case.012「限界突破オーバーラン」
夜の遊園地。
光と音のないそこを、怪異云々じゃなくそもそも怖いと思うのは一般的な感覚だと思いたい。
「本日もよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」
「よろしくお願いします!」
支配人。管理者。
某遊園地の偉い人に頭を上げられる。堂々としたミチカケ先輩の半歩後ろで、同じように挨拶をして小さく頭を下げる。
まだ園内には足を踏み入れていないとはいえ、これまでは無人の場所にミチカケ先輩と僕の2人で赴き対処するという流れだったので、なんだか落ち着かない。
「では」
偉い人の手引きで園内に入ると、やっと一息。
「…はあ」
「緊張してるー?ここもそうだけど、こういう施設は定期的に見る必要があるからねー、そのうち慣れるよー」
「そうなんですね。ううん、僕にはまだ早いかもです…」
「こーゆー人の出入りの多くって強い感情が集まる場所ってー、重なりやすくはあるんだよねー。普段の明るいうちはともかく、暗くなったら反比例的に怖さとか不気味さを感じさせるっていうかー」
閉園後に実は、なんて話はネットの軽口でよくあるからねー。なんて笑い飛ばすミチカケ先輩。まさに僕が考えていたような一般的な感覚は、それゆえに場を不安定にさせる要因でもあるらしかった。
園内はいくつかのエリアに分けられていて、それぞれアトラクションや売店などエリア内スポットも多い。つまり確認すべき場所は多いのに、人員はミチカケ先輩と僕の2人。悠長に歩いて確認していられるほどの時間的余裕もない。
どういうことかというと。
「ぜーっ、はーっ!」
「のどかちゃんは体力ないねー」
「っは、はひゅ…。すみ、ませ、ごほっ」
常にランニングのペース。全力疾走とはいかないまでも、ハイペースで走り回り、確認するべき箇所は立ち止まって丁寧に隅々まで。そしてまた走る。
汗だくになって息を乱しながら確認する僕の姿は、おそらくかなり滑稽だ。
「なん、でっ、ミチカケ、先輩、はっ、そんな、余裕なんです、かあっ!」
「うーん。慣れとかー、普段の行いかなー?」
「…」
「恨めしそうな視線、感じるなー」
酸素を取り込むことに必死になりつつ、じっとりと見つめたらその背を追う。
流れる汗をジャージの袖で拭いながら近所のジムに通うべきか思考を回す。外を走るのは何というか、ちょっと嫌なので。視線が気になる陰キャのサガ。
その点、ジムはみんな自分のために来ているわけだから大丈夫。いや、実際にはどっちにしても誰も気にも留めやしないだろうから、完全に自分の気持ちの問題なのだけれど。
「いま、これ、どのくらい見れました…?」
「…半分もいってないかなー、うん」
「……」
「本当に限界だったら、ちょっと休んでてもいいよー?」
「っいえ!やります!」
「ほどほどにねー」
まだまだ、か。一周回って笑ってしまいそうだ。
太ももに力を入れて足を持ち上げる。丸めていた背を伸ばす。手を握って、振る。
ああ、サカヅキさんが言ってた通り。ハードだ…。
「あともうちょっとだからねー。いったん休憩ー」
その言葉にとうとう崩れ落ちる。
汚いことは承知で地面に転がって息を整えるとミチカケ先輩の謎容量バッグから程よく冷たいボトルが出てくる。
「はい、お水」
「ありがとうございます…」
ガスガスの声で力なくお礼を言ってペットボトルを受け取る。
うぐ、力が入らなさ過ぎてキャップを開けられない。…見かねたミチカケ先輩が開けて差し出してくれた。
「ごく、ごくごく」
息すら失いながら一気に喉に通す。勢いよく半分ほど飲み干して、次は目いっぱいに空気を取り込む。
「っぷはー。…ふう」
「いー飲みっぷり。へろへろののどかちゃんって、普段よりちょっと男の子って感じだねー」
「え」
それは誉め言葉なのか?どう受け取ったらいいんだろう。
思考ごと動きもストップしてしまう。
「あ、もう残り時間ヤバいかもー」
そんな僕に気づかずミチカケ先輩はまったく別の話をはじめたので、思考の隅に追いやるようにどかして。
「うーん、残り時間とチェック箇所を考えたらちょっと時間がギリギリかもー。のどかちゃん、少し先に行って見てくるから、そうだなー、あのオブジェのところに10分後に集合ね」
「はい!…すみません、体力なくて」
「いーよいーよ。むしろ2日でここまでついてこれるならじゅーぶん」
じゃあ、と軽く言って遠ざかっていく。それを目で見送って深く深呼吸。まだ足が限界を迎えていて走るどころか立ち上がるのも難しそうだ。
なんとか身を起こして、10分という猶予を有意義に使うべく軽くマッサージをはじめた。
「…」
来ない。
腕時計が示す時刻はすでに指定の10分を優に超え、そろそろ倍の時間に差し掛かりそうだ。探しに、いや、どこを通っているかはっきりとわからない。むやみに走り回って探すのは僕の体力的にも効率的にもなしだ。かといって、場所が場所なだけに、ここではホイッスルは極力禁止だし…。
「考えろ、僕。残るはこのエリア、ミチカケ先輩が1人で回るとしたら他は外周からだったけどここもそうとは限らない。むしろ、僕を連れて最後にチェックすることを考慮するなら…」
一番距離や手間のかかる個所をつぶしてくれている可能性が高い。集合場所がここのオブジェなら…。
ぶつぶつと声に出す。思考に集中したいとき口に出す方がまとまる気がするのは、たぶん錯覚なんだろうけれど僕的にはしっくりくるんだよなあ。なんて。
最初に渡された園内マップを見ながら推測を重ね、可能性の濃厚そうな場所へ向かうことにした。




