脱走
「どういうことじゃ、ベル」
「どうせトイレにでも行ってんじゃねーのか」
「トイレに行ってんならどうして部屋の窓からベッドのシーツで作った紐が下に降りてるのか説明してみろよ!」
「「……。」」
――またやりやがったか、と。
ついさっき全く同じ状況の話をしていたばかりのキャメルとラキは、心の中で同じことを呟いていた。ニーナは呆れたように溜め息を吐いた。
「…まったくとんだお姫様だ」
「なあニーナ、アイツ放っといて大丈夫なのかよ」
「熱は下がったにしろきっともう逃げ切れはしないでしょうね。……心配いりませんよ、ただあの子にとってはただ家に帰るだけなんですから」
「けどさ…」
心配そうに表情を歪めるベルを、フォローするようにニーナが台詞を繋げた。ベルは1番ミリと年が近いこともありこの2日間、ラキ以上にミリのことを気遣っていた。ミリもベルとかなり打ち解けていたようにも見える。
それなのに、ミリは何の挨拶もなしに逃げるようにベルの前からいなくなってしまった。ベルには心配である以上に、その事実の方がショックだったのだ。
「……まあ、なんとなくあの子の考えてることは解りますけどね」
「え?」
「そうですよねキャメル」
「……。」
ニーナがキャメルを見た。
そのとき、ベルとラキは初めて気が付いた。キャメルのどこか切れたような、苛立ったような表情に。もともと目付きの鋭いキャメルだったので、恐らくキャメルを見慣れない者だったらその恐ろしさに逃げ出してしまっていただろう。
どうしてキャメルがこんなにもおこっているのか、理解できないラキとベルは首をかしげる。そして事情を知っているニーナだけはからかうように笑った。
「昔の君にそっくりですね」
「あーー、くそ!」
ワシャワシャと頭を掻きむしったキャメルは立ち上がり、1人部屋を出て行こうとする。慌ててベルが引き止めた。
「お、おいキャメル!どこ行くんだよ」
「アイツを連れてきたのは俺だぞ。それなのにこの俺に断りも無しに、勝手に出て行くなんて許さねえってんだ。ちょっと行ってくるわ」
「…面白そうじゃ。
俺も行ってこようかの」
「ラキ!」
言い捨てて出て行ったキャメル。
そしてそんなキャメルを見て何かを企むような笑いを浮かべたラキが、ベルの頭をポンポンと叩いて部屋を出て行った。
残されたベルは2人の背中を見送ると困惑した様子で、唯一部屋に残っていたニーナへと視線を向ける。
「あの2人が動いたんです。それからどうするかは、あの子…ミリの意思次第ですよ」
ミリがどんな人間で、一体何から逃げているのか、何を背負っているのか。何1つ解らない状況ではあるがキャメルとラキが動いた以上、悪いようにはならないだろう。
そんな意味合いを含めたニーナの台詞が伝わったのだろう、ベルは少しだけ安心したような表情で頷いたのだった。