case.004「非日常エンカウント」
「じゃ、さっそくミチカケちゃんとヒナタくんでお仕事、行こっか」
前言撤回。
ここ、かなりスパルタかも。
出向初日。自己紹介を終え、和やかなティータイムを楽しんだあと。
さてそろそろ、とサカヅキさんがおもむろに取り出したファイル。そこには本日一発目のお仕事の内容が書かれている、らしかった。
カップを片付け終えたミチカケ先輩が立ち上がったのにつられて起立。そのまま社長の元へ。
「はい」
「あ、はい」
差し出されたファイルを反射的に受け取ると、サカヅキさんはにっこりと微笑んで言い放った。
「…あの、ミチカケ先輩」
「なんですー?」
「僕、本当に何の説明とかも聞いてなくてさっぱりなんですけれど…」
一拍。
「ここ、どこなんですかあ…!」
震える声。肌を撫でる冷気はきっと気のせいじゃないはず。
薄暗い、でも不可思議に揺らめく光に照らされた道。どことなく、視界に映るすべてがゆがんで見える。
「ウラ道ですよー」
「…」
ウラ道。ウラ道って、僕の知ってる意味じゃないんだろうな…。
ファイルひとつで事務所から追い出された僕は先導するミチカケ先輩の背を追って歩いていた、のだけれど。
ふらっと入ったビルの合間、路地裏をズンズン進んでいくといつの間にやら景色がおかしくなっていた。…これって、昨日みたいなことなんだろうか。い、いやな予感。
「んー。うち、怪異討伐・派遣サービスって言ったじゃないですかー」
「…そう、ですね」
「つまりー、うちの仕事っていうのは基本的に人間相手じゃないわけですよー」
「人間相手じゃない…」
「そーでーす。いや、昨日みたく人間を守ることもあるので全く人間相手じゃないって言いきるのは違うかもですけどー」
怪異討伐・派遣サービス。人間相手じゃない。
つまり。
「お化け相手、ってことですか…!?」
「でーす」
いやそんな軽く言うけど!
「え、じゃあみなさんっていわゆるお祓い屋的なことなんですか?ファンタジーじゃなく?」
「昨日実体験してるじゃないですかー」
「そう、ですけど。…いや、はい。そうですよね」
お化けって実在するんだ。
そうだよな。だってミチカケ先輩、昨日明らかにお化けをボコボコにしてたもん。
深呼吸。とりあえず状況を飲み込もう。何を言ったって今更だ。僕は今日からしばらく、ここで仕事することになっているんだから。
「…よし。ミチカケ先輩、今日の仕事ってどういう内容か聞いても良いですか?」
「…ふーん。うん、いいよ。でも、」
ほっぺたを軽くたたいて気合を入れる。
前を歩くミチカケ先輩の表情は見えないけれど、僕の意欲的な言葉に少しは感心したようだった。平坦な声に色や温度がのったような気がして、小さくガッツポーズ。
「もう着くよー」
「…!」
さくり。踏み出した足がコンクリートではなく草を踏みしめる。
不可思議な路地裏の先は、黄昏色の田舎道だった。
「…え、さっきまで」
「ウラ道だからねー。時間とか距離とか関係ないよー」
「へえ。便利ですね」
「ふふ。そーかもねー」
あ、笑った。
「じゃー、さっき聞かれたけど、今日の仕事はねー」
「あ、はい」
「田んぼにいる白くくねる不可思議な怪異。くねくねの討伐、あるいは蒐集だよー」
オレンジと赤。視界の眩む黄昏時に見渡す限りの田んぼ。空が広い。
「電柱がほとんどない…?」
「へー。めざといねー、のどかちゃん。うちに向いてる」
「ありがとうございます。でも、その、これってつまり…。さっき、時間も距離も関係ないって言っていましたけど」
「そーだよー。ここはさっきまでいた時間より過去、どこかの誰かが噂した初めの時間軸」
「初めの時間軸…」
くねくね。
ホラーゲームだの都市伝説だので少し聞いたことがある。
「たしか、知ってはいけない怪異。でしたっけ」
「そー。ほら、ここ見て」
そう言ってほらとミチカケ先輩が手招いて指をさす。開かれたファイルには、簡単な事のあらましが書かれていた。
ネット上で話題になった、創作のホラー話。それがいつからか実体を持って害をなし始めたのだという。
それは遠目には白い服を着た人間のように見える怪異で、しかし人ならざる動きを見せる。
それを注視してはいけない。
それが何か理解してはいけない。
くねくねと踊る姿から「くねくね」と名付けられたその怪異は、しかし詳しい発生情報もなければ対処法もない。
人から生まれた怪異。そのうちの一つ。
「で、ここがおそらくその発生ポイントだっていう話でねー。確実性はないんだけどー」
「ないんですね…」
「まあ人が作った話から生まれた怪異だし、新興だしねー。あ、でも昨日のどかちゃんを襲ってた奴よりは強いかなー」
「えっ」
「昨日の奴は名前どころか姿もなかったからねー。怪異にも成り切れてない、夜の恐怖がちょこっと集まってただけー」
姿もなかった、ってことは。
「じゃあ昨日のアレって、透明だったんですか?僕が見えてないだけじゃなく?!」
てっきり霊感的な、そういうチカラが関係してるものだと思ってたのに!
目を見開いて驚く僕に、ミチカケ先輩がしれーっとした顔で肯定の頷き。
「まー、まったく透明って程でもないけどねー。ほとんど無色?あ、そうだった」
がさごそと、斜めがけの小さなカバンから何やら取り出す。
白い手のひらの上に載っているのは小さな金属の塊。輪っか、ではない。半円というほどでもなく、少し欠けた円状の銀色。
「なんですか?それ」
「これねー、こうやって着けるやつ。ほら」
さらりとかき分けたショートヘアから小さな耳。そこに、同じような銀色。
ピアス、じゃなくて。なんだっけ。えーっと。
「イヤーカフ。これつけるとちょっと怪異と近くなるから…」
屈んで、という言葉に素直に従う。
少し足に力を込めて屈むと、ぐいっと小さな両手で頭を引き寄せられる。
近い。ミチカケ先輩目が大きい。なんか甘酸っぱい匂い、あ、オレンジ…。
「…横、向いて」
「はい!すみません!」




