何かにつけて私よりも幼馴染を優先する婚約者が、苛烈な私の姉にブッ飛ばされました
「あら? エディトさん、今日はお一人なんですか?」
夜会に一人で出席している私に、友人の令嬢が心配そうなお顔で声を掛けてくれた。
基本的に婚約者がいる令嬢は、婚約者にエスコートされて夜会に出席するのがマナーなので、疑問に思ったのだろう。
「え、えぇ……、イェルハルド様は、大事な用事があるらしくて……」
私の婚約者であるイェルハルド様は今頃、幼馴染のティルダ嬢のところにいる。
ティルダ嬢は幼い頃から病弱らしく、イェルハルド様は心配だからとたびたび私との約束を反故にして、ティルダ嬢の様子を見に行かれているのだ。
それでも今日の夜会だけは絶対に出席してくださいと念を押しておいたのに、ついさっき、直前になって『やっぱり僕は、ティルダが放っておけない』とだけ書かれた手紙が届いたのだった……。
「あ……、そうなのですね。そ、それは大変ですね。ではまた後で……」
「ええ、また」
事情を何となく察した友人は、気まずそうに去って行った。
ハァ……。
これから会う人たちみんなから、ああやって腫れ物扱いされるのかと思うと、気が滅入るわね……。
「エディト」
「――!」
その時だった。
この場にはいないはずの、イェルハルド様の声が後方から響いた。
慌てて振り返ると、そこには――。
「…………え」
イェルハルド様が、ティルダ嬢のことをエスコートして、立っていたのだ。
そ、そんな――!
「イェルハルド様、これは、いったい……」
「エディト、君にはいつも申し訳ないと思っている。でも、ティルダがどうしても、この夜会に出てみたいと言うものだから。とはいえ、一人で出席させるのは可哀想だろ? だから僕が、エスコート役を買って出たんだよ」
そういうことですか……。
イェルハルド様は、私は一人で出席させても、可哀想だとは思わないのですね……?
「ごめんなさいねエディトさん。私はいいって言ったのに、イェルハルドがどうしても『僕がエスコートする』って聞かなくて」
イェルハルド様の腕に、まるで伴侶のように抱きついているティルダ嬢は、勝ち誇った笑みを浮かべている。
肌もツヤツヤしているし、とても病弱には見えないわね……。
「ホホウ? これはどういうことだ、イェルハルド?」
「――!!」
こ、この声は――!!
「……フレドリカ姉様」
そこにいたのは、私の実の姉である、フレドリカ姉様だった。
今日もトレードマークである、深紅のドレスがとてもよく似合っている。
だが、半年ほど前から、フレドリカ姉様は大陸一の大国であるニャッポリート帝国に留学しているので、この場にいるのはおかしい……。
「どうしてフレドリカ姉様が、ここに……」
「フッ、久しぶりに、可愛い妹の顔を見に帰って来ただけだ。――それに、その妹の婚約者が、ナメた真似をしているという噂も聞いたものでな」
「――!」
フレドリカ姉様は、まるで猛禽類のように鋭い瞳で、イェルハルド様を見据える。
……そういうことか。
「これはこれは、お久しぶりです、フレドリカ嬢。それにしても、『ナメた真似』というのは、随分な言い草ではありませんか。僕はあくまで、病弱で可哀想な幼馴染を看病しているだけです。何もやましいことなどしておりませんよ」
「ウルサい。もうそれ以上その汚い声を可愛い妹に聞かせるな。そんなことが、婚約者以外の女を夜会でエスコートしていい理由になるとでも思っているのか? ――このゴミが」
「なっ!? 何を!? ――ぶべっ!?」
「フ、フレドリカ姉様ッ!?」
あろうことかフレドリカ姉様は自らの手袋を外し、それをイェルハルド様の顔面に思い切り投げつけたのだ――!
これは、我が国での決闘の作法――!!
「イェルハルド、貴様にこの場で決闘を申し込む。可愛い妹を虚仮にした貴様を、この私自ら処してくれる」
「クッ……!? 正気ですかフレドリカ嬢? 女性であるあなたが、王立騎士団に所属しているこの僕に敵うとでも?」
「フレドリカ姉様、どうかお考え直しください!」
私はフレドリカ姉様に、縋るように懇願する。
「ほら、エディトもこう言っているではありませんか」
「いえ、イェルハルド様! これはあなたのために言っているのですよ!」
「…………は?」
イェルハルド様はポカンとする。
この人は、フレドリカ姉様のことを何も知らないのだ――!
「僭越ながら、イェルハルド様ではフレドリカ姉様には絶対勝てません! 何としても、フレドリカ姉様との決闘だけは避けてください!」
「――! そこまで言われてしまっては、僕にも騎士としてのプライドがある。――退くわけにはいかないな」
あ、あぁ……。
「ククク、そうこなくてはな。――さあ、受け取れ」
「っ!」
フレドリカ姉様はスカートの中(!?)から二本の木剣を取り出し、そのうちの一本をイェルハルド様に投げた。
「勝負の方法は至ってシンプル。この木剣で互いに斬り合い、降参するか戦闘不能になったほうの負けだ。いいな?」
「ええ、もちろんですよ」
「わぁい! やっちゃって、イェルハルド!」
ティルダ嬢は無邪気にはしゃいでいる。
最早完全に、病弱という設定はどこかに置いてきてしまったらしい。
「勝負の前に、報酬だけ決めておくぞ。私が勝った場合は、貴様とエディトの婚約は白紙に戻す。更に罰ゲームとして、貴様には逆立ちで王都を一周してもらうとしよう」
フレドリカ姉様……!
「フン、望むところですよ。では僕が勝った場合は、あなたにも同じことをしてもらいましょう。――更に二度と僕に逆らわないことを、神に誓ってもらいましょうか」
「よかろう。どうせ私が勝つのだからな。――さあ、これにて準備は全て整った! ここにいる全員が証人だ! どうかこの決闘の行く末を、見守ってほしい!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」
周りのギャラリーは大盛り上がりだ。
もう、第三者は気楽でいいわね……。
我が国では、決闘によって下された結果は、誰であろうと覆せない。
文字通りこれは、人生を賭けた戦いなのだ……。
「私はいつでもいいぞ。掛かって来い、イェルハルド」
フレドリカ姉様は木剣を持っていないほうの左手をクイクイさせ、イェルハルド様を挑発する。
「言われなくとも、行きますよおおおお!!!」
イェルハルド様は両手で木剣を大上段に構え、フレドリカ姉様に突貫する。
そして――。
「ハァッ!!」
目にも止まらぬ速さで、木剣をフレドリカ姉様の頭頂部に振り下ろした。
――が。
「軽いな」
「っ!?」
フレドリカ姉様はそれを、片手で持った木剣だけで受けた。
「バ、バカな……!?」
両手で振り下ろした渾身の一撃を、片手だけで受けられてしまったことで、イェルハルド様に動揺が走る。
「クッ! うおおおおおおおおおおお!!!」
が、そこは王立騎士団所属の騎士。
瞬時に気持ちを切り替え、今度は前後左右、あらゆる角度から木剣を振り、フレドリカ姉様を倒そうとする。
「ふわあぁぁ、遅いなぁ、遅すぎてあくびが出てきたぞ」
「っ!?!?」
だが、フレドリカ姉様はその斬撃の全てを、眠そうな顔で片手だけで防いでいる。
……やはりフレドリカ姉様とイェルハルド様では、剣士としての格が違ったのだ。
――幼い頃から男勝りだったフレドリカ姉様は、我がブレンストレーム伯爵家の護衛騎士たちの訓練に交じって、毎日朝から晩まで剣の修業に明け暮れていた。
どうやら天賦の才を持っていたらしいフレドリカ姉様は、14歳を迎える頃には、どの護衛騎士たちよりも強くなっていた。
これでは仕事がなくなると、護衛騎士たちが嘆いていたくらいだ。
だが、フレドリカ姉様はそれで満足はしなかった。
より剣士としての高みを目指し、国内で最強と謳われる高名な剣士を家に招き、師事した。
――しかし、フレドリカ姉様の才能は、我々が思っていた以上に神懸っていた。
何と18歳になる頃には、その国内最強の剣士ですら相手にならなくなってしまったのだ――。
こうして国内には敵がいなくなってしまったフレドリカ姉様は、更なる強敵を求め、大陸一の大国であるニャッポリート帝国へ、留学という名の武者修行の旅に出たのだった。
――つまりこの勝負、初めから万に一つも、イェルハルド様に勝ち目はなかったのだ。
「フム、そろそろ飽きてきたな。――終わらせるか」
「っ!!?」
フレドリカ姉様が木剣を振ると、イェルハルド様の木剣が弾き飛ばされ、それが天井に突き刺さった――。
ええええッ!?
「バ、バカなっ!? この僕がッ! この僕があああああああああ!!!!」
「やれやれ、どうしてこうも三下の捨て台詞は画一的なのだろうな。――フン」
「ずどああああああああああああ!?!?!?」
「「「――!?!?」」」
フレドリカ姉様の振り下ろした木剣がイェルハルド様の脳天に直撃し、そのままイェルハルド様の首から下は床にめり込んだ。
……えぇ。
この半年で、フレドリカ姉様は、更に強くなってしまったようね……。
我が姉ながら、末恐ろしいわ……。
「いやあああああ!?!? イェルハルドオオオオオ!!!」
ティルダ嬢が絶叫しながら、イェルハルド様に駆け寄る。
イェルハルド様は完全に気を失っているらしく、白目を剥いて泡を吐いている。
「さて、これで勝負は私の勝ちだな。逆立ちでの王都一周、楽しみにしているぞ。――ああそうそう、そこの女狐」
「え??」
ティルダ嬢が、「女狐って私のこと??」とでも言いたげに、キョトンとした。
「仮病を使って人の婚約者を寝取るような真似をした貴様がのうのうと生きていけるほど、貴族の世界は甘くはないぞ。精々覚悟しておくのだな」
「――っ!?」
ティルダ嬢の顔が、絶望で染まった。
……そうなのだ。
わざわざフレドリカ姉様が手を下さなくとも、どの道イェルハルド様とティルダ嬢は貴族社会から弾き出されていたことだろう。
だというのに、敢えて直接自分でトドメを刺す辺りが、フレドリカ姉様らしいけど……。
「……フレドリカ姉様、やりすぎですよ」
私はフレドリカ姉様の前に立ち、一応釘を刺しておく。
「フフ、私の可愛い妹を虚仮にしたのだ。これでも十分手加減したのだぞ。本来なら、サイコロステーキレベルに切り刻んでやりたかったところだ」
「サイコロステーキって……」
フレドリカ姉様が言うと、冗談に聞こえない……。
「とはいえ、こうなった以上、一刻も早くエディトの新しい婚約者を探す必要があるな」
「え?」
顎に手を当て、思案顔になるフレドリカ姉様。
いや、別にそんなに焦って探さなくとも……。
「よし、決めたぞ。――この場にいる者で、我こそはと立候補する者はいないか!? 今ならブレンストレーム伯爵家の次期当主である私に斬り合いで勝てれば、エディトの婚約者として認めてやるぞ!」
「フ、フレドリカ姉様ッ!?」
何を仰るんですか急に!?
それに、そんなの実質、不可能じゃないですか!?
「――僕が立候補します」
「「「――!?」」」
なっ!?
一人の男性が、手を上げながらフレドリカ姉様の前に立った。
――それは、私の幼馴染である、ロニーだった。
……そんな、ロニー。
「ホホウ、ロニーか。よかろう、受け取れ」
フレドリカ姉様はスカートの中から新しい木剣を取り出し(いくつ仕舞ってるの!?)、それをロニーに投げた。
「ロニー、無茶よ! フレドリカ姉様には、誰も勝てないわ!」
ましてロニーはイェルハルド様と違って、剣なんて握ったことさえないインドア派。
フレドリカ姉様との実力差は、蟻とドラゴンくらいはあることだろう……。
「だとしても僕は、逃げるわけにはいかない。――もう二度と、後悔したくはないから」
「――!」
……ロニー。
「エディト、実は僕は子どもの頃からずっと、君のことが好きだったんだ」
「……っ!?」
そ、そんな――!
「……でも、貴族の息子である僕には、自分の意志で婚約者を選ぶ権利はない。……そうやって言い訳をして、君がイェルハルド様と婚約していく様を、黙って見ていることしかできなかったんだ」
「……」
「それでもやっぱり、僕は君を忘れることはできなかった……! むしろ日増しに、君への想いは募っていくばかりだったよ……! こんなことなら、どんな手を使ってでも、僕が君の婚約者になる道を探すべきだったんだ……! ――だからこそ、この千載一遇のチャンスを、僕は絶対に逃したくない。たとえ万に一つも勝ち目がなくとも、逃げて後悔するよりはマシだ!」
「……ロニー」
まさかロニーが、そこまで私のことを想ってくれていたなんて……。
「フッ、その心意気や良し! ――だが、だからといって手心は加えんぞ! 私も全力でいくから、お前も全てを懸けて掛かって来いッ!」
「はい! うおおおおおおおおおおおお」
ロニーが木剣を振りかぶり、フレドリカ姉様に突貫する。
――ロニー。
「おっとぉ、手が滑ったぁ」
「「「――!?」」」
その時だった。
フレドリカ姉様がわざとらしく、木剣を手から放してしまった。
なっ!?
「う、うわっ!?」
ロニーが振り下ろした木剣は、フレドリカ姉様の頭に当たる直前で止まった。
フレドリカ姉様……。
「見事! この勝負、お前の勝ちだロニー。――お前になら、エディトを任せられる」
「フ、フレドリカさん……」
……まったく、本当に人騒がせなお姉様ね。
「さあ、改めてお前の口から、エディトに想いを伝えろ」
「――はい。……エディト」
「――!」
ロニーが私の前で立て膝をつき、私に左手を差し出す。
「どうか僕と共に、人生を歩んではくれないかな? ――愛しているよ、エディト」
「ロ、ロニー……!」
私の視界が、水の膜で歪む――。
「はい、喜んで。ありがとう、ロニー。あなたの気持ち、とっても嬉しいわ」
「エディト……!」
私はそっと、ロニーの左手に、自らの右手を重ねたのだった。
「ハッハッハ! これにて一件落着!」
フレドリカ姉様の高笑いが、会場に響いた――。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
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