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30 終焉(しゅうえん)

 その日は梅雨に入ったばかりの晴れ間が出たり、雨が降ったりする奇妙な天気の日だった。湊川は仕事を終え桃山台の家に戻り、すみれと夕食を食べ、タブレットで新聞を読んでいた。すみれは半年後の受験を控え受験勉強をしていた。有情は、すみれが高校に入ってからは、いつもこの頃になるとC国に釣りに行っていた。ニュースを見ていたタブレットのLINE着信音が鳴り、いつもの釣果報告かと思った。有情が滞在しているあたりはこの時代でもまだ携帯電話がつながらないようなところなので、用事で街まで出かけた時に送って来ていた。したがって連絡が何日か来ないことはしばしばあった。いつもならフライをくわえたマスの写真や最近見かけた動物の写真がまず送られてきて、ごく簡単な注釈が届くので二度目の着信音を待ってから開こうと考えていた。しかし、二度目の着信が来ることはなかった。珍しいなと思い5分ほど経ってから開けてみるとそこには丁寧な英文で書かれた文章が並んでいた。


『Dear Ms Reina and Sumire Minatogawa

有情正成の遺体が湖上の船の上で発見されました。有情の指示に従って、連絡を取らせていただきました。ご面倒とは思いますが、お渡ししたいものと受け取りたいものがございますので、7月1日午後6時に彩都の家にお越しいただければ幸いです。その際、ご芳友の宇都美夫妻にもご一緒に来ていただければありがたく思います。お持ちいただきたいものは貴姉の部屋にある布テープで周囲を封じたおかきの缶です。ご興味がおありかと思いますが、ぜひ開封せずにお持ちいただきたいとのことでした。中身は古いパスポートです。なお、当日は葬式などではありませんので、普段着で来ていただいて結構です。』


差出人は有情美和子になっていた。


 湊川には有情が死んだと聞いても、それが現実とはかけ離れたものに感じ、家に行ったら普通に出てくるのではないかという感覚があった。湊川にとって有情の存在はすでに空気のようなものになっており、そばにいても普通、射撃に行っていても普通、C国に行って釣りをしていても普通という感覚だった。


 おかきの缶というのは以前有情が持ってきた古いパスポートが入っていると言っていた缶であった。細い布テープで封がされ、相対した二箇所にメモが挟まれていた。それを持って来た時、有情は「古いパスポートだから開けても仕方ない」と言っていた。随分前、二度目に有情の家に行ったときに「この部屋は見ても仕方ない」と言われて、本当にただの洗濯部屋兼物置だった記憶があったので、気にせず箪笥の上に置いてあった。しかし、わざわざ中を見ずに、と言われたのでかえって気になり、メモだけでも見ておこうと思い、爪楊枝でその部分だけ押し広げて見てはみたが、挟まれた紙には何も書かれていなかった。箱を振ってみたが、ゴトゴトというだけで、確かにパスポートが何冊か入っていればそのような音がするだろうな、という音がした。


 7月1日になり湊川はすみれと宇都美夫妻を連れて通い慣れた彩都の家に行った。玄関前には白い大きな車が止まっていた。細身だがしっかりとした筋肉のついた女性が出てきた。背は湊川より少し低かった。


にこやかに


「ようこそおいでくださいました。有情美和子です。今日は夕食のデリも用意しましたので少しお話を聞かせてください。その前に主税さんが受け取りたいものがある、と言っておりましたので、引き継ぎますね。どうぞお上がり下さい」


と言った。


 ダイニングのソファーに案内され、紅茶を出された。しばらくすると仕立ての良いスーツを着た男性がやってきて


「お久しぶりです、れなさん。そして初めまして、有情主税です。お願いした箱はお持ちいただけましたか?」


「はい、こちらです」


湊川がそういうと


「お預かりいたします」


と言って、座卓の上で布テープを剥がした。


 そして布テープのちょうどメモを挟んでいたあたりを見た。その目は普段の主税の立居振る舞いとは全く異なり、獲物を見極める肉食獣のような鋭い目だった。


「ご協力に感謝します」


そう言った時には元の顔に戻っていた。


 スーツのフラワーホールには公認会計士のバッジがつけられていたが、それは交付されたものではなく純金で特別に作られたものだった。


「何を確認されたんですか?メモには何か書いてあったのですか?」


湊川はその主税に尋ねた。


「これはメモではないですよ。布テープの糊がつかないようにしてあるだけです。ここをよく見てください」


と言って紙が挟んであった部分の内側に当たる部分を差した。ヘッドセメントが蓋側と本体側に塗ってあり、その部分に髪の毛が一本貼り付けてあった。反対側も同様にしてあった。


「開封すれば髪の毛が切れるようになっています」


確かのその二箇所に髪の毛が貼り付けてあればどこから開封しようが少なくとも一本の髪の毛は切れる構造になっていた。


「開封するとまずいものなんですか?」


「いえ、人によります。湊川さんが開封する分には別段問題はないと思いますし、だからこそ湊川さんにお預けしたんだとは思います。ただ、開けた場合に注意してほしいことはあったはずです」


「はぁ」


古いパスポートの入ったケースを開けられて何が困るのかよくわからなかった。


「中身に興味がありますか?」


「ないと言えば嘘になります」


「わかりました。どうぞ」


 スーツの男性は蓋を開け、中身を湊川と宇都美夫妻に見せた。髪の毛の封印はいとも簡単に切れた。


 箱の中にはいくつかの違う国の五冊のパスポートが入っていた。


「見ていいですか?」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


ページをめくると有情の写真が載っており、名前が違うくらいで単なる他国のパスポートだった。


「有情先生はこれを何に使っていたのですか?」


「海外旅行に使う以外に用途はないと思いますが」


「それはまぁ、そうですが。このパスポートは偽造とかそんなんじゃないですよね?」


「いえ、それぞれの国の公的機関から発行された正真正銘の本物ですよ。偽造パスポートなんてスパイ映画じゃあるまいし、ましてそうであればそんなものを父が大切にしていた湊川さんに預けたりすることはないと思います。父が亡くなった今、これらのパスポートをそれぞれの国にお返ししなければならないので回収にあがりました」


「主税さんにとって先生はどんなお父さんでしたか?」


「一言で説明するのは難しいですが、湊川さんの娘さんに対する父親像とそんなに違うとは思えません。言わないことはあったかもしれません。しかし、大きな嘘はついたことはないと思います。でもまぁ、怠け者ですよ。釣りと狩り、射撃にしか興味のない人でした。ただ、きちんとすれば仕事はできる人だったとは思います」


「わかりました、ありがとうございます」


「それでは回収させていただきますね」


そう言って箱の中身だけを自分のカバンの中に入れた。


「なぜ封印までしていたのでしょうか?」


「それは日本が二重国籍を認めてないからです。開けて他所に持っていかれると二重国籍が発覚するからです。そうなると日本の公的機関からどこの国籍を選択するか迫られますので、それを嫌がっていました。なんせ、面倒なことが嫌いな人でしたから」


「でも、銃を持っていること自体、結構面倒なことだと思いますが?」


「父は好きなことであればどんな努力も惜しみません。それはご存知でしょう?」


「確かに」


妙に納得のいく説明ではあった。


「もし私がこの箱を開けていたらどうなっていたでしょうか?」


「どうにもならないですよ。よほど親しい人以外には話すな、って言うぐらいじゃないですか。例えば今ご一緒におられる宇都美さんとか」


「なぜ私の名前をご存知なんですか?」


宇都美夫人が口を挟んだ。


「兄は早大摂津の一期生です。ご迷惑をかけたと思いますが」


と宇都美(夫)の方を見た。


「ええっ、有情利太君ですか?珍しい名前だったので覚えています」


「そうです。相当の悪さだったと聞いています」


「確かにそうではありましたが、正義感の強い生徒でした。その強い正義感のせいで暴力事件を起こし、推薦入試を受けられなかったと記憶しております」


「大学時代も悪でしたよ。卒業して就職してからはそうでもなかったですが」

「今は何をされているのですか?」


「司法書士の資格をとって不動産関係の仕事をしています」


「たくさん人がいるのに世の中って狭いもんですね」


「それと父の作った目録にも名前がありましたよ」


「私のですか?」


「ええ、奥様の分もありましたよ。と言っても目録自体は一つにまとめられていましたが」


「なんなのでしょうか?気になります」


「父のことですから、碌なものではない可能性もあります。後で美和子さんが持ってくると思います。私はもう一つ回収する物品がありますので、ちょっと失礼します」


そう言って二階に上がっていった。


しばらくすると大きな旅行用のトランクケースを持って降りてきた。


「それはなんですか?」


湊川が聞いた。


「医療器具です」


「見せてもらってもいいですか?」


「構いませんよ。ただ、私は門外漢なので具体的にどれがどのようなことに使用されるのかは全く分かりませんが」


そう言ってトランクケースを開けた。トランクケースはいくつかに仕切りがされていて、滅菌済みの袋に入れられた医療機器がたくさん入っていた。有情がフライを作るときに使用するような繊細な機器ではなく、ずっと大きな器具が多かった。


「私は用が済んだのでこれでお暇します。先程、声をかけておいたので美和子さんが降りてくると思います」


そのままで結構ですよ、と言われたがそういうわけにもいかず湊川たち四人は玄関先まで見送りに出た。先程の男性は玄関前の車のトランクに医療機器の入ったケースを積んで車を発進させた。


「お手間を取らせてすみませんでした」


 二階から降りて来た美和子は四人にいった。手には二つの封筒と何かの小箱が持たれていた。


「もうすぐデリが届きますので、先に飲んでいましょうか」


と言って缶ビールとグラスを四つずつ持ってきた。


有情がすみれにも十四歳になった頃から少しずつアルコールは飲ませていたので、驚きはしなかったが、一応、言ってみた。


「あの、すみれはまだ未成年ですが」


「あぁ、そうでしたね。香澄は高校の時からよく飲んでいたものですから。今日は地外法権と言うことで一口だけでも」


「はい、それくらいなら」


美和子はすみれの分だけグラスに半分くらい注ぎ、他のグラスにはほとんど泡を立てないようにビールをいっぱいまで注いだ。


「乾杯」


「献杯」


「たくさんの命を奪ってきた有情です。乾杯の方がふさわしいと思います」


と言われ、乾杯をしなおした。


 どれだけハンティングをしてきたのか、と湊川は思った。A国に行った時の手捌きを思い出して納得した。


 すみれを除いて3本くらい飲んだ時にデリが運ばれて来たようで美和子は玄関まで取りに行った。キッチンテーブルで料理をとりわけて運んできた。


「私はどうも魚が苦手で他のものにさせてもらいましたよ」


美和子はそう言った。確かに美和子のものだけチーズの入った、ほうれん草のカレーだった。


 料理がそれぞれの前に運ばれて来た。以前、有情の家で白石と一緒に作ったメニューがそのまま乗っていた。百貨店では出さなかった魚入りのロロも並んでいた。他の食べ物は綺麗に並べられていたが、ロティだけはわざわざラップに包んで、ここでは二個ずつプラスチックのケースに入れられていた。美和子がフォークとスプーンをとりに行った隙に湊川が言った。


「あかね、これ」


「懐かしいね」


「なんでプラスチックケースに入ってんの?」


「れなに対する置き土産やないの。この流れであんたたち仲よなったんやから」


「やっぱり、アホやね」


美和子が戻って来たので会話は中断された。


「今日の料理は有情がこれを出すようにとのことでした。どうぞ召し上がってください」


湊川はプラスチックケースを開けロティを一口食べた。当時の味が完璧に再現されていた。涙が出て二口目が食べられなかった。


「ちょっとあんた、奥様の前で失礼でしょ」


宇都美夫人にたしなめられた。


「それはいいですよ。ただ、有情は湿っぽいのは好きやないと思います」


お酒が入ったせいか関西の訛りが少し出てきた。


「すみません」


「あなた方のことは大体有情から聞いてるよ。挨拶に行けなくてごめんね。それと出産祝いも」


「生前は有情先生には本当にお世話になりました」


「でもまぁ、あの人の酔狂によく一生をかける気になったよね」


「それは奥様の方こそ」


宇都美夫人に太ももをつねられた。


「ワイン持ってくるね。すみれちゃんもちょっと飲む?お母さんの自慢のワインよ」


「いただきます」


すみれは答えた。


ただ何がどう自慢なのかは知らなかった。


「何が自慢なん?」


「カンファー・ビーフと似たようなもんよ」


「すみれちゃん、お母さんがまた泣き出すから後で教えてもらい」


宇都美夫人が助け舟を出してくれた。


「Masazraとはよく考えたもんやね。まぁ、N国には母音で終わる地名も多いから違和感はないけど」


 Masazraワインが売り出され、高い評価が得られた後、他社も競合しようとしたが、どうしても輸送船が赤道直下を通過せねばならず、「煮えたワイン」でないものを提供しようとするとどうしても冷蔵で送ってこなければならず、ヨーロッパ便とは違いなかなかリーファーコンテナが用意できない上、それほど高い値で売れるわけでもないため、Masazraワインの一人勝ちになっていた。それは2021年に初めて日本にチルドで入ってきた「カンファー・ビーフ」も然りであった。


「でも、なんでソビニオン・ブランしかないの?シャドニーの方が有名でしょう?」


「シャルドネが奥様の口に合わないと聞いたものでしたから」


初めてまともなことを言った。


「美和子でええよ。そうそう、すみれちゃんは獣医さんになりたいんだって?」


「なんで知ってるんですか?」


すみれは不思議そうに聞いた。


「すみれちゃんはイギリスに学校からの留学生で行ったことがあるでしょう。そのときにキャリア・ミーティングみたいなのがあったの覚えてる?」


「あ、はい」


「そのときに軍隊の人が来たよね。兵隊さんに何か質問しなかった?」


「はい、しました。UK軍で獣医として採用されるにはどうしたらいいかって聞きました」


「そのときに広報の兵隊さんが答えに困ったときに後ろから出てきて説明した女の軍医さんがいたでしょ?」


「はい、よく覚えています。母と同じくらい背が高くて、かっこいい人でした。なんだか日本人みたいに見えました。でも後で話しかけても片言の日本語しか話せませんでした。でも、イントネーションがすごく大阪弁でびっくりしました」


「本当はもっと話せるのよ。ただ、人前で日本語を話すのが苦手なの」


「なんでそんなこと知ってるんですか?」


「私の娘だからよ。ちょうどあっちの高校でキャリア・ミーティングがあったから行かせたの、様子を見てこいって」


「そうなんですか、知りませんでした」


「ほとんどの人が軍隊に興味がなさそうにしてたのに、ちゃんと色々聞いてくれて嬉しかったって言ってましたよ」


 そろそろ2本目のワインもなくなってきたころ、美和子は皆さんにお渡しするものがあると言った。そう言われて来てはいたが、すみれ以外は少し緊張気味になった。


「まずは湊川さん、他の生き方もあったでしょうに後悔はありませんか?得られたものはありましたか、あるいは代わりに失ったものとか?」


「後悔なんか全くありません。失ったものは思いつきません。得られたものは言い尽くせないくらいあります。一番大切な授かり物のすみれももう来年は大学に行きます」


「どこに行くのかは決めましたか?」


「大体は決めています」


すみれは答えた。


「まだUKには行きたいと考えているの?」


「できれば行きたいと思っています」


「そう、香澄も喜ぶと思いますよ」


そう言って美和子は封筒と小箱を湊川に渡した。


「そして宇都美翔太さん、あかねさん。さすがにここに書いてあるだけでは失礼かと思い私の方からちょっとプラスしておきました」


「そんな失礼だなんて。私たちは単に湊川の友人と言うだけですから」


「でも色々尽力していただいたと聞いていますよ」


「そんな」


「とりあえず中を見て不足があるなら率直におっしゃってください」


と言ってレターオープナーを持ってきた。


めいめいがレターオープナーで封筒を切り中身を確認した。


「この場にないものは後でお持ちするか、お見せしますね」


封筒の中のそれぞれの中身は


目録


湊川怜奈

ペラッチ製猟銃 一丁

高田製竹竿 一本

フライタイイング道具 一式

彩都の土地及び家屋 一軒

要時の扶助・支援


湊川すみれ

徽章 一組



目録


宇都美翔太様

エミッタ接地増幅回路基盤 一個


宇都美あかね様

新品クレーピジョン 一個


 宇都美夫妻は少し失笑してはいたものの異議を唱えるものはいなかった。


「怜奈さん、利太君と主税君に言えばうまく処理してくれると思います。すみれちゃんはこれね」


と言って持って来た小箱を渡した。


 小箱を開けると純金の軍医徽章の上にVの文字が描かれたバッジが二つ入っていた。


「それと有情はその徽章をつけたすみれちゃんを見るのを本当に楽しみにしてましたよ」


美和子は二階に上がり、今度は30cm四方ぐらいの箱ともう少し小さい箱、アクリルケースに入れられた電子機器を持ってきた。


「宇都美さん、まずこれがクレーピジョンね。知ってるわよね。いくらなんでもこれだけでは失礼かと思いこちらを用意しました。開けてみて」


 箱の中には綺麗な清水焼の夫婦茶碗と小さい方の箱には携帯用のマグカップが入っていた。アクリルケースには本当に「エミッタ接地増幅回路」が入っており、回路図が添えられていた。簡単な回路ではあったが、基盤は生基盤をリューターで極めて精巧に削られていた。


「マグカップはお嬢さんにね。ご主人はちょっとこちらに来てくださる」


と言って有情のフライタイイングをしていた場所に案内した。


「ご主人にはこれね。有情がC国で使ってた中古品で申し訳ないんだけど」


と言ってHilberlingのHF送受信器を指さした。


「まだもう一箱あるのよ。重たくて持てないから使っていた分だけ持って降りてもらったんだけど。なんか免許の関係で使えなかったみたいで」


「こんな高価なものを本当にもらっていいのでしょうか?」


「誰も使わないので。宇都美先生は第一級総合無線通信士の資格がおありなんでしょう。有情が羨ましがっていましたよ。先生なら上の道具も使えるんやないですか?」


「なんでしょうか?」


「わかりません、出力を上げる機械とか言ってましたけど。使えもしないのになんで買うか不思議ですよ。ところでさっき高価っておっしゃてましたけど、いくらぐらいするの?」


「もし上にあるのがリニアアンプだとしたら、両方で大体250万くらいかと」


「はっ、アホやないの。そのヘラみたいなのが二つ付いた機械は?」


「これは自作されているみたいで値段はつけられません。ちょっと触ってみてもいいですか?」


と言って宇都美はパドルを手に取ろうとした。


「重っ!」


可動部分は真鍮とプラスチックでできていたが、それを支える木と木に挟まれた部分は別の金属でできており異常に重かった。


「これは元箱に入れて宅配便で送らせますね」


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 四人は有情邸からの帰り道、何をもらったかという話になった。とは言っても湊川はずっと泣いており、あまりに話に加わることはなかった。


「翔太先生は何もらったの?」


「無線機」


「よかったやない、前から欲しいって言うてたやん」


「せやけど、中古とはいえドイツ製の超高級機で250万くらいすると思う。その上、モールス打つ道具がすごく怪しい」


「そんなもんに怪しいなんてあるの?」


「それ自体は単に精巧に作られた自作品って感じやけど、台座がもしかしたら純金かもしれん」


「そんなわけないやん」


「いや、真鍮の部分はちょっとくすみがあったけど、台座はきれいやった」


「ないない、いくら有情先生が酔狂でもそれはないと思うよ。銃かて実用性重視で買ってたらしいし」


「そうかな」


「ちょっとれな、いつまでも泣いてんとあんた何もらったんよ」


「先生が一番大事にしてたもん」


「何よ?」


「ペラッチの銃」


「そんなんもらっても使われへんやないの。しかも使い込んであるやないの」


「使い込んでるからええんやもん。だって、先生の手垢がついてるねんで」


「でも許可がないでしょ?」


「銃砲店に預けてあるって耳打ちされた。明日、警察に行って聞いてくる」


「それだけ?」


「釣り竿」


「新しいの?」


「違う。握りのところが真っ黒になってるやつ。それとフライ作る道具」


「あれだけ苦労したのにそれだけなん?有情先生もちょっとひどない?」


「違う、違う、違う、違う」


湊川は座り込んで泣き出した。


「ちょっと、れな。何してんの?」


「さっき、さっき・・・」


「落ち着きよ」


「さっきの家と裏山全部、すみれがフナ釣りに連れてってもろてた貯水池も、これからすみれに必要な学費も留学費も全部。それから先生が亡くなった湖水に行く五人分の旅費」


「五人分て私らの分まで?」


「でも、すみれとなおちゃんが二人とも大学に入ってからやて」


「なおみも連れてってええの?」


「うん」


 やっとの思いでそこまで言ったが、後はすみれに手を引かれフラフラと歩くだけだった。



・名を残す 気高き花も 野辺に散る 名もなき花も 是また趣なり


                     有情 正成


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