再会2
そこにいたのはスラリと背の高い男だった。
特に体格が良いわけでもなく仕立ての良いスーツを着ているわけでも無い、ただ白い無地のTシャツにアロハシャツを羽織って無造作にポケットに手を突っ込んで立っている。よく見ると足元はサンダルだった。
男、ルッチにはミリが初めてユチェを見た時のようなマフィアのボスらしいオーラなんてものは微塵も感じられなかい。それなのに、彼はそこらにいる柄の悪い若者達とはどこか違う空気を持っていた。彼にはそう簡単に触れてはいけない、触れられない、そんな空気。
「だいぶ痩せたね、ミリ」
「…なんでいるの」
「なに言ってるんだ、オマエを迎えに来たんだろ?」
「…もうアンタの所なんか絶対戻らないって言ったじゃない!帰れ!アンタ達なんかどっか行っちゃえ!」
ミリが力の限り叫ぶ。
するとルッチの周りの取り巻き達が怒り立った様子でザワめきたった。これだけの人数で教われればもはやミリに逃げ場はないだろう。ここまで来て連れ帰られるぐらいなら、殺された方がマシだ。ミリはそう思った。だから敢えて挑発したのだ。彼らがルッチを異常なまでに崇拝していることを知っていたから。
「黙れよ、オマエら」
「!!」
あと数秒もしたら、周りの取り巻き達は恐らくミリに飛び掛かっていた所だろう。
しかし、ルッチはそんな彼らを片手を挙げて、たった一言呟いただけで黙らせてしまった。
「こんな所で騒いでみろ、面倒なことになんぞ」
「ですがルッチさん…!」
「噂どーり、チンピラ集団の大将にしては馬鹿じゃないみたいねアビノ=ルッチ」
「!!」
そのときミリは後ろから唐突に手を引かれて、代わりに誰かがミリを庇うように目の前に立ちはだかった。
さっきミリを助けた、女の姿だった。
「ああ…君は見たことあるな。確かマルシファミリーの」
「フィオナ。
あ、そう言えば自己紹介してなかったねミリ。よろしくね〜」
「フィオナ、さん…なんで」
女、フィオナはくるりと振り返って自分の背に隠れるミリに向けて手を振った。
ミリは困惑した。自己紹介すらしていなかった相手を、フィオナは庇おうとしている。守ろうとしてくれている。何故なんだろう。
――しかし、そんなミリの困惑を知ってか知らずか…フィオナはすぐに視線をルッチへと戻した。
「あたしはこの子になーんにも思い入れなんて無いんだけどね〜。
…それでも、ここはあたし達ファミリーの領地よ。しかも目と鼻の先にはなんとあの赤い掟で結ばれてる殺し屋部隊のホームがあると言えば、馬鹿でもどうなるか解るでしょ。こんなとこで騒いでみなさいよ、うちの部隊が黙ってないわ」
「…っくそ、」
「うちの馬鹿を止めてもらってすまないね、フィオナさん」
「気にしないで」
まるで、たわいない世間話でもしているかのように2人はニコやかだった。フィオナはあのルッチに対して負けていない、ミリには一瞬そう見えた。
「だけど、」
「!?フィオナさっ…」
不意にルッチが突っ込んでいたアロハシャツのポケットから手を引き抜く。その手には黒光りする銃が握られていた。
ハッと息を呑んだミリが叫ぶが、その声は高々と鳴り響いた銃声にかき消されてしまった。しかしフィオナは動かなかった。ミリは慌てて目の前にあるフィオナの背中にすがろうとしたが、それを制したのはなんとフィオナ自身だった。
「…ぶ、無事ですか?」
「無事もなにも、アイツもともとあたしを撃つ気なんか無いわよ。万が一にでも大事な大事なお姫さまに当たっちゃ困るでしょーが」
「…。」
ミリが見上げると、シミの無い綺麗なフィオナの頬に赤い線が入っていた。どうやら弾が掠ったらしい。
ルッチは銃を構えたまま、相変わらずニコニコと場違いな笑顔を浮かべていた。
「にしてもアンタ、あんなヤバイ奴に追われてるくせにどーしてノコノコ1人で出て来たのよ。キャメルは何も言わなかったの?」
「…何も言わずに出て来たんです」
「はあ!?」
「ごめんなさい!でも迷惑かけたくなかったんです、困らせたくなかったんです!みんなには凄く良くしてもらったから」
「だからってアンタ…!」
「もし良かったら皆さんに何も言わずに出てっちゃってゴメンなさいって、伝えてください。フィオナさんも、助けてくれてありがとうございました」
「ちょっ、どこ行く気?」
「帰ります」
「はあ!?」
素っ頓狂な声を上げるフィオナ。
先程まで死んだ方がマシだとばかりに騒いでいたのが突然の変わり様に、フィオナは引き止める言葉すら見つからなかったようで。深々とお辞儀をしてスタスタと歩いていくミリを見送った。
しかしそれと同時に、視線の先にあるミリの背中から一直線上にいるルッチの満足げな笑みがフィオナの視線に入ったとき。フィオナは理解した。
先程の発砲だ。
あれはフィオナ自身に対する警告だと思っていたが違ったのだ。あれは、ミリに対する警告だったのだ。
「――おかえり、ミリ」
「……。」
ミリが戻って来ないなら、自分は躊躇いなくフィオナを殺す。それをミリに解らせるためにルッチはフィオナに弾を掠めさせたのだ。
「ルッチさん、マルシファミリーの奴らが集まって来る前にさっさと帰りましょう」
「ああ、もう用は無い。帰るぞ」
「――帰さねえけどな!」
「え…!?」
それは、ルッチの右手がミリの左手を取ろうとした、その瞬間だった。2人の手の間を何か長細いものが降ってきて、ルッチが反射的に手を引っ込めた。見ると2人間の間に大きなサバイバルナイフのようなものが突き刺さっていた。
ミリは全く反応できなかったが、その狙いはどうやらルッチの方向を向いていたようなのでどうにか助かったらしい。
そして次の瞬間、2人の人間が屋根の上から落ちてきた。
「てめえ誰が勝手に出て行って良いっつったよチビガキ」
「この困ったちゃんめー。あとでお説教じゃあ覚悟しとけえ」
そこにいたのは、キャメルとラキだった。