case.015「新人特訓リハビリテーション」
怪異につけられた傷は治りが遅い、らしい。
某遊園地でフィールドワークの予定が、怪異の集まる怪異だまりにのこのこ入ってボロ雑巾にされて数日。僕は全身の小さな傷と左腕の裂傷、そして筋肉痛に苦しんでいた。
「うう、筋肉痛が一番しんどい…」
「まあまあ。そう言えるだけ元気だよ。というか、あんなことに巻き込まれて元の仕事に戻りたいって思ったりはしないの?」
「え、いや…。うーん」
珍しくミチカケ先輩とドールちゃん先輩の2人がそれぞれ不在の事務所。
軽いジョギングののち与えられたストレッチメニューをこなしていると、暇そうにこちらを見ていたサカヅキさんがふとそんなことを言い出した。
「考えたこともなかったですけど、特にないですね」
「ふーん、ないんだ」
「確かにめちゃくちゃ命の危機は感じましたし、こうして怪我もしましたけど…。結局は自分がもっと鍛えて強くなればいい話なので」
分かりやすく雑談なのでこちらも体をほぐしつつ何でもないように答える。
バトルマンガじゃないけど、正直それしか出来ることもやることもないわけだし。
「…ヒナタくんって、脳筋だね~」
「えっ、そうですか?」
「うん」
そうだろうか。自分じゃわからないけど、まあサカヅキさんがそういうならそうなんだろうな。
「でも、こうやって僕にメニュー組んでくれてトレーニングに付き合ってくれてるんだから、サカヅキさんもそうですよね」
「…はあ~」
「?」
深いため息。
「俺はちょっとヒナタくんが心配だよ。あまりにちょろすぎて…」
「はあ」
よくわからない。ので気にしないことにして、身を起こす。広げたマットを拭きあげてから畳んで端に寄せる。汗を吸ったタオルを首にかけて
「あ、今のうちにシャワー行ってきな。もうそろそろミチカケちゃんも帰ってくるし、ドールちゃんも出勤してくるからね」
「はーい」
もう慣れた不思議ドアでサカヅキさんの部屋へ。勝手知ったる気楽さでシャワーを浴びて戻る。
最初は出向先とはいえ上司、それも一番偉い人の家を借りるなんてと恐れおののいていたけれどそれも続けば慣れるものだ。それにサカヅキさん曰く、こういう時用に契約している部屋で、本当にプライベートな空間は別にあるとのこと。今では割と遠慮なく借りている。
流石に洗濯は近くのコインランドリーをと思ったけど、近くにそんなのないよとの言葉と福利厚生の一環だと押し通されたのもあって何から何までお世話になりっぱなしだ。一応、ある程度落ち着くまで、ということらしいけれど。
「あ、おかえりなさい。ミチカケ先輩」
「ただいまー。うんうん、イイ感じだねー」
「ありがとうございます」
汗を流してさっぱりした後、治りかけの傷口に忘れずにスプレー。対怪異傷の治療アイテムというそれは少ししみる代わりに抜群に効果があり、しかもレモンっぽい柑橘のいい匂いがする。ミチカケ先輩は柑橘が好きらしく、この匂いをさせているとなんだかにこにこしている。
「左腕、だいぶ良くなったねー」
「そうですね。かなりパックリいってたんですけど、この調子なら傷跡もかなり薄そうです」
一番目立つ腕の裂傷。図書室で騒いだ罰則。
真っ黒な子ども怪異の物理攻撃と違い、姿は見えないまでもルールによって縛られた空間でのルール違反は重いようだった。
当日は本当に目も当てられない状態で、よくこんな短時間で治ったなというかなんというか。
「のどかちゃん。あの日も言ったけど、まずは自分の身を第一に考えてね。時間がどうとか、仕事だってもちろん大事だけど、命に代えられるものなんてないんだからね」
「…はい!」
「ん、よーし」
じゃあお昼にしよー、とミチカケ先輩が言って、いつの間にやらいたドールちゃん先輩がいつもの重箱を取り出す。ランチタイム。
「いただきます!」
昼食後はまた念入りに準備運動をしたのち、トレーニング。
「なんか僕、ここに来てからとても健康になった気がします」
「あはは。まだ1週間くらいなのに。まあヒナタくん、最初がものすごい不健康そうとまで行かなくてもヒョロヒョロでクタクタだったしね」
「う。いや、デスクワークの会社員なんてそんなものですよ。通勤以外で運動することもなくっていうか、そんな気力も時間もなかったですし」
「社畜だねー」
「はは…」
ことさらにゆっくりと負荷をかけつつのトレーニングはじんわりと体の熱を上げ、息を乱す。そうするとすかさず一旦休憩と声がかかり、息が上がりきらないうちに休み、また落ち着いたら再開。
「体力ないわりに根性はあるな。関心感心」
「それ、褒めてるんですか…?」
「褒めてる褒めてる。なんとなく直感でヒナタくん引き抜いたけど、この1週間見ててもやっぱ俺の見る目はたしかだったなって」
「それ、結局は自画自賛なのでは…」
「あっはは、そんなにしょぼくれんなって。ほんと、見込みあるよ。うち、これまで採ってきたのは今いるメンツだけだから。みんな俺が集めて、いままでずっとよくやってくれてる」
「!」
その声の温度に、思わず一瞬息をつめた。
思わず漏れそうになった声を喉奥でかみ殺して、何でもないようにトレーニングを続ける。…なんか、いまの…。
「あ、そうだ」
自分に向けられているわけでもないのになんとなく気恥ずかしささえ感じて誤魔化すように体を動かしていれば、ぱっと切り替えたサカヅキさんがいつもの声色で思い出したように言う。
「ヒナタくん、明日は俺に着いてきてくれる?」
「はい。…あれ、どこか行くんですか?」
「うん。ちょっと、ね」
含みのある響きに首を傾げつつ頷く。
「新鮮な体験ではあるんじゃない?」
「はあ」




