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case.008「報告カミングアウト」


「なるほど、ね」

 僕たちの話を聞いたサカヅキさんはいつもの笑顔を少し崩して言った。

「うーん、なるほどなるほど」


 難しそうな顔をしてコツコツとデスクを指で叩く姿に、つられて難しそうな顔のミチカケ先輩が問いかける。

 そのくらい珍しい、ってことなんだろうな。たぶんだけれど。 

「…何かあったんですー?」

「いや、2人が出て行った後に入った情報がね。最近、怪異同士の小競り合いが少々頻発しているらしい。…良くない傾向だ」

「…また、アレが起きるかもってことですかー?」

「いや。そうならないようにこちらも動く必要がある。…ああ、ヒナタくんにはさっぱりだったね」

 ごめんごめんと軽い調子で謝るサカヅキさんに首をかしげる。いや、たしかに話についていけなくてチンプンカンプンだったけれど。

 アレ、とか気になる単語もあるけれどそれよりも。

「怪異同士の小競り合い、っていうのは普通ないものなんですか?というか、怪異って結局どういうものなんでしょうか。軽くは聞きましたけど、出来ればもう少し詳しく色々聞きたいです」

 昨日今日と実地でその脅威は身に染みているけれど。

 情報は力だ。知っていれば対応が出来なくとも多少なりとも対処が出来るかもしれないし、足を引っ張らずに済むかもしれない。

 意思を込めてサカヅキさんの目を見つめる。

「そうだね。じゃあ、まず前提の話からしようか」


「ヒナタくんは怪異って聞いて何を思い浮かべる?」

「ええと、今日見たくねくねとか?」

「そうだね。他にも口裂け女だとかメリーさんのような都市伝説、学校の怪談、番町皿屋敷のような古典、最近じゃネットからの発祥もある。いわゆるお化け、化け物。国や地域を問わないホラー全般。恐怖とイコールと言ってもいい」

「恐怖、ですか」

「そう。ヒナタくんを襲ったのは夜の恐怖が明確な形を得る前だったね。明確な形を取った場合はそれよりも強い。そして、明確にそれに名前がついたならもっと強い。存在の強度、認知の力が怪異の力だから」

「確かな方が強い、ってことですね」

「もちろんだからといって無敵になるわけじゃないし、名前があってもなくても相性ってものはある。場合によっては名前のない怪異が名のある怪異を食うこともある。流石に姿のない怪異もどきが勝つことはほとんどないけれど」

 なるほど。

 たとえば夜道を怖いという気持ちが集まったのが僕を襲った怪異もどき。姿はない、恐怖の塊。

 たとえばネットの創作話が短期間に大勢の認知を得たくねくね。話通りの姿と名前。

 じゃあ、子ども怪異はどうだったんだろう。名のない怪異、ってことだろうか。

「そういうこと。ヒナタくんは呑み込みがいいね」

「ありがとうございます」

 もはや心を読まれているらしいことはそういうものだと受け入れておく。

 なんなら話も早いし。

「あはは」

「…しゃちょー、やば」

「ん?」


 ってことは、怪異討伐・派遣サービスっていうのはその名の通りな訳か。

 依頼形態や発注元がどういうことになっているのかは分からないけれど、物理的に怪異をボコボコにすることで怪異という脅威を取り除き、その対価をして相応の報酬が支払われるということ。

 朝、名刺に載っていた会社名を調べた時には委託・派遣の清掃業とあったけれど…。まあ広義で言えば清掃、ではある、か?

「うんうん。で、怪異同士がかち合うことがあるのかっていう話だけど」

「あ、そうでした。例えば怪異によってなわばりのようなものがあるのか、ってところも気になります」

「簡潔に言っちゃうと、基本的にはないね」

「ないんですか…」

 ないんだ。

 意外、でもないか。

「怪異の世界はこちらの世界と違って怪異全体が地続きじゃない。横並びでもないし、そもそも発祥も異なる。だからこそそれぞれ折り重なるように、紙の上にインクを何重にもぶちまけたみたいに重なりあっている。存在している場所、という意味ではテリトリーではあるかもしれないけれど、かといってこの山はこの怪異のなわばり、みたいなことはない。まあどうしても重なりやすい場所っていうのはあるけどね」

「はあ」

 なんだか壮大な話だ。でもそういうことなら納得だ。

 有名なホラースポットに行って被害にあう人もいれば何も起こらない人もいる。重なりやすい場所。運が悪い人もいるってことか。

「だからこそ、突発的な偶然でどうしようもない場合を除いて基本的には怪異と相対するときは孤で考える。百鬼夜行は起こりえない。…でも、物事には常に例外が存在する」

「それが怪異同士の小競り合い…?」

「グッド。本当に呑み込みが早い。いや頭の回転が速いのかな。いいね」

 うぐぐ。そんなに真っすぐ褒められると…。

 微笑ましそうなミチカケ先輩の視線が痛い。

「遡ること20年前。世間的には広範囲地下有毒ガス引火事故と呼ばれている、最悪の怪異戦争」

「…!まさかニトロ事件、ですか?!」

 200×年2月10日、九州地方で起きた大規模な爆発事故。爆発という現象と日付をもじってニトロ。非公式の有名な呼称。

 住宅街からは離れた、山のふもと、無人の元工場を起点として起きた突然の爆発。公的には地下で発生したガスが工場側に漏れ出て、老朽化した建物に充満。何らかの原因で着火したとして発表された、はずだ。

 学生時代、自由研究の一環で調べたけれどたしかそういう結論だったはず。

 まさかそれが人ならざる何かの起こしたものだったなんて、さすがにファンタジーすぎないか?!


「…年々、怪異の発祥は増加している。インターネットの普及によって、恐怖はシェアされるようになったわけだ。あるいはエンタメとして昇華されるようになったともいえる。いまこの瞬間にも新しい話が生まれ、おもちゃにされ、怪異になる。2人が今日会敵したくねくねのように」

「シェア、エンタメ…」

「ちょっとした恐怖体験も昔なら気のせいだと流したかもしれない。身内の笑い話に変わることもあっただろうね。でも、承認欲求という怪物によってそうではなくなった」

「…」

 不特定多数からの心配や共感、称賛。ちょっと盛って話した、くらいのレベルから全くの捏造へ。創作話と明記していようがいまいが、情報なんて回れば回るほど好き勝手に歪まされていくものだから。

 なんだかスケールの大きな話だ。

 まさか、生まれて初めてのホラー体験の翌日にこんなディープな世界の事情を知ることになるなんて。


「ここは対外的には民間の一企業だけど、こういう問題のために公的な、というか巨大なバックを持つ対怪異機関のひとつ」

「あらためて」

「怪異討伐・派遣サービスへようこそ。俺たちはキミを歓迎しよう。日向のどかくん」

 少し傾いた陽の光が、窓の向こうから強く差し込む。

 目を焼く逆光によって表情が見えない。


「…はい。よろしくお願いします」

 ぎゅっと拳を握りしめて、今度こそ自分の意思で強く答えた。



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