君に届け
「間もなく、今年度の講談社児童文学新人賞、受賞者の表彰を行います」
そんな言葉も緊張のあまり脳を素通りしていく。心臓が早鐘のように鳴っているし、口もカラカラ。この体を支える両足も生まれたての小鹿のように震えている。そんな体とは裏腹に頭の中はこれまでの軌跡を一歩ずつたどり始めていた。
俺が小学校を卒業し、中学校に入学する前の春休みの時だった。課題がないのをいいことに散々ゲーム三昧だった俺に「少しくらいは本を読め」と姉が差し出してきたのが今後俺の人生を大きく変えることとなる本だった。最初はしぶしぶ読んでいたが、気づけば本の世界に入り込んでおり、読後には温かさと満足感で心が満たされていた。
それ以来、落ち込むことがあるとその本を読みなおして勇気と安心感をもらっている。大人になった今もだ。そしてその本に助けてもらうたびに、俺もいつか誰かを救えるような本を作りたいと思うようになった。
だが気持ちだけではうまくいかないのが現実だ。その本に出合ってからたくさん本を読むようになったし、国語の授業も前よりも真剣に受けるようになったけど、俺の作る文章は下手ではないが上手でもないという中途半端な評価で止まってしまった。当然、将来小説家になりたいと言っても家族や先生から反対されてしまう。
そんな停滞の日々を過ごしていたある日、国語の授業で小説を書いて鑑賞会をしようという授業があった。俺は人一倍の時間と熱量をかけて今までの中で一番と言えるような作品を作り上げた。これならクラスで一番になれるのではないか。そんな気持ちを抱えて鑑賞会に臨んだ。
だがさっきも言ったように、気持ちだけではうまくいかないのが現実だ。鑑賞会で人だかりができていたのは俺の作品ではなく、桐島というクラスメイトの作品だった。
桐島は休み時間になっても誰かと遊ぶのではなく、ずっと本を読んでいるようなやつで、あいつも本が好きなのだろうと勝手に同族意識を抱いていた。
だが違った。あいつはずっと前から本が好きで、ずっと前から本を読んでいて、ずっと前から文章を作るのが得意だったんだろう。それこそ俺とは比べ物にならないほどに。そう思った。いや、思わされてしまった。それだけの熱意と美しさをあいつの作品はまとっていた。
授業が終わる五分前になったタイミングで先生はみんなを席に着かせて誰の作品が良かったか聞いた。そこでも桐島の名前ばかりが挙がった。悔しかった。俺の名前が挙がらなかったことよりも俺の作品が見向きもされなかったことが。そこで先生が聞いた。
「じゃあ、桐島君は誰の作品がいいと思いましたか?」
「小田君の作品がいいと思いました」
俺の名前だった。その瞬間、喜びよりも怒りと悔しさで頭の中がいっぱいになった。みんなよりちょっと文章が上手だったから。俺の将来の夢が小説家だと知っていたから。そんな慈悲のような理由で名前を出したとしか思えなかったからだ。そしてそう思ってしまうほどの俺とあいつの差とひねくれた自分にさらに嫌気がさした。
休み時間、本を読もうとしている桐島に声をかけた。
「なぁ。なんでさっきの国語の授業で俺の作品がいいと思ったんだ?悔しいけどお前の方が圧倒的に上手かったじゃん」
桐島は頭をかしげて少し悩む素振りを見せた後、少しふてくされながらこう言った。
「確かに文章は僕の方がきれいだったと思う。だけど君の作品には僕にはない温かみを感じたんだよ。上手く言えないんだけどね。僕は正しく文章を書けるけど感情を込めることは苦手だから、正直うらやましいし妬ましいよ」
怒りに満ちていた心が喜びに塗り替えられた。俺の目指している読んだ人の心が温かくなる作品が作れたことが証明された。夢に一歩近づいた。それがすごくうれしかった。
それ以来、俺らは仲良くなった。どうやら桐島も小説家を目指しているらしく、時には本の話で盛り上がる友人として、時にはお互いの実力を高め合うライバルとして。いつしか親友と言えるような関係になり、中学校生活を過ごしていた。
ある日、俺は落ち込んでいた。桐島はそれを目ざとく察知し、心配そうに声をかけてきた。
「今日、なんだか落ち込んでるね。何かあったの?僕でよければ相談に乗るよ」
その言葉に甘え、俺は愚痴をこぼす。
「実は昨日の三者面談の時にまた小説家の夢はあきらめろって言われちゃってさ。何回も言われるから、小説家になるのあきらめた方がいいのかなって」
もはや聞きなれた言葉だったし、本気であきらめるつもりはない。それにあの本を読んである程度メンタルは回復していた。軽い冗談で言ったつもりだった。だが桐島は今までに見たことがないほど怒っていた。
「将来の夢に向かって頑張っている人に向かってそんなことを言うなんて許せない!実際に僕と出会った時よりもずっといい作品が作れるようになっているのに!」
そんな風に怒ってくれたことがうれしかった。だが普段大きな声を出さない桐島が大声を出したことで注目されてしまっていた。俺はとりあえず桐島をなだめることにした。
「怒ってくれるのはうれしいけどさ。散々言われてきたことだしもう馴れっこだからそんなに気にしなくていいよ。それに親の立場からしたら確実な進路に進んでほしいだろうし」
その言葉が桐島には逆効果だった。
「そもそも君はなんで反論しないのさ!将来の夢を否定されたんだからもっと怒れよ!」
その言葉にむかついて、俺はつい言い返してしまった。
「俺が悪いって言うのかよ!俺だってむかついたけど、雰囲気を悪くしないように我慢してたんだよ!」
そのまま俺らの喧嘩はヒートアップし、騒ぎを聞きつけた先生に止められてしまった。
その後は散々だった。学校から連絡を受けた親からは一時間みっちり叱られたし、桐島とも気まずい雰囲気になって結局仲直りできないままクラス替え、そして卒業となってしまった。違う高校に進学したため、それ以来桐島と会うことも無くなってしまった。
「小田さん、舞台へお上がりください」
そんなアナウンスで俺は過去の世界から今に引き戻される。結局俺は親や先生からの反対を振り切って小説家の夢を追い続け、大学も小説の執筆に力を入れているところに入学した。
そして大学生活を送りつつ小説を書き続けて新人賞を取り、大学卒業と同時にデビューすることになった。あきらめなかったのは親友のおかげだし、小説家という夢を通して桐島と出会えたのはあの本のおかげだ。
その二つを胸に宿して壇上へ行く。俺は今から夢をつかむ。あの頃の俺と信じてくれた親友のために。
そしてこれからは、俺も誰かを救って見せる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。この作品は昔、弟の作文の課題の見本として書いたものがもとになっています。想像以上にいいものが作れたので少し文章を手直しして投稿することにしました。テーマが『愛と夢と優しさ』だったので「友愛」に着目して作ったのを覚えています。中学生ならではの情熱や友情を感じていただけたなら嬉しいです。




