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case.011「命中クリーンヒット」


 機械の多い仕事現場ゾーンを抜けて、渡り廊下でつながった事務所棟へ。

 この先にこそ、重なった場所があるらしい。現実側こちら怪異側あちら、重なり、侵され、上書きされた場所。

 いくつか小部屋を覗いては空振りを繰り返し、たどり着いた先。

「…あ」

「のどかちゃんもわかった?そう、あと一歩踏み出せばあっちだよ」

 元はスタッフ用にあてがわれた一室だったと思われる、ロッカーが並んだ空間。その数歩内側に入って、ぴたりと足を止める。

 なんだか嫌な予感がする。

 それは僕の感覚違いではなく、丁度重なった部分との境界だったらしい。その直感を肯定するようにミチカケ先輩が足元に指をさす。

 目を凝らして見ても何の変哲もない床。でも、ここだ。

「行くよー」

 あっさりと足を出す。

 一歩。

 踏みしめる前に感じる違和感。肌を刺す空気の冷えとおぞましさ。

「…ふう」

 でも、くねくね程じゃない。電話ボックスの時にも及ばない。

 なら大丈夫。

「いけます!」

「よーし、じゃあ着いてきてー」


 さほど広くもないロッカールーム。ロッカー同士がぎゅうぎゅうに並べられて、コの字に奥行きがある。

 背筋を冷やしながら一歩一歩踏みしめるように歩き、突き当りを右へ。行き止まりの方に進んだ瞬間。

「のどかちゃん!」

「っぐ」

「ロッカーから距離とって、警戒!」

「はい!」

 壁に沿わせたロッカーに半ばくっつくようにあるいていたせいで、ロッカー側から突然膨れ上がった怪異の気配に対応できなかった。

 ジャージ越しに殴りつけられたような衝撃。ミチカケ先輩の声でとっさに身をよじったおかげで右腕にすこし掠っただけなのに、ジンジンと痛い。

「…そー、こだっ!」

 ガシャン!

 大きく振りかぶった鋭い蹴りがロッカーをへこませる。ふわりと広がる白いエプロン。歪んだ扉の隙間から薄いもやが漏れ出すように滲んでいる。

 相変わらずほとんど見えない。でも、すこしわかる…!

「狭いとこって嫌いなんだよねー。動きにくいってば」

 がこん。力強い蹴りがまた違うロッカーに当たってはボコボコに形を変える。

 ロッカーのせいで狭く区切られた空間がミチカケ先輩の動きを阻害している。あの夜は開けた道だったし、黄昏時のあの地も屋外だった。鋭い蹴りをメイン武器とするミチカケ先輩には戦いにくい場所だ。

「ちょっとしゃがんでー」

「!」

「ふっ」

 ガツガツと怪異もどきを蹴りこんで距離を離したら、そのままステップを踏むようにかろやかに回って、一蹴。

 ばごん、と音を立てていくつものロッカーが吹っ飛ばされる。四角い空間を半分に区切るように並べられていたロッカーの壁。それが強引にどかされることで空間にゆとりができる。

「でも、これじゃ床のロッカーが邪魔なんじゃ…!」

「だーいじょうぶ。来るよー」

「うわっ」

 散乱するボコボコの金属の箱。それに足を取られないように注意しつつ、正面から広がって襲い掛かる怪異もどきに屈んだまま構える。

 深く息を吸い、ぐっと腹に溜めて指をかける。

「先輩、うえっ!」

「!…やるじゃん、のどかちゃん」

 大きく広がった、ほとんど姿のない怪異もどき。けれどそれは本命の攻撃を悟らせない囮。

 頭上に細く伸びたもやがミチカケ先輩の方へ奇襲をかけようとするのを、引き金に力を込めて阻害。

 僕にはただの水にしか見えない、水鉄砲に詰まった液体がもやにかかる。途端、怯むように収縮。少しわかりやすくなった気がするその塊に、すかさず痛烈な一撃。

「じゃーね」

 とどめのかかと落とし。

 まっすぐ天井に上がったつま先が、かかとを下に深く突き刺さった。


「のどかちゃん、今日は大活躍だねー」

「あ、ありがとうございます…!ごほっ」

 軽くなった水鉄砲をウエストバックにしまい、べこべこのロッカーと本当の埃が舞い散る乱れた室内を歩く。

 マスク、持ってくればよかった。

「ごほごほ」

 数年は手付かずの廃工場、そのロッカールームには当然ながら埃が溜まっていた。そこで埃の乗ったロッカーがしっちゃかめっちゃか引き倒されれば、その埃が空中に舞うのは必然。

 結果、くしゃみや咳が止まらなくなった。

「は、っくしゅん!」

「あちゃー。とりあえず、ここでよっかー」

「…はい」

 ずずっ。鼻をすする。


「っはー。すー、はー」

 ロッカーに足を引っかけそうになりつつ、なんとか転ぶことなく外へ。深く深呼吸をして、体に新鮮な空気を取り込む。

「うーん、一旦帰る?それとも続き行くー?」

「次、行きます!」

「おっけー」

 こんなことで帰るわけには…!

 せっかく今日は上手くいっているんだし、流れを止めたくない。ちょっと時間が空けば大丈夫。

 そんな僕の気合いをくみ取ってくれたのか。こころなしかゆっくりとした歩幅で、しかしミチカケ先輩は次の現場へと足を進めた。


「あ、次がラストなんだけど―」

 言いにくそうに少し間を空けて。

「のどかちゃん、筋肉痛治った?ダッシュできそー?」

「それって、つまり」

「次の現場。閉園後の遊園地」

「…」

 めっちゃ走るってことですよね、それ…!

 ただでさえアミューズメント施設っていうのは保有面積が大きいのに、告げられた行き先はよりにもよってこの国でも1、2を争う規模の遊興施設だった。

「…わーい、楽しみだなー」

 思わず暗い声が漏れる。

 くつくつ笑うミチカケ先輩に恨めしい目を向けてしまったのは、許されると思いたい。



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