case.001「呆然フロントオフィス」
連れてこられたのはそこからさほど離れていないオフィス街。一見して普通の、というかきれいめなオフィスビル。その3階。
入口正面のエレベーターを無視して階段を上がりきれば、清潔感のあるガラス張りのドア。向こうには受付らしき場所に白い塊。クッション、いや、ぬいぐるみ…?
「おつでーす。お客様お連れしましたー」
「…」
「あれ?社長いないです?ドールちゃん先輩だけかー。まあ、すぐ戻って来るでしょーし」
当たり前みたいにずかずか入り込む彼女について室内へ。まあ、彼女はここの従業員なわけだし、当然ではあるのだけれど。
白を基調とした整ったオフィス。に、アンティークドールのような無機質な女性が一人。見るからにふかふかそうなソファに腰かけている。
…動かないし、大きな人形と言われれば納得できる風貌だけれど、たぶん人間。のはず。たぶん。だって話しかけてたし。
「えーっと…」
「あ、そこかけててくださーい。すぐ戻りまーす」
「あ…」
ひとりにされてしまった…!いや、ドールちゃん?先輩?はいるけれども。
そわそわと落ち着かない気持ちで向かいのソファに腰かける。視線をウロウロさまよわせてみるけれど特に目立つようなものもない。せいぜい小規模な会社なのかな、という想像が出来るくらいだ。
窓際、大きなガラスを背にデスク。社長席?いかにも一番偉い人のポジション。そしてその前に低い木製のテーブル、挟むように2人がけのソファ。片方にはドールちゃん先輩、片方には僕。壁際にはきちんと整理された書類棚。従業員用のデスクはない。…事務的なポジションの人はいないのだろうか。あるいは別室に整えられているのかもしれない。
「…」
ごくん。
なんだろう、すごく視線を感じる。きょろきょろしていたのが不審すぎただろうか。一旦目を閉じ、くっと顔ごと目線を下に。ゆっくり目を開けて手元を見るように。…我ながら人見知り陰キャすぎる。
「…」
まだ視線を感じる。むしろこころなしか強くなったようにすら感じる。刺すような、熱い視線だ。
そーっと手元に落としていた目をあげてみれば、ばっちり目と目が合う。
「…」
み、見られている…!!
陶器のような白い肌。真っ黒な髪。赤い唇。ガラス玉のように透き通った目が瞬きもなく僕を射抜いて離さない。
ばっちりと合った目が、強烈な引力すら発しているようで逸らせない。
「…」
きまずい。
思い切って目を閉じて俯く。ああ、誰でもいいから早く来てくれ…!
そんな思いが通じたのか、コツコツと足音が近づいてくる。そっと目を開ける。
「うわあっ!?」
至近距離。青い目、金髪、整った顔立ち。
「び、びっくりした…!だ、だれ!?ですか!?」
「あはは。いや、すみません。驚かせてしまいましたね」
さわやかな笑顔と声で男性が笑う。トンッと一歩長い脚で下がったらその全容が明らかになる。
さっぱりとしたカジュアルな装い。白いシャツの首元からかけられた赤いストラップ。思わず見たネームプレートには、代表取締役の肩書きがチラリ。
ああ、社長ってこの人か。すごいイケメンだ。
「初めまして、こんにちは。いえ、こんばんはでしょうか。ここの代表取締役をしています、サカヅキと言います」
「あ、どうも、ええと…。僕はヒナタです。日向のどか、会社員です」
「ヒナタさん、ですね。本日はうちの社員が対応させていただいたと伺っています」
立ち上がって差し出された名刺を両手で受け取り、あわてて自分の名刺を引っ張り出して同じように差し出す。渡された名刺には、合同会社の文字。幽霊とか怪異とか、一見して怪しげな文字はないシンプルな名刺。
その丁寧で一般社会的なやり取りに、ふわついていた気持ちが一気に地に落ちたように冷静になれた。
「あ、あの!」
「はい?」
「えっと、助けて頂いてありがとうございました」
「ああ、いえ。お礼なら彼女に」
手で示された先、振り向けば後方に派手なジャージメイドの姿。もちろん彼女にも感謝の礼を。
「あ、ありがとうございました!」
「いえいえー」
「で、その、ええと…費用、なんですが…」
「ああ、なるほど」
「本当に申し訳ないんですが、さすがに持ち合わせもなく…。あとうち薄給なので分割もかなり厳しくて…」
「ふむ」
あー、流石に厚かましすぎるよなあ…。でも正直なところ、生活に余裕がないのは事実だし。
ぐるぐる回る思考でサカヅキさんの返答を待つ。
「では、こうしましょう」
ぱちん、と合わさった手が音を立てる。
「ヒナタさん、お勤め先は××株式会社ですか…。うん、こちらで話しを通しておきますので、明日からはここで働いてください。いわゆる出向、ですね」
「え」
「仕事内容は彼女に。基本、うちは服装自由なのでヒナタさんもスーツじゃなくて大丈夫です。そうですね、動きやすい格好…。彼女がジャージなのでジャージにしましょうか。あ、持ってます?」
「あ、はい」
「グッド。では明日、10時にここでお願いします」
「あの」
「じゃあもう夜も遅いですし、解散ということで」
「はーい、お疲れ様でーす」
「…」
「え、」
「ほら、出ますよー?」
「え、え、」
「お疲れ様でした」
バタン。ガチャリ。
流れるように連れ出され、オフィスの電気が消えドアの鍵が閉められる。
「えええええー!?」
「うるさーい。もう夜ですよー?じゃ、明日遅刻しないでくださいねー」
「はい、すみません…」
っじゃなくて!
な、なん?どっ、え!?
展開が急すぎて全く頭に入ってこない。
「…ジャージ、洗わないと」
ぽつんと取り残された道路の上、とりあえず帰宅後すぐにしなければならないことリストに洗濯が書き加えられた瞬間だった。




