case.003「初出勤ティータイム」
窓際、大きなガラスを背にデスク。そしてその前に低い木製のテーブル、挟むように2人がけのソファ。壁際にはきちんと整理された書類棚。その間にひときわ目立つ、アンティーク調の黒電話。
ん?電話?
あれ、あんなの昨日はあったっけ。あんなに目立つものがあったら覚えていそうなものだけれど。
「おや、ヒナタさん。おはようございます」
「おはようございまーす」
「…」
明るい光が入り込む窓際の社長席で、朝の空気にも負けない爽やかさを醸し出すサカヅキさん。早くも見慣れた派手なジャージメイドさんに、微動だにしないドールちゃん先輩。
いや、あらためてみてもキャラが濃い。しがない社畜にはついていけない濃さだ。久々に食べたコンビニのチキンよりカロリー高い気がする。
「お、おはようございます」
「ジャージ、似合いますね」
「ありがとうございます…?」
「うんうん。昨日のくたびれたスーツよりずっと良いですよ」
「はは…」
さわやかな笑顔で結構辛らつだな、サカヅキさん…。
じゃなくて。
「あの、今朝上司から出向命令が来ていて…。正直、追いつけてないんですがこれは一体…?」
「ああ。ヒナタさんの会社にはちょっとしたツテというか貸しがありまして。ま、なくてもどうにでも出来ますけどね、あはは」
怖っ!
サカヅキさんって一見爽やかだし、金髪碧眼でモデルみたいだし、会社の規模は分からないけど従業員もいて代表取締役だし…。
絵にかいたような、というか漫画やアニメの世界から飛び出してきたみたいな完璧超人だと思っていたけど、結構くせ者なのかも…。
「ははは、やだなあ」
「ひっ!心読まないでクダサイ…!」
「え~?心なんて読めませんよ~。妖怪じゃないんですから」
「そういうところがより怖いんですって…!」
「あはは」
うう。
サカヅキさんの年齢は分からないけれど、たとえ僕より若かったとしても僕じゃ勝てそうにもない。いろんな意味で。
ガクブルしていると見かねたジャージメイドさんが助けに入ってくれた。
「しゃちょー、そこまでにして下さーい。これから色々教えなきゃなんですしー」
「ああ、そうでした」
会話の矛先が変わったことにほっとしつつ、ジャージメイドさんの方へ向く。派手な格好だけれど、昨日と言い今と言い、本当に頼りになりそうだ。
あらためてジャージメイドさんを見てみる。
黒いジャージに白いフリルのエプロンとカチューシャ、髪型は変わらず。ただ明るい日の下で見ると目の下に何か光るものがついている。…ラインストーンだろうか。ハート型のそれがチカチカ反射している。
個性的だけどとても似合っていて可愛らしい。
「…聞いてますー?」
「あっ、はい、いえ、すみません…」
「んー」
やってしまった。
急にいろいろ変わったせいか、どうにも集中できていない。でも、理由や過程がどうであれ、僕は今仕事をしに来ているんだ。それも命の恩人の元で。
ちゃんと真面目にやらないと…!
「どーぞ」
「うひゃあっ!?」
自省と決意に燃えているとほっぺたに冷たい何か。
飛び上がりつつ目を白黒させて驚く。差し出されていたのはよく冷えた水のペットボトルだった。
「いろいろ急だしちゃんと待つので、それ飲んで一旦休憩してくださーい」
「ありがとうございます…」
やさしい…!先輩、すごい!
たぶん僕より年下だろうけれど、完全に人として上だった。
「ん。ドールちゃん先輩、いつもの紅茶で良いです?」
「…」
「えー、俺には聞いてくれないの?」
「しゃちょーは何でも飲むでしょー。ドールちゃん先輩のついでに淹れまーす」
「うん、ありがとう」
パキッとキャップを捻れば冷たい水が喉を通り過ぎてお腹に落ちる。ひんやりとしたラインが体に走るのを感じて、人知れず肩の力が抜けた。
奥に給湯室があるのか、こぽこぽとお湯の注がれる音がしてふんわりとした柑橘のにおいが漂ってくる。
「はーい。いつものダージリン、オレンジ載せでーす」
ことりとテーブルに置かれたソーサー。カップの上には輪切りのオレンジが浮かんでいる。
…おしゃれだ。似合う。
「あー、そういえばなんですけどー」
紅茶をひと口飲んで、そう切り出した。
「名乗ってなかったですねー。あらためて、ヒナタさんの先輩?になるんですかねー。頼れる万能メイドちゃんことミチカケちゃんでーす。ジャージメイド先輩、でもいいですよー?」
「あ、僕は日向のどかです。できれば苗字で呼んでください」
「ふーん、のどかちゃんって可愛いのにー」
「い、いやあ。僕男ですし。といってもよく言われるので、そう呼ばれても気にはしないですけどね、はは」
から笑いしながらほっぺたを掻く。ミチカケ先輩がふうんと少し首をかしげて、納得したように小さく頷く。
あっ!またやってしまった…。陰キャのサガ。聞かれてもいないのに余計な説明が入る…!この癖、もう直そうと思ってたのに…!
「…」
「ドールちゃん先輩はドールちゃん先輩ですよー。超すごい先輩でうちの最終兵器なので敬うよーに」
「はい!」
さらっと流してくれたミチカケ先輩が隣に座るドールちゃん先輩を紹介してくれる。相変わらず微動だにしないけれど、それすら含めて完成された存在って感じだ。
「しゃちょーは…、いいですよねー?昨日名刺交換してましたしー」
「いやいや、せっかくだし話させてよ。…ごほん。あらためて、ここの代表取締役をしていますサカヅキです。基本的に俺とドールちゃんはこの事務所にいるから、何かあったら言ってね。あ、もう部下なわけだしヒナタくんって呼ぶね」
「はい。ありがとうございます」
ぺこり、座ったままではあるけれど軽く礼。
「ええと、僕は日向のどかです。本日よりこちらでお世話になります。…まだ全然いろいろ呑み込めてないんですけど、一生懸命頑張ります!よろしくお願いします!」
「わー」
「うんうん、よろしくねヒナタくん」
にこやかな笑顔と歓迎の拍手。
…何もかも分からないけれど、ここでは上手くやっていけそうだ。




