case.009「事後処理アフターランチ」
「そういえば、靴のことなんですけど…」
少し言いにくいけれど、こういうことは最初のうちに聞いておかなければ。
切り出してみればあっさりと経費でいいとの返答。
「えっ」
「被服費、消耗品費?なんにせよ、うちは現場に出る機会も多いからね。必要な物は全部経費で落とすから安心して」
「わあ…」
なんてホワイト…!
僕、はじめからここに就職したかった!
「いやー、やめた方が良いけどね。知らなければ知らない方がいい世界だし」
「そうかもしれませんけれど、でも、少なくとも僕にとってはここはいい職場ですよ。皆さん優しくて、とても頼りになります!」
「あはは。紅茶も美味しいしね」
「はい!」
そういうこともある世界なら、いずれは知ることになっていたかもしれないし。ある日突然怪異に襲われて死んでいたかもしれない。
なら、これでよかった。ううん、これが良かったんだ。
「あ、そーだ。しゃちょー、これが例のやつですー」
破損した靴の話題が出たのもあり、思い出したようにミチカケ先輩が壊れたホイッスルをサカヅキさんへ渡す。
あらためて見てもかなりボロボロだ。数時間前までピカピカの新品だったなんて想像もつかない姿。
「うん。あー、結構グズグズだなあ。これは良くない」
「や、やっぱりそれって特別なアイテムとかだったんでしょうか…」
壊しちゃったの、不味かったかなあ。
そんな風に思ったのが顔に出ていたんだろうか、サカヅキさんは笑って手を振った。
「いや、これは普通にネットでまとめ買いの安物だから。気にしない気にしない」
ほっ。
思わず安堵で肩の力が抜ける。
「いやでも、ごめんね。流石に初仕事で怪異同士の小競り合いなんて、怖かったよね」
「ミチカケちゃんも、もうちょっとちゃんと警戒すべきでしたー。反省ですー」
「いえいえ!僕もあの時はそれがベストだと思いましたし。ミチカケ先輩のせいじゃないです」
「ま、ミチカケちゃんには怪異探知を磨いてもらうとして。ヒナタくん」
「は、はい」
姿勢を正す。
「ヒナタくんは体力づくりだね。あと経験はこれから実地で積むとして、護身の手段も必要かな」
うぐう。
たしかに年齢を考えてもかなり体力は落ちているかも。2年以上デスクワークばっかりで身体を動かすのなんて通勤だけ。それも駅の往復くらいだし。
別に活躍はしていなかったけれど一応運動部だった身としてはショックというか情けないというか。
「といっても今日はそれ以上の酷使はおすすめできないから、一旦疲れを取ってから。丁度いい、午後はこのまま事後処理についてもやっていこうか」
「はい!」
デスクワーク。
それなら今の僕でも多少は戦力になれるだろうか。
「じゃ、お昼にしよう」
「はい!…え?あ、もうそんな時間ですか?!」
やる気にぐっと構えたところ、休憩時間。どうやらもうお昼時に差し掛かっていたみたいだ。
そうか、お昼ごはんのこと考えていなかったな。
何かコンビニに買いに…。
「前失礼しまーす」
「あ、はい」
立ち上がろうとしたとき、ミチカケ先輩の軽い声でとどまる。浮かせていた腰を一旦下ろして座りなおすと目の前に大きな荷物が。
ドンっと机に置かれたのは風呂敷包みの大きな箱。
「ふんふーん」
ミチカケ先輩が機嫌良さそうにその包みを解いていくと、中にあったのは重箱だった。
え。
「俺、いつもので」
「はーい」
「のどかちゃんは?」
「え」
手際よく広げられていく重箱。
机いっぱいに広がるごちそう。
「うち、お昼はドールちゃん先輩の手作りなんだー。あ、ちなみに3時のおやつもあるからねー」
「…」
なんだろう。たぶん変わってないと思うけれど、なんだかドールちゃん先輩が得意げに見える。
いやでも、これは得意げにだってなる!だってめちゃくちゃおいしそう…!
つやつや光るおにぎりに色とりどりのおかず。胃を刺激するいい匂いにお腹が鳴る。
「てきとーにのせるねー。はい」
「ありがとうございます!」
ずっしりと手に馴染む紙皿の重みに思わずにやける。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
「い、いただきます!」
「…」
美味しい…!
やっぱ、ここ最高だ…!
美味しい思いをしてお腹がくちくなれば、あとは眠気と闘いながらの事務作業。
といっても、パソコンではなく紙の書類に手書きというアナログな手法。
「なんというか、不便ですね…?」
「んー、結局上が紙信者なんだよねー。それにデータは破損とかもあるし、なにより筆跡は何かあったときに情報として有用だし」
「なるほど。必要性と実用性ってことですね」
たしかにお役所仕事とかだといまでも書面だっていうし、そういうものなのかもしれない。
肝心の書類の内容としては思ったよりも事務的というか、かなり形式的で簡易。ほとんど項目に沿って記入していけばいいだけだし、項目が細かいアンケート用紙っぽいというか。しいて言えば備考に所感を求められるところが特殊だろうか。
「怪異もそれぞれだし、対処も時々だしねー。こういうことにはこう対応しましょう、なんてマニュアル化は出来ないからー」
「うーん、たしかに。それは仕方ないですよね」
機械みたいにはいかないよなあ。
常にイレギュラーの可能性もあるわけだし。
「例えば今日のくねくねだけどー」
「はい」
「普通の人間の大きさだったし特殊な攻撃はなかったんだよねー。でも場合によってはもっと大きいこともあるし、変に攻撃してくるタイプもいる」
「え、くねくねって、くねくねで統一されてないんですか!?」
そんな、同じ怪異なのに?!
驚く僕にミチカケ先輩は当たり前みたいに頷いて言った。
「もちろんだよー。さっき社長も言ってたけどー、ホラーはエンタメにされつつある。そりゃあ初めの物語はあるけど、広まるうちにどんどん尾ひれがついてねじ曲がっていく」
「…」
「有名なのは口裂け女かなー。ポマードっていえばいいとか、べっこう飴が効くとか、ね」
「そういわれてみれば…」
「それと一緒で、おんなじ「くねくね」という名前の怪異でも個々に細部は変わるよー。まー、「白い」「人ならざる動き」「理解してはいけない」とか絶対の条件はあったりするけどねー」
頭の痛い話だった。
ゲームで言うスライムみたいな、おんなじ個体はいないってことか。
「まー、だから過去の書類で勉強するのもいいけどー、あくまで参考程度にね」
「…はい」
書きあがった書類を渡し、ファイルを受け取る。
過去の事例を見て勉強したい、という僕の希望を聞いて棚から取り出した分厚いファイル。過去、ここで対処した怪異の報告書。そのコピー。
ずっしりと手のひらに感じる重みに思わず肩を落とした。




