狂気
「……。」
「ルッチさん、どうしますか」
「ここでやり合ったら、いつ奴らの増援が来るかも解らねえ。いったん退きましょう」
「……。」
「ルッチさん!」
ルッチはそんな仲間の呼びかけにも一切応えることはなく。ただ縋るような、彼らしくない弱々しい視線をただミリに向けていた。
ミリも、3人の背中の隙間からそんなルッチの視線を受けて、一瞬だけズキンと心が痛んだ気がした。
「男のとこに戻んなら今しかねーぞ」
「!?」
「仮にも好きだった男だろ。今はどーだが知らねえけどな」
「……私、」
キャメルは振り返ることなく、そんなことを語りかけた。
まるでミリの心を読んでいたんじゃないかと感じるようなタイミングだったので、思わずギクリと飛び上がった。
「……戻れないよ」
「……。」
「今更、戻るなんて出来ないです。たぶん、後悔するから」
「……そーかい」
するとキャメルは不意に顔だけを背中越しのミリの方へと向けた。ミリはこんな風にキャメルの目をしっかりと見たのは、初めてのような気がした。
そして真っ直ぐと己の視線を受け止めたミリに、キャメルは口角を上げて笑いかけた。
「言っとくけど、うちに来たってお姫様扱いはしてやんねーぜ。覚悟しとけよーチビガキ」
「はい!」
もう自分は王子様に夢を見て、守られるばかりのお姫様にはなりたくない。この、目の前の人達のように、仲間のために戦えるような強い人間になりたい。
ミリはそんな強い気持ちを込めて、笑って頷いた。そしてこんな風に笑えたのもなんだか久しぶりだなと、思った。
「……ふは、ははは」
「!?」
「は、はは…!」
「ルッチさん!?」
――すると。途端に、まるで壊れた人形のように笑い始めたルッチ。
部下達も何ごとかと戸惑っているようだった。ミリが不安げに見守る中、ルッチは仲間の肩わ借りて自分の体を支えていた。足の怪我は思ったよりも酷いらしい。
「はっ…俺を裏切ったらどうなるか、覚えておけよミリ」
「…ルッチ」
「逃がさねえ…絶対にな。暫く外の世界でものんびり見ておけよ?次、俺がオマエを捕まえたら一生離さねえ、一生閉じ込めてやるからよお…」
――そんな狂気染みた笑い声を残して、アビノ=ルッチはゆっくりと姿を消して行った。
ミリはそんなルッチの背中が見えなくなるまで、ただ静かに眺めていた。