3 艶羨(えんせん)
有情はこの女がなぜわざわざ人に絡んでまでカレーの話をするのか皆目わからなかった。有情もカレーは好きだ。とはいえカレーにさほど精通しているわけでもなかった。食べるのは今勤めている病院の給食で食べるカレー、日本でもいくらでも食べられる、フィッシングトリップで行った、T国やR国のカレー、そして一時熱狂していたソルトウォーター・フライフィッシングに実に6年間も捧げた南太平洋のF国のI国風カレーくらいであった。今でもI国風カレーはお気に入りでたまに自分で作って食べたりもしていた。
「なんでブラジルのカレーを知らんの?美味しいんやからね」
湊川はどうしてもカレー談義をしたいようだった。有情も絡まれてばかりいるだけではつまらないので少し話題を変えてみようとした。
「名前も理由も知らんとカレーの話言われても事情がわからんから、まずお互いに自己紹介しよや。話はそれからにしょう」
「ええよ、ほなまずおじさんからな」
「俺は有情正成。楠木正成の正成な。まさなりちゃうで。色々あったけど、今は箕面の精神病院で精神科と皮膚科を担当してる。もともと皮膚外科医やったんや。体えらいから転科してん。休み多いしな」
「はぁ、医者。嘘言うてんのやないやろね」
「嘘言うのに皮膚外科なんて言葉、出てこんやろ」
「まぁ、せやね。私は湊川怜奈。百貨店の輸入食品部いうところに勤めてるねん。それで再来月のおすすめの企画で、去年友達と行ったブラジルで食べたカレーを押してんねんけど、周りの反応がいまいちやねんな」
ここでやっと有情は湊川がカレーにこだわる理由がわかった。ただ、ブラジルのカレーについては全く無知であった。そもそもUS大陸に行ったのは一回だけで、それも釣りでC国に行っただけだった。
有情は勤勉ではなかったが、特別、自分の仕事が嫌いなわけではなかった。事実、日本に住む医者がまず経験しないような第三世界、F国、で、不定期ではあったものの、災害救援部隊で軍と協力して被災地を回ったこともあった。衛生環境は極めて劣悪で、住民の医学的な啓蒙も全くと言って良いほどできていなかった。部隊の任務は主として水害に伴う被災者のキャンプ巡りであった。道路に冠水したような水、要するに糞便に汚染された水を村人たちは平気で飲む。当然、ひどい下痢をして、脱水を起こす。そしてまた冠水したり、キャンプに溜まったりした雨水を飲む。最終的にはたくさんの無知な村人たちがこの悪循環を断つことができず死んでいった。死屍累々とはまさにこのことだと思ったほどである。軍務から離れてからは大学病院で1年ほど非常勤医師をしていた。医師免許もクーデターのどさくさに紛れて容易に手に入れた。
低賃金労働者としてUK国がI国から連れてきたI国系の人口がおよそ半数を占めるその国ではカレーは日常的に食されており、I国系のほとんどいない軍から支給される食事にもよくカレーが出た。大学病院にいた頃の昼食はほとんどカレーを食べていた。いろいろな種類のカレーがあったが、チキンやラム肉を使ったカレーはたいてい骨ごと入っていたので、有情は骨の心配をする必要のないベジタリアンカレーが好みだった。
このように書くと有情がその国で質素な生活をしていたかのようにも見えるが、実際にはそうではなかった。フライでマグロやバショウカジキを釣っていたし、そのためのボートも持っていた。何よりも有情の住むDアイランドはその国一の高級住宅地で、有情の家も日本円で一億は下らなかった。
アイランドと名はついていたが、Dアイランドは三角州で陸地とは川で分離されてはいたものの橋で繋がっていた。橋の入り口には二十四時間体制で警備員が詰めていて、また、各々のストリートにも門番の警備員がおり、それぞれ頑丈なゲートがついていた。
島内には数々の高級レストランがあった。その中にブラジル料理店もあったが、フェジョアーダ、チュラスコ、パステルがメインの料理で、カレーはなかったように思った。
おそらくブラジルにもカレーに似た料理はあるだろう。フェジョアーダをライスや他の料理にかけたものはあった。しかし、それはあくまでライスは付け合わせという位置づけだった。いくらブラジルのカレーが美味しかったと言っても、あくまでそれは湊川の個人的な意見に感じた。
有情は反面、この湊川という女が少し羨ましいとも思った。今まで趣味優先で生きてきたので、たまに仕事の愚痴を同僚や仲の良いスタッフに聞いてもらうことはあったが、仕事がうまくいかなくてやけ酒など飲んだことはなかった。仕事の性質上、うまくいかなければ直接障碍者を生み出してしまうことになる。重要な血管や神経は大体把握していたし、ややこしいところは事前に解剖学の本やネットで解剖図を見ておけば理解できた。精神科はやや事情が違ったが、投薬ミスをしたら第三者に大迷惑をかけることになりかねなかった。湊川は少し仕事が順調にいかないだけで、酔って見ず知らずの「おじさん」に絡んでくる勇気があった。それだけで若さと情熱を感じることができた。
「真面目な話は酒抜きですべき」と考えていた有情は簡単に自分のF国の話をして、LINEの連絡先を交換し店を後にした。




