過去
「…ミリ、どうした?どうして泣いてるんだよ…なあ、ミリ?」
「……。」
ルッチはミリの両肩に手を置いて、ミリの顔を覗き込んだ。そして優しく、優しく、問い掛ける。
ミリの涙に、ルッチは思った以上に取り乱して見せていたのだ。何故なら、これまでにどんなことをされてもミリはルッチの前で滅多に涙を見せたことがなかったからだ。ルッチの前で泣いたのは、たったの一度だけだったから――
***
ミリとルッチが初めて会ったのは5年前のことだった。
当時、イムファミリーの傘下に新しく出来たファミリーが加わるということで、ミリの父親でありイムファミリーのボスであるヨナンが主催したパーティーがあった。そこでミリは初めてルッチに出会った。
「初めてまして。これから君のお父さんのお世話になるんだ。よろしくね、ミリ」
「!!」
そう言ってまだ小さかった自分の頭を撫でてくれた。ルッチは爽やかで、優しくて、紳士的で、とにかくカッコ良かった。
それが、ルッチに対するミリの第一印象だった。
ルッチの率いるアビノファミリーは決して大きな組織ではなかった。元々は町で喧嘩や悪さばかりしていた若者達の集団だったらしい。中でもリーダーのルッチはマフィアの世界にも名が知られているほど有名だったようだ。
そんなルッチを、マフィアの世界に引き込んだのがヨナンだった。ルッチは特にヨナンにお気に入りで、度々仕事の打ち合わせやら食事やらと理由を付けては呼びだされてミリ達の自宅に通っていた。そんなわけで、ミリとルッチが親しくなるのに時間はかからなかった。
そして2年前、ミリが14歳になったばかりの頃にルッチの方から婚約を申し込まれた。なんでもそう仕向けたのは父親のヨナンだったらしいのだが…ミリはとても嬉しかったことを覚えてる。ミリはルッチのことが大好きだったからだ。
そんな幸せな日々が壊れ始めたのは、半年ほど前のことだ。
『ミリ、ちょっと来なさい』
『なに?』
『オマエに良いものをあげよう』
ある日、父親に呼び出され。良いものだと言って渡されたのは何やら薬のような…白い、粉。ミリにはそれがどんなものなのか解っていなかった。
『これ何?』
『知人に頂いた物だよ。とても価値のあるお薬でね』
『薬?わたし、どこも悪くないよ』
『悪いものを治す薬じゃないんだよこれは。そうだね…強いて言うなら、更に良い気分にしてくれる薬、というのかな』
『……ふーん』
あまり飲みたくないと思った。
その薬がどうこう、というわけではなくミリは純粋に薬というものが嫌いだったからだ。どうすれば飲まずにいられるだろう、と考えていたその時だった。
『――失礼いたします。
ミリお嬢様、ルッチ殿がいらっしゃいました』
部屋の外から使用人の声が聞こえた。ミリはナイスタイミングだとばかりに、薬を持ったまま部屋を飛び出した。
ちなみに薬はヨナンに内緒でそこにいた使用人にあげてしまった。その日から何度もミリは薬を与えられたが、全てをこっそりその使用人にあげてしまっていた。
そんな日々が何日も続いた、ある日。
『お嬢様……』
『なに?』
『薬を、ください…薬を』
『ああ…実は昨日から父さまが出張に行ってて会ってないからまだ貰ってないんだ。ごめんね』
『お願いします…お願い、します…!薬をください!!』
『え、え…!?いやああ!』
男は突然、まるで何かに取り付かれたかのようにミリに襲いかかってきたのだ。すぐに異変に気付いた他の使用人達やヨナンの部下達が駆け付け、ミリから引き離されすぐに男は射殺された。
その時、ようやく気付いたのだ。あの薬がとても危険なものだったことに。そして父であるヨナンが、ミリを薬の実験台にしようとうとしていたことに。
……怖かった、ショックだった。
そうしてミリはヨナンが出張から帰る前に1人で家を飛び出したのだった。
かと行って行く宛てのなかったミリが駆け込んだのは、父がルッチのために与えたアビノファミリーの活動拠点であり、彼らの住む家……つまり、ルッチの元であった。