再会
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「ありがとうございました」
――その一方…一足早く屋敷を抜け出すことに成功したミリは敷地の外から中にいる人達へ向けて、もはや届きはしないが精一杯の感謝を送った。
せめて置き手紙くらい置いてこれたら良かったが残念ながら部屋には紙もペンも無かったのだ。
優しい人達ばかりだった。
面白い人達ばかりだった。
できることならこの家の養女だったら良かったのにと願ってしまった。そんな思いを振り切るように、ミリは東の方へ歩きだした。
お金はもう無い、食糧も無い。目的の場所だって辿り着ける確率は煙を掴むことよりも難しいだろうが。ミリはただ東に向かっていた。
***
ミリ達の住む大都市、シュガには大勢の市民がいる。十数年前まではシュガの国を納めていた一族がいたのだがあまりに市民を省みない、彼らの傍若無人な振る舞いについに市民との間で争いが怒り出し一族は崩壊。国は都市となって自由な暮らしを手に入れた。
しかしリーダーを失ったことで都市は次第に秩序を忘れて行った。現在は市民達の中でも特に力と資金を持っていたマフィア達がそれぞれの領分を取り仕切っている。そんな世の中にミリは生まれたのだった。
「待ってたぜぇ、お嬢ちゃん」
「!?」
「まさか本当にあのマルシファミリーに匿われてたなんてな」
「さーてルッチさんがお待ちだ。痛い目みたくなけりゃあ大人しくついてくるんだな」
――そんな中、屋敷を出てから男達に囲まれたのはほんの数分後のことだった。
どうやら事前に情報が漏れていたらしく、屋敷の周りは警戒されていたようだ。人数は5人。到底ミリが1人でどうにか出来る相手では無かった。
……それでもミリは男の差し出した手を払いのけていた。
「…絶対戻らない」
「なっ!?」
「あんなやつの所に戻るくらいなら死んだ方がマシだ!」
ミリは勢いよく目の前の男に向かって突進した。男達が不意をつかれた瞬間に、なんとか逃げ出そうと走り出す。…しかし、体格も体力も違い過ぎる彼らから逃げ切るのは容易じゃない。何メートルも離れていない所でミリは捕まってしまった。
「大人しくしやがれ!」
「離して!っやめて、離せ!」
「ちっ、このガキ…!」
1人に身体を抑え付けられ、もう1人がミリに向かっ大きく手を振り上げた。殴られる、と悟ったミリは痛みに備えて目を閉じ、歯を食いしばった。
……しかし、どれだけ待ってもその振り上げられた手がミリの顔に振り下ろされることはなかった。
代わりに聞こえてきたのはどういう訳か、男達の呻き声だった。
「…?」
「ヤッホーお姫さま。平気?」
「え…あの」
目の前にいたのは、次々と屈強な男達を軽く薙ぎ倒していく女。当然、ミリの知らない人。
しかし状況は明らかに、彼女はミリを助けてくれていた。
「アンタ、なかなか良いじゃない!ただのつまんないお姫さまかと思ってたけど、さっきの啖呵は気に入った!女はそれくらい強気じゃなきゃダメよ〜!」
「て、てめえはマルシファミリーの…!」
「はいアンタの発言求めてないから」
「ぐはっ」
「……。」
無情にも最後の1人が沈められ、辺りは静かになる。
ミリは改めて目の前の彼女を見上げた。スラリと長い手足、栗色の長い髪。先程まで男5人を相手に立ち回っていたとは思えない綺麗な人だった。
「昨日から屋敷の周りが小煩くて見張ってたんだけど、正解だったね。アンタでしょ、キャメルが拾ってきたっていうお姫さまは」
「…わたし別にお姫さまじゃないです」
「ものの例えで言ってんのよ」
「いっ、たあ…!」
女に額をピンッと指で弾かれ、ミリの額はバシッと痛そうな音がした。ただのデコピンとは思えない衝撃だった。
先程の圧倒的な喧嘩の強さと言い、デコピンと言い、恐らく見た目によらず相当な握力を持っているのだろう。
「で、アンタこんなところフラフラしてて良いわけ?寝込んでるんじゃなかったっけ」
「……。」
「このことキャメルは知ってんの?」
「……。」
女の問いに、まさか黙って出て来たとは言えずミリは口をつぐんだ。返す言葉が見つからなかったのだ。しかし助けてくれた相手を無下にするわけにもいかず、困ったように目の前の背の高い女を見上げる。
…しかし、その時には既に女の意識はミリとは別の所にあったようで。
「うーん…これはちょーっと想定外だなあ」
「…?」
「まさかアレ、アンタの連れじゃないでしょーね」
「え……!?」
女は、ミリの遥か後方を見ていたので。何ごとだろう、とミリも後ろを振り返ってみる。
……すると、そこには大勢の仲間を引き連れた1人の男が立っていた。その姿を視界に捉えた瞬間、ミリは恐怖と驚愕で目を見開いた。
「やあ、ミリ。迎えに来たよ」
「ルッチ…」