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5 友垣(ともがき)

 家に戻ると同居人の白石あかねに


「ちょっとれな、何してんのよ」と怒られた。憤懣やり方ない様子だった。


「ちゃんとLINEしたやん」湊川は言った。


「それでどんな人なん?」「何よそれ、誰に買うてもろたん?」白石はすぐ気を取り直して色々聞いてきた。


「こないだミナミで出会ったおじさんよ。あかねも知ってるやろ」


「はっ、そんなおじさんと3日も一緒にいたん?」


「そやよ」そう答えたが説明するのが非常に難しかった。


「仕事行かなあかんから今晩ゆっくり話すわ」そう言って髪を整え桃山台駅に向かった。


 北急に揺られて考えてみた。実際、有情は湊川が今まであったことのない、捉えどころのない人物だった。けしてチャラチャラした人ではない。仕送りをしていると言っていたものの、倹約家でもなさそうだし、大きな家に一人で住んでいた。29歳の湊川にとって既婚者であるということは痛手ではあった。しかし、以前付き合ったことのある既婚者のように「夫婦関係がうまくいっていない」、「もうすぐ離婚すると思う」などといった常套句は全くなく、嬉しそうに子供の受験の話をしたりしていた。ただ、仕事に対する野心や情熱はほとんどなさそうだったし、それは若い時もそうだったように思えた。自分の仕事の話となると何か他人事のようで、問題を起こさないように無難にこなしているだけとしか思えなかった。人が気にしていることも平気で言ったり、嫌がることも平気でしたりしてきた。だが、悪意は全く感じられない。考えれば考えるほど奇妙な男だった。有情と結婚する事はできないし、たとえ独身であったとしても多分それは無理だろうと思い、そのことが胸に突き刺さった。自分がすでにそんな有情の魅力に取り憑かれている事は否定できなかった。その日は仕事が忙しく、昼間は有情のことを考えている時間はほとんどなかったが、帰りの地下鉄の中でまた少し思い出してしまった。「家に帰ったらあかねに正直に話して意見を聞こう」と思った。有情には「昨日はありがとう 仕事終わったよ」とLINEしておいた。返信はすぐにきた。「そうか、おつかれさん」有情のよこすLINEで今まで絵文字は見たことはなった。


 白石は緑地公園駅近くにある大手予備校で講師をしていた。湊川とは大学のゼミが一緒だった。白石は大学の先輩の中学教師と結婚を前提に交際しており、先週土曜日のお泊まりデートもこの男性とであった。予備校でも気さくで、さすがに授業中には「白石先生」と呼ばれていたが、生徒が質問に来たり、雑談をしたりするときは「あかねちゃん」とよく呼ばれていた。湊川のように高身長、筋肉質ではなく、適度に丸みを帯びた体をしており、男性スタッフにも人気があった。


 白石はいつも湊川のことを気にしており、よく合コンをした時期もあったし、実際、湊川も一時白石に紹介された高校の数学教師と付き合っていたこともあったが、一年足らずで別れてしまった。湊川も、先述の不倫男以外は、たいてい真面目そうな男性と交際していた。皆同じような時期に別れる傾向が見られた。しかし、その理由は湊川本人にも白石にも語られることなかった。少なくとも数学教師に関してはとても真面目な性格で浮気が原因ということは考えにくかった。白石もある程度は想像がついたが、本人に言う勇気はなかった。


 月曜はいわゆる浪人クラスを担当していたので、夕方以降の授業はなく、湊川からあの「おじさん」の話も聞かなければならなかったため、ペンネ・アラビアータとサラダを作って身構えていた。


「ただいま、疲れたよ」湊川は六時半ごろに帰ってきた。


「おつかれー、パスタあるよ」


「あかね、ありがとう。君にはいつも感謝しているよ。けどとりあえずビールが欲しい」


「わかった、飲め飲め」白石は缶ビールを開けてやった。


 ペンネとサラダがテーブルに運ばれてきた。湊川もどう話したものかと思っていた。同時に白石も何から聞こうかと迷っていた。白石はかろうじて一緒に行ったバーで酔っ払った湊川が見知らぬ「おじさん」に絡んで軽くいなされているところを見ていた。そこから切り出すのが一番に思えた。


「なぁ」


「ねえ」白石と湊川の声がかぶった。二人は笑った。


「ミナミのバーで私が絡んだおじさん覚えてる?」湊川が聞いた。


「なんとなく」白石は答えた。


「あん時カレーの企画で煮詰まってたやん。まぁ、それで飲みすぎてもうてんけど。あん時な、LINE交換してて、こないだ連絡とってん。ほなご飯行こかいうことになって千中行ってきてん」


 話が重複するので割愛するが、湊川は有情とのことをほぼ全部白石に話した。ただどうしても何があったかという事実を伝えるだけという形になってしまい、白石にはなぜ湊川がそんなただの既婚者の有情にご執心なのかわからなかった。


「そんなん別れるつもりはないよって牽制してるだけちゃうん?」


白石に問われた。至極客観的に見ればそれはその通りだ。しかし、湊川はそういう風には思えなかった。とはいえそれをうまく口で表現することができず黙っていると白石は追い討ちをかけてきた。


「れなさぁ、あんた前も会社の妻子もちの上司と付き合ってて、結婚する結婚するって言うてたけど、結局、その夫婦に二人目の男の子が生まれて一緒にやけ酒飲んだやないの。ええ加減にしときよ。あん時もう二度と不倫はせん言うてたやないの。もう二十九やねんで、ちょっと自分の歳考えたらどうなんよ」


それも事実だった。


 湊川と白石は平日であるにもかかわらず、会社の男性社員の話や仕事の愚痴、時に有情の話をして結構飲んだ。有情の話が出ると白石はあからさまに批判的になり、湊川もしゅんとするか、苦しい言い訳をするしかなかった。酒の勢いも加わり一度二人が休みの日に有情をつけてみようと言うことになってしまった。


 湊川と白石はどうせ昼休みになるまでは何もないだろうとブランチをとり、有情の勤める病院まで行ってみた。精神病院なので入っていくのに勇気がいった。湊川が有情の車を覚えていた上にその車が職員の通用口のすぐ近くに停めてあったのですぐに見つけることができた。スバルできているようだった。一般的な昼休みが終わりそうな一時半ごろ有情がガンメタル色のスバルに乗り込むのが見えた。有情のスバルがゆっくりと病院から出て行った。幸い湊川は有情に自分が自動車を所有していることを言っていなかったので、尾行は比較的容易だった。何か探偵にでもなった気分だった。有情はそのまま千提寺ICから高速に乗り、箕面方向に走って行った。高速道路は空いており、近づくのは難しかった。有情は次のととろみICで降り、山の方に走って行った。二人はなぜこんな山の中に入っていくのかよくわからなかった。やがて余野射撃場の看板が見え、有情の車がその中に消えていった。就業時間中に射撃をしているのかと二人は少し呆れたが、自分たちがしていることもかなり馬鹿げていると思い二人で顔を見合わせて肩をすくめて笑った。一時間ちょっとで有情は射撃場から出てきた。あまり満足そうな顔ではなかった。有情はそのまま全く逆のコースを辿り、何食わぬ顔で少し肩を回しながら病院の中に入っていった。おそらく終業時間までは外には出て来ないだろうと踏んで、二人は病院近くのカフェで待つことにした。白石は「就業時間中に遊びにいくなんて信じられない」とか、「あんな男とはかかわらないほうがいい」などとまたくどくど言った。


 終業時間の5分くらい前に有情は再び病院から出てきてスバルに乗り込んだ。有情は途中スーパーに立ち寄った。湊川が一緒にいると目立つので、ここでは白石だけがスーパーの中まで入っていった。有情は真っ直ぐに刺身のコーナーに向かいアトランティックサーモンの刺身と稲荷3個、それとイエローテイルというオーストラリアワインを買ってすぐにスーパーから出て行った。スバルに乗り込み真っ直ぐに家に帰っていった。


 家に帰って十五分もすると有情はシャーロットを連れて出てきた。散歩に行くのだろう。ここからはさすがに車でつける訳にはいかなかった。どうせ散歩に出ただけであろうと思ったが、念の為行動を監視した。小一時間ほど有情はシャーロットを連れて家の近所を歩いた。シャーロットの散歩の間に一度だけ有情はスマホを取り出して、何かテキストを書いているようだった。直後に湊川のスマホが鳴りギョッとした。送り主は有情で「今、シャーロットと散歩中」とだけ書かれていた。シャーロットは非常に教育ができていて、信号で止まったり、道を渡る前に有情が確認のために一時停止したりすると必ず有情の隣でおすわりをした。家に戻るとその日は二度と出てくることはなかった。


 後日、湊川は白石から


「昼間の行動までは知らないが、病院が引けるとスーパーで常にアトランティックサーモンの刺身と稲荷3個、たまに安い白ワインを買って家に帰り、犬の散歩以外に外出はしない」と聞かされた。


白石は有情の行動が気になり予備校が早く終わる日に一人か、彼氏と一緒につけていた様だった。


「過保護がすぎるよ、あかねちゃん」と湊川は不平を言ったが、


「あんたのことはほんとに心配」と言って、また有情の悪口を言った。


とはいうものの有情は単なるサボりの引きこもりではあるが、さほど悪い男ではなさそうであると思い始めていた。


 湊川は有情の影響もあって「諸外国のカレーと周辺料理」と言う企画を通していた。白石も祝杯をあげようと言っていたもののなかなか時間の都合が合わずのびのびになっていた。有情にはLINEで報告はしていたが、直接伝えたくもあった。そんな折、白石が今度ダブルデートで食事しようと言い出した。あれだけ有情の悪口を言っておきながら不思議に思ったが、白石に有情のことを知ってもらういい機会だと思い同意はした。ただ、問題もあった白石の婚約者である宇都美翔太に有情のことをどの様に紹介しようかと悩んだ。まさか


「これが私のお付き合いをしている男性で既婚者です」という訳にもいかない。白石にそのことを言うと


「聞かれたらバツイチとでもいえば良い」というようなことを言った。


しかし、考えてみれば言ってないことはあるにせよ、有情が発言した内容はおそらく全部が真実であまり嘘をつくのが好きではないのではないだろうかとも思えた。

 湊川は仕方なく


「私の企画が通ったお祝いを同居人、その彼氏、そして先生と私でしたい」


とLINEした。


「別にかまわんよ」


「でもな、先生って嘘つくの嫌いやない?」


「なんで?」


「いや、同居人と彼氏は結婚するらしくて、同居人は知ってるけど、彼氏の方は知らんから、さすがに先生が妻子持ちって言いにくいやん」


「ほなバツイチ言うといたらええがな」意外な答えが返ってきた。


「だいたいそんなこと聞いてくるか?」それもそうだ。


「せやけど今まで私に言うたこと全部ほんまの話やろ?」


「そらまぁ、そうやけど、そんなん状況によって使い分けるがな。知ってるとは思うけど、時々病院抜け出して射撃行ってるからな。たまにおらんのバレてどこにおったんや言うて聞かれるし。病院抜け出して射撃場行ってましたて言われへんやろ」


なぜ病院を抜け出して射撃場に行っているのを「知っている」と思ったのだろうか。湊川は有情から射撃の話はほとんど聞いたことがなかった。答えはすぐにわかった。


「ところでれなちゃんか、誰か友達、軽で黒のトールワゴン乗ってないか?パグのぬいぐるみルームミラーにぶら下げたやつ」


「・・・・。バレた?れなの。正確にいえば同居人と共有してんねん」


「そらスーパーにあるだけやったらわからんかったやろけど、射撃場の近くに停まってたらわかるわ。しかもシャーロットの散歩の時にれなちゃん、一回だけ近くにおったやろ?気にしてあんまり散歩に集中しおれへんかったがな。なんでそんなことしたんや?」


「ごめんな、同居人、あかねちゃん言うねんけど、どうも先生のこと胡散臭い言うから、一日の行動を見よいうて」


「暇人か?聞けば言うたるがな」


「ほんまにごめんな」


「まぁ、それはええわ」


「それはそうとその彼氏てどこ住んでるんや?」


「なんで?」


「梅田とかやったら行くの大変やし、人多いし」


「大丈夫、千里山やで」


「ほな千中でええよな?」


「そこかよ」


「なんでやねん、今日の話で一番重要なんはそれしかないやないか。外来の前日の日曜と水曜以外ならいつでもええで」


「ほな時間と場所こっちで決めてええ?」


「ええけど、モノレールかタクシーですぐに行けるとこにしてや」念を押された。


「決まったらメールするね」


「わかった、楽しみにしてる」


湊川は絵文字を織り混ぜてテキストを送ったが、有情の返信には一切それが無かった。


 湊川は有情からLINEはほぼ毎日受け取っていた。しかしそれはいつも短文で「外来が忙しかった」、「シャーロットの散歩をしている」、「今日はフライを巻いた」などという短文ばかりで、長文が送られてくるのは自分が何か聞いた時くらいだった。有情から長文のテキストをもらうことはほとんどなかった。そのほぼ毎日届くLINEを有情が最初に発信してくることだけが自分にとっては嬉しかったが、物足りなさは感じていた。四人全員の予定が揃うのは職場や仕事内容の違いからなかなか調整がつかず、2週間後の土曜日になった。湊川はダブルデートの打ち合わせを兼ねてそれまでに一度有情に会いたいと思った。初めて有情に会ってから既に一か月以上はたっていた。なぜ有情があれだけ散財しておきながら、さほど自分と会いたがらないのかも少し不思議に思っていた。それで有情にLINEしてみることにした。


「ダブルデートの件やけど、再来週の土曜に決まったよ。千中の居酒屋で4月の三週目の週末ね」


「わかった」いつものように簡単な返事しか来なかった。


「その前の週に二人で会えへん?」


「ええで」


湊川は意を決してLINEしたのにあっけない返事だった。


「どうしたらええ?」


「ほな土曜日の昼頃、千中にしよか」


「れな、金曜の晩がええ」


「構わんよ」


「ほな金曜の晩に千中、いや桃山台にしよ。家に着く三十分くらい前にLINEして」


「えー、その日はあかねが家におる」


「いや、家に行くわけやない。桃山台の方が都合ええだけや」


「わかった」


「家までいったほうがええか、それとも駅の方がええ?」


「うーん、じゃ家で」


「わかった。ほなそうする」


湊川は有情が何を考えているのか、わかりかねたが、それよりも有情とまた会えるのが楽しみであった。


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