋を出ることにした。
「ニーナ、こいつの部屋の準備頼めるか」
「事務方に依頼してきます。キャメルの部屋の近くで良いんでしょう?空いてます?」
「2週間前に任務で死んだ奴の部屋が確かそのままになっとったはずじゃのー。あ、ちなみに偶然にも俺の部屋の隣りじゃ」
「はあ!?そんなんだめに決まってんじゃん!つか別にキャメルの部屋の近くじゃなくても良くね?同じ女だしやっぱフィオナの近くにいた方が良いじゃん」
「おいどういう意味じゃベル」
「……。」
「ん?ミリどうした?」
今後のことをあれこれ話し合ってくれる4人の後ろをトボトボ着いて行くミリ。
最初に無言のミリに気付いて振り返ったのはベルで、つられるように他の3人も足を止めた。
「あの…その」
「なんだよ」
「わたし…迷惑かけて、」
「あーあーはいはい。面倒クセーからそういうのイラネーわ」
ミリはユチェの部屋で交わされた最後の会話がどうしても気になっていたのだ。
ミリに関する「面倒」そして「責任」という2つの言葉が、キャメルの肩に乗せられてしまっている。ミリがルッチを…言ってみればアビノファミリーとイムファミリーを裏切ったことは確実にこのマフィアの世界に影響を与えるはず。それらのことは、マルシファミリーの中でキャメルが責任を負わなければならない。
キャメルも、ミリがそのことを気にしているらしいことを何となく悟ったようで、面倒くさそうにヒラヒラと手を振った。
「迷惑とか、そういうの口にすんのは今ので最後にしろ」
「……でも」
「オマエみてーな幸薄いガキなんかに同情しちまったのは俺自身の責任だ。いちいち謝んな」
「すいませ……、はい」
再び謝ろう口を開いたが慌てて言葉を呑みこみ、小さく頷いた。
今はただ、ミリがマルシファミリーに戻りたいという願いを叶えてくれたキャメル達に何かを返したくて仕方が無かった。それでも何も出来ない自分がもどかしくて、謝ることぐらいしか出来ない自分が悔しかった。
「キャメルが嫌になったらいつでも俺んとこ来るんじゃよー。優しく可愛がっちゃるからの」
「ひっ…遠慮します…!」
「なんじゃあ、照れんでよかよ」
「照れてません!」
「ラキ!ミリに構うな!」
「おーおー必死じゃのうチビスケ」
すっかり素顔モードになったラキが、ミリの肩を組んで頭をグリグリと撫で回してくる。そんなラキのイケメンフェイスにキラキラと光る星のようなものが見えたのはミリだけだろうか。
ベルが間に入ってラキを引きはがしてくれたので、ホッと息を吐いた。
「ま、とりあえずアレだ」
「?…うわ」
ラキとベルが2人で騒ぎ出した所で、ミリの傍にキャメルが歩み寄った。2人の間には身長差があるので、ミリが隣りのキャメルを見上げようとしたら、それを阻止するようにキャメルはミリの後頭部に肘を置いた。
「今更だけど…うん。
おかえり」
「!」
キャメルの顔は見れなかったが、きっと照れてるんだろうなあということはミリでさえ容易に想像出来た。小さな声だったからベルとラキには届いていないようだったがニーナには聞こえていたらしく、クスクスと笑っているのが見えた。
キャメルは照れをごまかすように、肘を除けてミリの頭をポンポンと二度撫でると1人で先に歩いて行ってしまった。
ぶっきらぼうに見えて、ふとした時に見せる優しさにミリは毎回胸をドキリとさせられる。しかしその気持ちの正体をミリ自身が自覚することになるのはまだまだ先のことになりそうだ。