26 疑問(ぎもん)
湊川は有情からのプレゼントはすごく嬉しかった。しかし、疑問もあった。いくら医者を三十年以上続けているからと言われても、あくまで勤務医であり仕送りもしている。今までも旅行代などは出してもらったが、プレゼントそのものがお金のかかった物であったことは今回が初めてである。ピアスと時計両方合わせたら千五百万円は下らないだろう。何をもって有情は今回に限って高価なプレゼントをくれたのか。いくら開発前に買ったとはいえ開発後は地価も上がり高額な固定資産税も払わなければならない。それをどうやって工面しているのだろうか。さほど頻繁に会うわけではないが、会ったときにいわゆる豪遊をするわけでもない。大好きな銃でさえ特に高級品を使っているわけでもなく、長年使い込んだ国産品だった。考えれば考えるほど不思議ではあった。ただ、それは考えるだけ無駄で本人に聞いたところでちゃんとした答えを返してくるとは思えなかった。
自分自身も今までの経験から今後「いい人」(結婚相手)を見つける自信はなかった。そんな気分を振り切るため年明けの仕事始めはもらったものを全て身につけていった。仕事始めとはいっても世間は正月休みで通勤電車もさほど混んではいなかった。北大阪急行電鉄とそれに続く大阪市営地下鉄の中ではさほど人目を引く事はなかった。
しかし、仕事場に着くと様相は一変した。普段はあまり装飾品をつけていない湊川に向けられる好奇の目は痛いほどであった。ピアスは髪の毛で隠れるし、時計も袖口の内側に入るのでさほど目立たなかった。ただ、指輪だけは隠しようがなかった。男性社員はその指輪の出どころを知りたがったし、女子社員、特に若いうちに結婚相手を見つけようとしている一般職女子からの視線は尋常ではなかった。中には不躾に婚約したのかなどと聞いて来るものもいた。仕事始めなので、その日はスーツを着ていったが、普段の私服の趣味が変わったことも影響しているようだった。用をたしている時に化粧直しに余念のない女子社員は本人が中にいることに気づかず
「あの三十過ぎの大女がええいう金持ちもおるんやな。顔は見ようによっては美人やけど。体は砲丸投げの選手みたいやで。最近ちょっと服装の趣味が変わったと思たら、大きな婚約指輪してきて」
などという罵詈雑言を聞く羽目になった。ただ、砲丸投げに関しては当たらずも遠からずではあった。
同期で隣の輸入管理課にいる仲の良い既婚者の岡崎は
「れな、休みの間に一体何があったん?」
と聞いてきた。
「これな、仲のええ友達がくれてん。ほんまはクリスマスにもらう予定やってんけど、ちょっとした事情があって誕生日の大晦日にもらってん。ほんまは右手用に作ってくれてんけど、ちょっと右手には入らんかったんや。直してる時間なかったし、仕事用に買った言うてたからつけていかんわけにいかんくて」
「怪しげなひとやないやろね?」
「それはない。前に話したことある割と近所に住んでる普通のお医者さんや」
「精神科の?」
「そう。ただちょっと浮世離れしてるところがあってな」
「まぁ、精神科の医者いうたらそういうイメージはないでもないけど。大金持ちなん?」
「勤務医やからそこまではないと思う」
「まぁ、若い子らもそのうちなんも言わんようになるわ」
「さっきトイレで悪口いうとった」
「羨ましいだけや、ほっとき。その人と関わりだしてから、れな、絶好調やから福の神や思といたらええわ」
「それやねんけどな、管理課のほうにも行ってるやろけど、最初にラムをN国からチルドで入れた時もコンテナ、どこ探しても見つからんかったやろ」
「せやったな」
「それがなんでかわらんけど、I国の船会社から急に名指しで電話かかってきてん」
「Krishna Shippingやろ。中堅の海運会社やな。軍関係の貨物で大きなったとこやで」
「私な、船会社の件で行き詰まってること誰にも言うてないねん。そら船会社にはようけ問い合わせした。普通、あんまり利益の出んような荷物、積極的に運んだろかいうとこなんかないはずやのに、わざわざ向こうから言うてきたんや」
「確かにKrishna Shippingに払てる額は他と比べても安いな」
「小さい会社で空荷の船回航させるんやったらその提案もわからんでもない。せやけど、初回の入荷のときに見にいったら、船はコンテナでいっぱいやってん。しかも私のコンテナは船倉の温度変化が少ないところに入れてあって、わざわざいくつかのコンテナ、一旦おろしてから船倉から出してきたんや。そんなめんどくさいこと儲けにならんのにせんやろ」
「それがその精神科の先生とどない関係があるねんな?」
「その話、社外で知ってるんはその先生しかおらんのや」
「そいでその人はなんて言うてたんや?」
「船会社のことなんか知るか言うてた」
「まぁ、そうやろな。それはそうとその人はあんたになんか要求してくるんか?」
「多少は」
「多少てなんやの?」
「ビールとってきてくれとか、来るときにタバコ買うてきてくれとか」
「アホか、それぐらいうちの旦那かて言うわ」
「ほんまにそれぐらいしか言わんのやもん」
「あんた、ビールとれとか、来るときにとか、またややこしいことしてんのちゃうやろな」
「い、いや、してへん」
「何言い淀んでんねん。ええ加減にしときや、片倉(前の不倫相手)の時かて会社にバレんかったからよかったもんの、その後、どれだけ鬱陶しかったか。元気つけたろ思て焼肉屋連れてったらそこでグズグズ、飲みに行ったら行ったでまたそこでグズグズ」
「そんなグズグズ言うてないわ」
「言うてた。あんたもええ歳やねんから、早よええ相手見つけて結婚せな高齢出産になるで。まぁ、初売り終わったらいっぺん飲みに行こや。またな」
同期の友人と話したことで少し気は紛れたが、根本的な問題が解決したわけではなかった。ただ、岡崎のいった通り一週間もすれば若い女子からの嫉妬は単なる羨望に変わり、比較的近しい女性からは「相手はどんな人か」などと聞いてくるものまでいた。湊川は正直に事情を話し、また、実際に指輪のサイズ直しをして右手に付け直していたので風当たりもきつくは無くなった。
有情からは射撃場で誰かに撮らせたのか赤い冬用ベストを着た姿の写真が送られてきていた。一枚は普通に銃を肩にかけて歩いている正面からの姿で、こちらの方は家でウロウロしている時とほとんど変わりはなかったが、射座に入っている写真はまるで別人だった。ジョガーパンツにネルシャツといういつものスタイルだったが、何か気魄のようなものが感じられた。どちらをスマホの待受にしようかと悩んだが、射座に入っている写真を入れていると何かの拍子に見られた時にケチをつけられそうだったので、歩いているいかにも有情らしい方を選んだ。実際に他の女子に指輪の出自を聞かれたときにその写真を見せた。その女の子は
「へぇ、射撃する人なんですか、かっこいいですね」
と口では言っていたものの、安堵ともとれる表情を見せられたので少し複雑な気分だった。
そうこうするうちに一月中頃になり、輸入食品部の部長から呼び出された。特に思い当たる節はなく、装飾品が派手などと言われるたら嫌だなと思いつつ部長室を訪れた。
「あぁ、湊川さん。一応、先に伝えておきますが、悪い知らせではありません。今の白根係長が介護の都合で実家に近い神戸に移動になります。白根係長は穏やかで、仕事もよくできる方でしたが、まぁ、そういった事情で転勤になります。その後任を湊川さんにお願いしたいと考えています。移動の時期は四月からになるかと思いますが、事情が事情だけに少し早まるかもしれません。白根係長には後任は湊川さんになると伝えてありますので、なるべく早く引き継ぎをしておいてください」
「はっ、私が係長ですか?まだ主任になってから時期もそうたっていませんし、本当に私でいいのですか?」
「もちろんです。細かい理由まではお伝えしませんが、最近ご活躍ですし、役員会でも承認を得ています」
「謹んでお受けします。ありがとうございます」
湊川はすぐに有情に電話をかけたが、出なかった。しばらくすると電話がかかってきて、案の定、後ろからパンパンと音が聞こえていた。
「なんや、こんな時間に?」
「先生、れなな、係長になることになった」
「そうか、そらよかったな。おめでとう」
「うん、ありがとう。そいでなしばらく引き継ぎで忙しなりそうやから、先生の誕生日のお祝い十八日に延期してええか?」
「そんなんいつでもええわ。ちょっと忙しいから晩に掛け直してや。次のラウンド入るから」
「なんや、人がせっかく電話してんのに感じ悪いな」
「次のラウンド終わったら病院に戻らなあかんのや。ほな後でな」
と一方的に切られた。
仕方なくその夜、湊川は再度有情に電話をかけた。
「れな、係長になることになってん。なんか前任の係長が介護があるからいうて神戸の店に行くことになったらしゅうて、多分やけど、部長が押してくれたんやと思う。お祝いは土曜日にしたいねんけど、木曜にもいってもええか?」
「そらかまんで。わざわざ断らんでもいつも勝手に来てるやないか」
「いや、続くから一応伝えとこ思てな。おらんかっても困るし」
「おる。もしおらんかったとしてもシャーロットと裏山におる」
「ほな仕事早めに終わって行くわ」
「なんか晩飯買うとこか?」
「れなが持っていくわ。たまには違うもんも食べたいやろ」
「いや、特には」
「せや、誕生日やし、うな重持ってくわ。先生、うなぎ好きやろ」
「まぁ、うなぎは好きや」
「楽しみに待っとき」
「わかった。十六日何時ぐらいになる」
「遅くても七時半にはつけると思う」
「その時間なら家におるわ。早よ着きそうやったらラインするか、シャーロットがおらんかったら裏山に来て」
「そうする。なぁなぁ『わびぬれば 今はたおなじ 難波なる』」
「身を尽くしても 逢はむとそおもう」
「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は」
「物や思ふと 人のとふまで」
「嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は」
「いかに久しき ものとかは知る」
「あらざらむ この世のほかの・・・」
「しつこいで。うなぎや言うてみたり、恋歌ばっかり言うてみたり、十六日の日にせぇ言いたいだけやろ」
「バレた?」
「回りくどいんや。火薬くさいからはよシャワー浴びてこい、いうたらしまいやないか」
「うら若き女性にそんなこと言わせるなんて」
「アホか。三十過ぎて何がうら若いや。だいたいいつも言うとるやないか」
「情緒のない男やなぁ。ほな、十六日の日にはとりあえずお祝いに行くからな」
「わかった。うなぎは関西風に焼いたやつにしてくれよ。関東風はなんか柔こうて食うた気ぃせんからな」
「うん、そうする。れなもそっちの方が好きや」
「寒いから気ぃ付けてくるんやで」
「そんなもんにどない気ぃつけるんや」
「去年やったか、その前にこけて顔打ったからな」
「せやったな。先生、どん臭いからな」
「まぁ、十六日は楽しみにしてるわ」
「うん、またその時な」
と電話を切った。
湊川はさすがにくどかったかなとも思ったが、きっちりと下の句まで返してくるのはなかなかのものだと感心した。竜吟虎嘯とはこのことだろう。これだけ言っておけば十六日の日は、自分が寝てしまったりしない限り、行為を拒んでくる可能性は低いと思われた。心配なのは大晦日の前に新春大売り出しに最中に生理になるとラインしたことだった。その頃は忙しかった上に有情もバイトがあると言っていたのでサラッと書いただけであったが、有情は頭のいい男だ。絶対に覚えてないという保証はなかった。もしかしたら自分の性周期が二十九日であることすら気づいている可能性もあった。
二月十六日になるまでに湊川は二回有情の家にやって来た。一回目は割と早い時間に来て、有情の身体計測をした。
「ちょう、何測ってんねん?」
「まぁ、ええから。じっとしとき。火薬臭いな」
そう言われて有情は誕生日のためにジャケットでも作ってくれるのかと思ったが、しまいには手の大きさや首の長さ、肩から首の長さ、鎖骨の長さ、肩峰から頬骨の長さ、上腕の長さ、前腕の長さまで測った。
「そこまで測らんでもええやろ」
「まぁ、これぐらいでええよ。先生、ちょっと携帯見せて」
「ええけど何すんねん?」
「パスコードは?」
「パスコードかけてないからホームボタン二回押したら開くで」
「不用心やな」
「別にみられて困るようなもん入ってないし」
「ちょっと写真もらうで」
「ええけど、何すんねんて?」
「まぁ、黙っとり。先生の写真しかもらわんから」
そう言って何枚かの写真を自分のLINEに送っていた。
その後
「これぐらいでええやろ」
とひとりごちた。
「なぁ、先生。惣菜持って来てんけど、一緒に食べる?」
「もう晩飯食うたからビールのあてだけもらうわ」
「れなもビールもろてええ」
「ええよ。持って来るわな」
「うん」
有情がグラスとビールを持ってくると
「今日はええもん持って来たからグラスはいらんわ」
と湊川は言った。
湊川は玄関の方へ行って何やらビニールの防臭袋に入れた金属製の容器を持ってきた。
「これな、キャンプ用の容器やねんけど、かなり保温性が高くてずっと冷たいらしいで」
と言って無骨なコップを持ってきた。
コップはちょうど缶ビール一本が注げる大きさだった。
「ちょっと無粋やな。まぁ、試してみよか」
言うまでもなく初めの数口は冷たいままだった。しかし、その後も冷たい状態が長い時間続いた。
「これな、同期の子、結婚して子供もおんねんけど、日帰りキャンプみたいなんによう行っとって、なかなかええ言うてくれたんや。キャンプは車で行くから飲まれへんけど、家帰って来てからこれでビール飲むらしいで。もう一本もろてええか?」
「そらええけど、なんやペース早いな」
「れなもストレス溜まってるんや。引き継ぎの最中でな」
とは言っていたが、どちらかといえば嬉しそうで。以前、船の手配をしているときとは明らかに顔が違っていた。
「ついでに俺のも取ってきてくれや」
「自分もペース早いやないか」
「俺は明日、有休消化で休みや」
「また射撃行くんか?」
「昼からな。午前中は寒いさかいな」
「よう毎日毎日行けるなぁ」
「今日は行ってへんで」
「嘘つけ。さっき体測ってるとき火薬臭かったわ」
「いや、今日は忙しかったから2ラウンドしかしてない」
「結局行ってんねやないか」
「いや、今日は気になってあんまり集中できんかったから、行ったうちに入らん」
「スコアカード見せてみ」
有情は許可証に挟んだスコアカードを湊川に差し出した。
「最近は1ラウンドが二段になったんか。集中力に欠いて三発『も』外してしもたんやな」
「そっ、それは!」
と有情は戯けてみせた。
「まぁ、れながもっと当たるようにしたるさかいな」
「どないして?」
「願掛けしとったるんや」
「そら楽しみやな。明日はもっと当たるいうことやな」
「そこまで即効性はないかな」
「訳のわからんこと言うとらんと、ビールもう一本持ってきてや。このコップはいかんな。つい飲みすぎてまうわ」
「れなももらうで」
「ええけど、明日も仕事やねんから、それ最後にしときや」
「うん、そうする」
「俺もシャーロットの散歩行かなあかんし、そろそろ寝よや」
「先生、火薬臭いからシャワー浴びたほうがええで」
「明日も行くからその後でシャワーするわ」
「まぁ、火薬の匂いは嫌いではないけどな」
「さぁ、はよ飲んで寝るで」
有情はそう言って残りのビールを一気に飲み干し、歯を磨きに行った。湊川もそれに続いた。
有情は歯磨いたが、シャワーは浴びなかった。有情はシャワーを浴びろと言われても、特別な何かがない限りあまりシャワーを浴びることはなかった。さすがに夏場には三日おき程度浴びてはいたが、それも仕事がある時だけで、朝シャーロットの散歩に行ったあとに浴びるのが常だった。金、土、日に至っては脂の匂いがつくような食べ物を食べに行ったとき以外、ほぼ浴びることはなかった。それは行為を終えた後でも同じで、浴びることはあっても、どうせまた火薬臭くなるとか、面倒だとか言って大抵はそのまま過ごすか、どうかしたらそのまま仕事に行くことすらあった。ただ平日は頭だけを洗うようで普段はサラサラの髪の毛をしていた。興味本位で湊川が胸部を擦ってみるとまるで消しゴムで紙を擦ったかの如く垢で出てきて驚いた。確かに火薬の匂いや、ときに草の匂いがすることはあったが、決して臭いわけではないのが不思議だった。一度、なぜ行為の後にシャワーを浴びないのかと湊川が訊ねたことがあったが、有情は余韻を楽しむためと言っていたのを聞いたことがあった。しかしそれはどう考えても面倒臭いからにしか思えなかった。
ベッドルームに行くと湊川が一緒のベッドに入ってきた。そんな流れになるとは予想していた。ただ、一点気になることがあった。その日、特に必要ないはずなのに避妊具を使うように言った。
次に来たのは二月十日ごろで、その日は遅くに顔を見に来ただけだった。しかし、奇妙なことを聞いた。
「なぁ、先生。例えば先生と深い関係のある人たちな、男女の関係やないで、その仲間入りするんに一番大事なことはなんや?」
「質問が抽象的すぎて答えにくいけど、端的に言えば『受け入れること』かな」
「うーん、答えも抽象的やな。何を受け入れればええんや」
「何もかもや」
「それは嘘も含めてか?」
「冗談で言う嘘は別として、その仲間に嘘をつくことはない」
「れなはその仲間か?」
「全てを受け入れる覚悟があればな。せやけど、それは単にれな自身が受け入れるいうことだけやないで。れな自身も受け入れられるいうことやからな」
「そのリーダーは先生か?」
「犯罪組織やないねんからリーダーなんかおらん。普段は皆好きなことしてるし、それぞれの生活がある。仕事もまちまちや。長男と次男はいわゆる士業で長男は不動産関係の仕事もしてるし、次男はこの裏の池の奥にある畜産飼料と農業肥料の会社の実質オーナーやしな。長男はあんまり勉強が好きやなかったけど、次男はアメリカの大学の犯罪心理学と遺伝子工学の修士号持ってる。当然、DBAもな。まぁ、しいて言えば次男が管理してるかな」
「全員でなんかすることあるんか?」
「ないな。二、三人ですることはあっても全員ですることはない。リスクは分散しとかないかん」
「リスクがあるんか?」
「何するにしてもリスクはある。例えば妻は投資家や。マクロで見たら成功してるけど、ミクロでは失敗する投資もある。長男が扱った土地でも白骨がゴロゴロ出て来たこともある。まぁ、古いもんやったから問題にはならんかったけどな。例えば遺跡が出て来たりしたら工期が極端に遅れたりもする。れなかて俺がタオル忘れたらシーツ汚す」
「なんや、れなのだけスケールが小さないか?」
「こまかいとこつっこまんでもええわ。例えばの話や」
「それにしても差が大きないか?」
「くどいな。チルドビーフ輸入する前に試しにチルドラム輸入したやろ?これで満足か?」
「なんでそんなこと知ってるんや?」
「大事な人のことはある程度把握しとかんと、なんかあったとき即応できんからや。ちなみにクリスマス・ラムの名前も変えなあかんと思ってるやろ」
「だからなんでわかるんや?」
「受け入れろ。それぐらい俺に知られても困らんやろ」
「れなのことはなんでも知ってるんか?」
「なわけないやろ。れながくれるプレゼントを事前に知ってたらつまらんやないか」
「そうか。それならええわ。確かに迷てる」
「そんなもん幾つかの名前で出してみて、多くの人が一番抵抗なく買える名前にしたらええやないか。それを商標登録したらええ。そんときに司法書士してる長男、使うたらええんや。それがファミリーや」
「先生、大好きやで」
「まぁ、今日はそろそろ寝よや。明日も寒いで」
「うん」
その日は湊川もおとなしく寝た。翌朝、シャーロットの散歩から帰ってきてもまだ寝ていた。シャーロットに餌をやり、一寝入りして起きたときにはもう湊川の姿はなかった。
二月十六日は七時ごろに湊川がやってきた。言っていた通りうな重を二つ持ってきた。有情は家にいて湊川を迎えた。いつものラベルのないスパークリングワインを開け、乾杯をした。
「先生、誕生日おめでとう」
「れなも係長昇進おめでとう」
うな重を食べ、スパークリングワインと白ワインを半分くらい飲んだところで湊川は寒いからと早々にベッドに誘った。
「今日はあんまり火薬臭ないな」
「今日はちょっと忙しかったから」
「そんな日もあるんや?」
「そらあるやろ」
「先生、いろいろ考えてんけどな。先生のこと受け入れることにした」
「そうか、せやけど俺のことを受け入れるんやないで。仲間を受け入れるんやで」
「れなにとったら同じことや」
その日はいつもより時間をかけた。行為が終わったあと有情は朝シャワー浴びると寒いからとシャワールームに入っていった。夜でも寒かったので早々にベッドルームに戻ってくると湊川は自転車漕ぎのような体勢で足を広げたり、閉じたりしていた。
「何してんねん、アホちゃうか」
有情に言われ、湊川は
「最近ヨガ始めたんや」
と言っていた。ヨガにそんなポーズがあるかどうかは有情にはわからなかった。
お祝いの本番の十八日、湊川は昼過ぎによく建築士が持っているような円筒形の図面を入れるケースを持ってきていた。一体、何を持ってきたのかと有情は思った。
「先生、今日はイタリアンが食べたいな」
「デリでええか?」
「どうせ出かけへんやろ」
「そらその方が望ましいけど、どうしても言うんやったら食いに出てもええぞ」
「いや、デリがええ。ちょっと色々見せなあかんもんがあるからな」
「この辺やったらロベルト・カレラぐらいしか知らんぞ」
「ええよ、今日は食事がメインやないから」
「わかった。早めに頼んどこ。土曜やしな。ウーバーにもってこさそ。ちょっと冷えるかもしれんからオーブン使えるようにしといた方がええな」
「うん、それは任せるわ」
二人は注文をしたあといつものようにゴロゴロしていたが、湊川が
「今日のプレゼントは厳選したんやで」
と言って上に乗ってきた。そのままつい一昨日したばかりなのにまた絡んできた。
「先生のこの火薬の匂いが大好きや」
と言いつつ、シャーロットが見ている前で性行為を行った。終わった頃には周囲は薄暗くなってきており、その日はも二人でシャーロットに蛍光首輪をつけて裏山に行って小一時間散歩をした。あまり遅くなるとウーバーと入れ違いになっても困るので適当に切り上げた。しばらくするとウーバーが到着し、座卓の上に広げた。
「今日は皿に盛らんでええんか」
「今日はええ」
「何を焦ってるんや?」
「まぁ、まち。絶対に気にいるから。ただ、枚数が多いから時間がかかるんや」
「なんやねん一体?」
「待ちいうてるやろ、忙しないな。はよご飯食べよ。ビールでええか?」
「おぅ、こないだのコップ使おや」
「わかってるがな」
そう言って湊川はビール二本と保温カップを二個もってきた。
ビールを注ぎ
「先生、改めて誕生日おめでとう」
「ありがとう。れなも昇進おめでとう」
「俺のプレゼントはすぐ渡せるもんやから、渡しとくわ」
と言って封筒を差し出した。
「れな、これは昇進のお祝いな。下級とはいえ管理職やねんからそれなりのもん着とかなあかんやろ」
そう言ってRe.museの仕立て券80万円分を渡した。
「これだけあれば靴も作れるやろ。どのみち仕立てしか合わんし」
「これがその仲間の恩恵か?こんな上等のスーツ着たことないで」
「別に仲間は関係ない。好きな生地選んで仕立てたらええ」
「ありがとう、先生」
「早よ筒の中身見せぇや」
「汚れるといかんからご飯終わってからや」
「ほな早よ食お」
ビールをあと2本ずつとワインを少し飲んだところで湊川は座卓の上を片付け出した。
「なんや、大層やな」
「まぁ、待ち」
湊川は勿体ぶってゆっくりと蓋を開け中身を大事そうに取り出した。一枚目は実物大の猟銃のスケッチだった。全ての箇所に補助線が引かれ、プル、コーム、ヒールの長さが書かれていた。一般の市販品とはわずかにその長さが異なっていた。やや大き目の赤い照星と小さな白い中間照星がつけられた銃身はサイドリブレス構造になっていた。湊川は別の紙を取り出した。そこには取り外し可能なトリガーブロックの絵が描かれていた。特徴的なスプリング形状からそれがぺラッチ製の銃であることはすぐにわかった。一つのトリガーブロックはごく普通のトリガーブロックであったが、もう一つには細かい彫刻で雛菊が散りばめられていた。次の紙にはボックスロックの機関部左側のスケッチが載っていた。彫刻が可能な場所は限られていたが、そこは雛菊の彫刻とベルジアン・マリノアの象嵌、さらにもう一枚の紙には右側が描写されており、こちら側には雛菊畑を流れる彫刻の小川を悠然と泳ぐブラウントラウトの象嵌があった。上流に向かって少し体をくねらせ今にも泳ぎ出しそうなくらいだった。ボックス下部にはなぜか雛菊を手折る小さな女の子の象嵌があった。その他にもグリップ、フォアグリップ、バットなどの詳細な形状が描いてあった。ご丁寧に開閉レバーまで雛菊の彫刻が散りばめてあった。実物はさぞかし美しいものだろうと容易に想像はついた。しかし、一番驚いたのは最後の封筒で、領収書、二十五万円、ペラッチ製猟銃代金の一部として、と空欄には
「ごめんね、あとは出世払いで」
と書かれていた。
「なぁ、これはもうすでに頼んでしまったということかな?」
「そうやで。かわいいデザインやろ」
「それはそうやけど、大体の値段は聞いたんやろな?」
「聞いてへんで。二百万くらい言うてたやん」
「彫刻と象嵌がなかったらな。それでももうちょっとするやろけど」
「そのスペアの彫刻のない引き金の部分だけでいくらすると思う?」
「二、三万やないんか」
「だいたいその二十倍な」
「はっ、こんなもんが?」
「そうや。二つある上に一つは彫刻が入ってる」
「彫刻いうたかて先生の銃も彫刻がいっぱい入ってるやないか」
「あれはレーザー彫刻や」
「この銃の彫刻は全部手彫りや。その上、発注した銃は象嵌があったやろ。あれも全部手作りや。それをイタリアのアルティスタが彫るんやで。なんでグッチのバッグやらフェンディの靴が高いんや?」
「そら、イタリアの熟練した職人さんが手作りしてるからや」
「ちゃんとわかってるやないか」
「そんなん常識やろ」
「でも同じ規格である程度の数作るよな」
「そらそうや、世界中で売ってるんやから」
「ほなこの銃のデザインはいくつあるんや?」
「まぁ、一つやろな。れながデザインしたからな」
「それがいくらかかるるか考えてみたか?」
「考えんかった」
「ぺラッチに銃を発注したときの納期はどれくらいかも知らんよな?」
「いや、知らん。二か月ぐらいか?」
「一般的な規格で作って最低半年で混んでたら1年以上かかる」
「ほな、れなにくれた指輪より高いいうことか?」
「いや、さすがにそこまではせんと思う。いうても工芸品やからな」
「まぁ、ええやないか。世界で一丁しかない銃やで。しかも、れながデザインしたんやで。ある程度高い方が大事に使うやろ?」
「いや、基本的に銃は大事に使う」
「ほな、問題ないやないか。大事に使いや」
「せやのうて彫刻の部分は命中精度と関係ないやないか」
「そらまぁ、そうやろな。せやけど、絶対他の人に間違えられへんからええやないか」
何を言っても無駄そうだったし、これ以上いうと、れなのデザインが気に入らないのか、とも言いかねないのでやめた。
「ありがとう、大事に使わせてもらうわ」と言わざるを得なかった。
後日、銃砲店に確認すると現物ができてきてからでないとはっきりした値段はわからないが、概算で千九百万くらいかな、と言われた。
「ええ、そんななる?」
「トリガーブロックだけでも二個あるし、彫刻の入ってる方は二百万近くすると思いますよ。しかも、チョーク14本フルセットで入ってるし」
「そんなん、スキートチョークと使ってもIMとFullだけやん」
「そうはお伝えしたんですけど、なかなか頑固な人で」
「確かに」
「ウッドのグレードも6以上と指定されましたよ」
「そんなん3〜5で十分やん」
「なんせ注文がすごく細かかったんです。グリップの太さ、膨らみ具合、引き金の位置、重心の位置から、体重と年齢から計算した銃の重さまで、それを完璧に仕様書と図面で書いてありました」
「トリガー位置は可動にしたらええやん。オリンピック選手やあるまいし。よう二五万で注文受けたな」
「トリガーに関してもそう伝えましたが、位置決めで迷うといけないからと言ってました。まぁ、先生から取りっぱぐれはないでしょ」
「そらそやけど、一言、言うてくれたら内容を吟味できたんやがな」
「絶対に言うなって言ってました。許可は降りるやろうからって」
「そうですか、それではよろしくお願いします。ただ、楽しみではありますね」
「私も現物を見るのが楽しみです」
その後、湊川から何度かLINEが来たり、有情も何度か送ったりはしたが、体調がすぐれないとか、忙しいとか言っているうちに春になり急に湊川と連絡が取れなくなってしまった。電話番号も変えられており、LINEのアドレスも消去されていた。もちろん家に行って確かめることもできないわけでもなかったが、何か都合があるのかとも思い有情はあえてそれをすることはなかった。




