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脳の値段

作者: 雪猫
掲載日:2026/09/25


ネットに、


自分の脳の値段が分かる方法が載っていたので、やってみた。



俺の脳は


30円だった。






ネットに記載の通りに、


まず、消毒したナイフで頭を切った。


帽子を被って、スーパーへ。


セルフレジで、他の物のバーコードを読み取るフリをして、


切った所から脳を覗かせて、そのシワを寄せる。


バーコード状になるまで、脳のシワとシワを寄せて


ピッと鳴ったら、完了だ。


簡単に出来る。


自分の脳の料金を支払うことになるが、


それはしょうがない。


後は、家に帰ってから、鏡を見ながら切った所を縫えば良い。




俺はショックだった。


ピッと鳴って表示された金額


30円。



やってられない。


使い古されているから、安いのは分かる。


だからって、脳なのに、100円もしないなんて。


30円って。


駄菓子かよ。




まあ、でも考えてみると


人体の神秘だ。


30円の脳でも、


今、考えたり動いたり笑ったり出来ているのだから。




俺は落ち込むのを止めた。


30円が何考えたって、しょうがない。




それよりも俺は、興味が湧いた。


値段の高い脳は、どんな感じなんだろうって。




ネットを見たら、高い脳があるわあるわ。


何千万、何億、何十億、そんな脳が幾つも売られている。



ブランド名「アインシュタイン」だとか


「モーツァルト」、「シェイクスピア」だとか。


日本のブランドだと「熊楠」だとか「漱石」だとか。


どれもこれも高すぎる。


何か、丁度良い、手頃な、ちょっと高いくらいの脳はないか。



怪しいサイトを巡り、自分と同じ30円の脳を見つけて


「お前も大変だな」と勝手に共感しながら、


やっと、良さそうな脳販売サイトを見つけた。



ネット自動接続だとか、アドレナリン・ドーパミン自己制御可能だとかの


余計な機能は、無し。


「映画のような恋愛の思い出」や「前世の壮大な冒険の思い出」など、


余計な記憶も、無し。


無添加、自然栽培の、まっさらな脳。100万円。



高いが、これからの先行投資、


何より、これからずっと付き合う脳の値段だと思えば、


安いもんだ。


今30円なんだから、3万円でも…3千円でも…と迷ったが、


いや、ここは金を掛けるべき所と、購入。


遂に買ってしまった。



到着するのは脳だけじゃない。


今の脳と入れ替えるための手術セットも入っている。


もちろん説明書もあるだろうが、初めてのことだ。


俺は動画サイトで、個人で出来る脳入れ替え手術を、


何度も予習して、脳の到着を待った。



100万円の脳が到着した。


色艶が良く、美しい桃色。


さすが高い脳だ。見た目も違う。



さて、まず先に、俺の今の記憶や性格、癖など、


俺自身、俺の全てを、100万円の脳にインストールする。


人によるが、数時間、長くて3日程掛かると説明書には書かれていたが、


インストールを始めた瞬間、完了した。


数秒だった。



俺の人生の全てが、数秒。



物悲しさを感じたが、


この脳の優秀さのせいだと自分に言い聞かせ、


いよいよ、脳の取り替えを始める。



血管を一つ一つ付け替えていく。


目印が書いてないから、間違いやすい。


集中して取り掛かる。



最初は良かった。血管も太かったし、分かりやすかった。


血管が細くなり、どこがどこだか分からなくなり、


集中力も切れ、


まぁ、俺のだし、いいやと、適当に繋ぎ合わせる。


誤って切れた血管を、脳の下にぐいぐい押し込めて、


見えないようにする。


足りなけりゃ、自然治癒で何とかするだろう。


大丈夫大丈夫。



よし。


何か良い感じになってきた。


これで、


おお…!


完成だ!


鏡で、俺の頭に新しく鎮座した


100万円の脳を見る。


美しい。最高だ。


脳を見せびらかす用の、スケルトンの頭も買おうかと思ったが、


高そうなので止めて、縫い合わせた。


これで全て完了だ。


新しい人生の始まりだ!




俺は驚愕した。


100万円の脳は30円の脳と、世界が違った。


本をパラパラとめくっただけで、全ページを覚えていた。


そして忘れなかった。


文字で書かれた情景が、あまりにも正確な映像となった。


もちろん、書かれた文章の表現力が高ければ、


より鮮明な映像になったが、


拙い文章でも、どんな情景を見せたいかということが、


この目に浮かび、それと同時に、


それを表現するには、どのように書けば良いかまで、


頭に浮かんだ。


複数人の言葉を同時に聞き分けるだけじゃない。


一つの物を見て、重層的に意味内容が頭に浮かび、


その幾つもの違う考えが、それぞれ全く別の展開を見せても、


混乱することなく、全ての答えを同時に出すことが出来た。


頭の中で、文章を幾らでも書くことが出来て忘れず、


美しい絵を描いても保存され、お笑いのネタを考えて完成させ、


数学の問題も解ける。その全てが、同時に可能だった。


その上、一つ一つが知るごとに深みを増していった。


気付かなかったことに気付き、多くの知識を統合し、


新たな発見を繰り返した。



頭の良い人達は、最初からこんな脳を持っているのか!


これは、勝てるはずがない。


今までの脳であれば、


シングルタスクで、


2つのことを考えようとすると直ぐに混乱し、


一つのことも、深くまで考えようとすると


直ぐに何も分からなくなった。


それが、この容量、処理速度、多重処理能力、


これが明晰、これが頭の良さ、これが「分かる」ということか。


俺は驚愕し、感動し、歓喜した。


自己の能力が大幅に高くなった俺の前で、


世界は、その奥深さと広大さを示した。


俺は、世界の中で、より自由になった。




ところで、俺は一つ、忘れていたことがあった。


いや、ただ目を逸らし、忘れたフリをしていただけだ。


それは、俺の前の脳。


30円の脳だ。


本来ならば、100万円の脳に変えた時点で、


処分するべきものだ。


安すぎてリサイクルには出せない。


出来ること、すべきことは、


処分だ。


それをなぜか俺は出来ず、家に置いたままにしていた。



いや、分かっていた。


下らない感傷だ。


下らない動物的情動だ。


下らない、下らない、何か、言葉にならない思いだ。



それが、俺に30円の脳の処分を、


躊躇わせていた。


100万円の脳は、明晰に正確に、判断し断罪する。


捨てるべき、と。



正論だ。


判断に従い、小さくて軽い、30円の脳を持ち上げて、


処分場へ持って行こうとする。



だが、手が震える。


なんか知らんが、


涙が後から後から流れてくる。



これは何だろう?


俺自身は、もう、100万円の今の脳の中にあるはずだ。


それなのに、俺のどこか、身体中の細胞が、身体中の何かが、



『俺』は



『それ』だ



と、訴える。



何だこれは?


どうしたら良い?



どうにもならない。



自分を捨てるような、


子供の頃の自分を捨てるような、


自分の大切な何かを捨てるような、


そんな感情的な、あまりに感情的な衝動が、


人間として普段存在しない類の本能が、


止める。


止めて、身体ごと震え上がる。


もう繋がっていないはずなのに。



その抗えない衝動に、


俺の100万円の脳は衝撃を受け、


俺と一緒にへたり込む。



もうどうしようもなかった。


気付いてしまった。


俺の中の俺は、100万円の脳を拒絶していた。



俺の脳は、最初から一つだけだった。




今では、100万円の脳も、そんな動物的な俺を拒絶していた。





するべきことは一つだけだった。




俺はまた脳を入れ替えた。





俺は100万円の脳から俺の記憶や性格等、


俺にまつわる全てを消し、売りに出した。


100万円の脳は、


直ぐに、買われて行った。









俺は自分の30円の脳に


時々愚痴を言いながらも


今も、一緒に


楽しく過ごしている。






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