case.020「異文化アンダーグラウンド」
まず案内された拝殿は落ち着く木の造りで、ところどころに配置された小さな鳥の装飾が目を惹く以外はごくありふれた神社だった。
「どこにあるかが問題ではありませんから」
「そう、ですね」
「ええ。そも信仰とは社ありきではありませんし。まあ、場が整っていることは良いことですけれど」
ナギさんに示されたように板張りの床に足を踏み入れる。ジャージで参拝ってなんだか不格好な感じがして落ち着かない。
なんとなく背筋が伸びる。御簾の向こうのご神体に背を向けて座るナギさんに向かい合うように正座。
「さて、では目を閉じてください」
「はい」
「ゆっくりと息を吸って、吐く。頭から余計な考えを排除できるまで、呼吸に集中して下さい」
その声に従ってゆっくりと深く息を吸う。吐く。
深呼吸を繰り返していると、どこからともなく止んでいた笛の音が聞こえるような気がする。息。酸素が体を巡る。
ぱちん。
柏手の音に意識を取り戻す。
「あ…」
そうだ。僕、鳥居をくぐって神社に行って…。
一瞬、自分がどこにいて何をしていたのか分からなくなって混乱。それもすぐ、鮮明に思い出す。
「お疲れ様でした」
「え。はい」
「そろそろお時間ですね。帰りはお送りいたします」
丁寧ながら有無を言わせぬ口調で促され、拝殿の外へ。ナギさんの静かな足取りについていき、入る時と同じ大きな石の鳥居前まで連れ出される。
「それでは」
「…よくわかりませんが、お邪魔しました」
妙に軽くなった体に小さく首をかしげながら、ぺこりと礼。鳥居をくぐる時、後ろからナギさんが何か言っているのはわかったが内容までは聞き取れなかった。
「…ご武運を」
ふっと暗くなる視界に足を止める。
薄暗い雑踏。ばらついた店先。からくさ市場だった。
「あ、サカヅキさん」
ぱっと目についた金髪に近寄る。店先にしゃがみこんで品物を見る姿は、離れる前と変わらない。
「あの」
声をかけるも反応はなく、すっと立ち上がる。
「サカヅキさん?」
「んー、なんもないな。帰ろっか」
「あ、はい」
あれだけ真剣に見ていた割りには後ろ髪を引かれるようなそぶりもなく、さっぱりと言い切って踵を返す。その背を追ってまた僕も歩き出す。
今度は比較的ゆっくりと、見失うようなスピードではなかった。
事務所に帰るともう日が暮れていて、昼食を食べ損ねた胃袋が空腹を訴えて呻く。
「おなか、すきました…」
「俺も。…なんか今日は思ったより長くかかったな」
「ですかね」
室内に入れば明るい光といい匂い。
出迎えてくれる鮮やかな色彩に肩の力が抜ける。どうしてだろう、たった1週間でしっかりとここが僕の居場所だと刻み込まれている。
「おかえりなさーい。遅かったですねー」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
ぐうーっとタイミング良く、悪く?お腹が鳴る。
「ハラヘリですねー。んー、ドールちゃん先輩」
「…」
「ナイスアイディア!そうしまーす。のどかちゃん、ちょっとだけ待てる?」
「お。なんかある?俺も俺も!」
「はーい」
足早に給湯室へ引っ込むミチカケ先輩。
数分としないうちに出汁のいい香り。香ばしい焼き目のついたおにぎり。
「ドールちゃん先輩特製おにぎりをちょこっと味変してみましたー。こっちのお出しかけて食べてねー」
「わあ…!」
どこにあったのか、黒塗りのどんぶりには焼き目のついたおにぎり。そして熱々のお出汁の入った急須。
目の前のご馳走に思わずまたお腹がなって、口の中に唾液が溢れる。
「お、いいじゃん。俺のはー?」
「いましてまーす」
「え、そんな、僕あとでいいですよ。先にサカヅキさんが」
「いい、いい。若者から先食べなー」
「そうそう。しゃちょーのもすぐ出来るからねー」
「あ、ありがとうございます。じゃあ…」
そっとお箸を差し込んで、まず焼きおにぎりをぱっかりと割る。ほのかな湯気を吸い込みながら、ひと口。ついで急須から出汁を注ぐ。
「…ん〜!」
塩っ気のあるおにぎりに香ばしくほのかに苦いおこげ。これだけでも美味しいけれど…。
「ずずっ」
ほっと思わず頬が緩む。
だし特有の塩味に旨味、おにぎりと合わさってもはや暴力てきなまでの美味しさ…!
「んふふ」
「うんうん」
「…」
なんだか微笑ましげな視線を感じる。
器から顔をあげて見れば、ニコニコの3人。いや、ドールちゃん先輩はいつも通りだけれども。
「…なんでしょうか」
思わず問いかければ、いやー?と濁される。
まあいいか、と飲み込んで今はこの美味しい食事を味わって胃に収める事に集中だ。
「ごちそうさまでした」
「はーい。お粗末さま」
ほんの十分程度、軽食ではあったもののその優しい味に大満足。お腹をさすって手を合わせた。
「で、祭り道中はどうだったー?」
「あ、そうですね…。なんというか、しっかり見れたわけじゃないんですけれど、新鮮で面白かったです」
「そっかー。じゃ、今度はミチカケちゃんと行こーね。今日行ってないとこ案内してあげるー」
「はい!楽しみです!」




