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25 小姓(こしょう)

 家に着くとシャーロットが寒い中、出迎えてくれた。


さぶ、しもた、暖房入れて行くん忘れた」


十二月の山沿いの家はとても寒かった。


「なにこれ、ごっつ寒い。外より寒いんちゃう。シャーロットも寒かったやろ?」


湊川はそう言ってシャーロットの首にハグした。


シャーロットの被毛も冷たかった。


「先生、はよ暖房入れてや。シャーロットも寒いで」


「シャーロットは寒いん平気や。暑さの方が弱い」


「でも冷たいで」


「ベルギーはもっと寒いと思う、行ったことないけど」



「ええから早よ暖房入れて。少なくともれなは寒い」


「おぉ、暖炉も火入れよ」


暖炉といっても暖炉の形はしていたが、火力はガスであった。


「早よしてこっち来て」


湊川は長い方のソファの背中を倒して、膝掛け用の毛布を被ってシャーロットを引き込んで丸まっていた。


「ちょっと待ちぃや、寝室も暖めとかんと」


有情はそう言って寝室の暖房も入れた。

とりあえず家の中の暖房器具を最大限稼働させシャーロットのいる反対側、つまり湊川の背中側から毛布に入った。


「臭っ」


「もう、意地悪いいないな。それは中学んときから知ってるて」


「その匂いちゃう。油臭い。煮込み作ったときの匂いが髪の毛に染み付いてる」


「せや、ラムシャンクでやった?うまかったか?」


「うまかったよ。あかねちゃんは相変わらず料理が上手や」

「せやのうて、あれチルドやねんで」



「なぁ、それ強調したいやったらラムチョップにしたほうがええんちゃうか?煮込んでもたらわかりづらいやないか。酒で味覚弱ってるし」


「まぁな、せやけどホールラムは去年出したし、今年はラムシャンクにしよ、いうことになったんや」


「シャンクの煮込みではチルドの良さは出ん。するんやったらチョップかジンギスカンや」


「れななめたらあかんで。ちゃんとそれも用意してきた」


「相変わらず抜け目ないのぅ。シャーロット真ん中に入れて後ろに引っ張ってくれや」


「なんやの、ややこしことばっかり言うなぁ」


「後ろからでは話しにくいし、なんせ油臭い」


「今度、前来たら息臭いとかいうんやないやろな」


くそなかったら言わんがな。臭かったら歯磨いてきたらしまいやないか」


「まぁ、ええわ。シャーロットちょっとこっちおいで。重っ。あんたちょっと太ったんちゃうか?」


「冬場は太るんや。夏は食も細いけど、冬はよう食うからな。しゃあけど、寒いな」


有情が湊川と相対する位置に入ってきた。


「さっき、陸橋の上でキスしたとき、なんやみんなジロジロ見てなかったか?」


「そら、れなが俺と似たような格好してたから、ゲイがキスしてる思われたんやないか?でかいし」


「でかい言うな」


「そうやねんから仕方ないやないか」


「ま、まぁ」


「弓道だけではそこまで筋が肥大するわけない。他に何してたんや?察するに陸上のフィールドか、ハードルやな?」


「なんでわかるんや?円盤投げ。せやけど弓当たらんようになるからやめた。腕に左右差ができたから、あとはジムやな」


「そうか。俺は元々球技とか、走ったりするんは苦手でな。射撃しか能がないわ。体型も太ってもて、あんまりきれいやないしな」


「確かに左側の三角筋と僧帽筋しか発達してないもんな」


「こればっかりはしゃあないわ。負荷がかかるんは主に左腕やからな」


「足はきれいで」


「そらシャーロットのおかげや」


「普段、練習に行ったら何発くらい撃つんや?」


「二百五十発から三百発やな」


「それは普通なんか?」


「何をもって普通というかはわからんけど、国体選手ならごく普通やないか。もっとも昼間行く時は百発くらいやけど。れな、息くさい。シャワーして歯磨こ。もう部屋もあったまったやろ」


「感じ悪いな」


くそなかったら言わんていうたやないか」


「明日も射撃行くんか?」


「いや、明日は行かん。明後日急遽バイトが入った」


「バイトてなんや?」


「医療系のバイトや」


「そらまぁ、そうやろけど、どんなバイトや?」


「時期が来た教えたるわ。あんまり褒められたもんやないけどな」


「どこでするんや?」


「どこて、そら病院やろ。そろそろシャワー浴びて寝よや。暖房かけ忘れたせいで遅なった。寝不足やと朝寒いよってな」


「うん」


 二十五日は日曜日だったので、二人でゆっくり過ごした。朝はまだ昨夜の酒が残っていたので、有情がシャーロットの散歩に行った後、昼前までゴロゴロしていた。有情は翌日からB国に行かなければならなかったし、湊川も年末・年始の商戦で忙しいとのことだった。午後から裏山にシャーロットを連れて行ったが、寒かったのであまり長居することはなかった。


「今日はすき焼きでも食おか?」


「ええよ。千中行く、それともスーパーですます?」



「スーパーの方が楽やけど、千中行った方がええ肉置いてるんやないか?」


「せやな、長いこと一緒に出掛けてへんしな」


 二人はモノレールに乗り千里中央まで行った。クリスマス当日であるにも拘らず、デパートや専門店街では年末の用意をする客でいっぱいだった。


「しもたな、スーパーにしたらよかった」


「まぁええやないの、たまには。ひっついて歩けるし」


「またゲイと間違えられるぞ」


「いくらなんでも昼間にそれはないやろ」


「前から見たらな」


「そうかもしれん」


「気にする必要はないねんけどな」


「まぁな」


「阪急にする?大丸にする?」


「誰に聞いてるん?」


「高こつくやないか」


「明日のバイトでなんぼ入るんよ?」


「15くらいかな」


「十分買えるやないの」


もちろん買えはした。


ただ、湊川は「いちご」を十五万円と思っており、実際には千五百万円であることは知るよしもなかった。十五万円を主税に管理させる必要性はどこにもなかった。


「そら買えるよ」


「せやけど、基本的に主税に管理任せてるからな。いちいち伝えんと手にでけへんねん」


「せやのうても肉買うくらいのお金はあるやろ?」


「ある。一番高い肉買っても大丈夫ではある」


「ほな、ぐずぐず言わないよ」


「みりんと料理酒買うの覚えといてな」


「割り下買うたらええやないの」


「割り下使うんは東の方の舌の肥えてない連中がすることや」


「まぁええけど、ちゃんとできるんやろな?」


「すき焼きくらいできるわ」


「ほな、肉見に行こや」


「そないしよか」


案の定、湊川はステーキ用の脂っこい肉をわざわざすき焼き用にスライスするように注文した。有情はそこそこの切り落としを頼んだ。あまり脂っこいと多く食べられないし、明日、飛行機の中で胃もたれしたら困ると判断した。湊川の注文した肉も一枚だけ食べたが、それ以上は食べることができず、自分で頼んだ切り落としを食べた。結局その日も油臭くなり二人でシャワーを浴びた。翌朝は二人ともバタバタしており、ピアスのことは忘れてしまっていた。前日にダラダラしているときに渡せばよかったが、どのみち大晦日には会うので、その時に時計と一緒に渡すことにした。


 有情は予定通り二十九日にB国から帰ってきた。LINEがたくさん来ているかと思ったが、湊川も忙しいようで二通しか来ていなかった。なぜか銃砲店から電話がかかってきていた。内容も単に忙しいというものと、年始の売り出しのときに生理になるから不愉快だという簡単なものだった。バイトが忙しいと思ったのかもしれないが、湊川はそこまで人の都合を考えるようなタイプでもないので本当に忙しかったのだろう。(考えはするだろうが考えるだけで、実行はあまりしない)事実、有情が帰ってきてすぐにLINEを入れたが、返信はすぐには来なかった。夜遅くに「バイト、おつかれさま。れなも疲れたよ」とだけ返信があったが、初めて行ったB国があまりにも埃っぽく、貧富の差が激しいというのではなく、全体的に貧しく、いつも楽しみしている「バイト」の後のカレーがサラサラすぎて具も少ない上に、入っていた肉がなんの肉かわからず臭く不快で、非常に疲れていたため、二十九日は早めに寝たので、湊川の返信に気づいたのは三十日にシャーロットの散歩に行った後だった。ケーキがダブるといけないので、今回ケーキは自分で用意するとだけLINEを入れておいた。


 二度寝をした後でシャワーを浴びケーキを取りに行った。さすがにケーキ屋も大晦日には開いていないようで一日くらいなら冷蔵庫に入れておけば大丈夫とのことだった。去年のものと大体同じようなものにしたが、数字は一つ増えており、蝋燭はきっちり三十一本用意しておいた。帰りに蕎麦を食べようと思っていたが、年越し蕎麦の準備のために臨時休業となっており、仕方なくKFCを買って帰り、家で食べた。昼からは特にすることもなくシャーロットと一緒にリビングのソファで漫然と過ごした。その時に呼び鈴が鳴った。銃砲店からの宅配便だった。そういえば銃砲店から電話がかかってきていたことを思い出し、それを受け取り、おそらくは湊川からのプレゼントだろうと思い開けずに置いておいた。

湊川からLINEがあったのは夕方過ぎだった。



「今日、プレゼントが届くはずやから開けずに置いといてよ」


「さっき届いたけど、開けてないよ」


「ほなええわ」


それだけだった。


翌日に休みを取るために忙しくしているのだろう。そう思って放っておいたら、大晦日の朝まで連絡がなかった。朝遅くLINEの通話が入った。


「昨日は遅なったからラインせんかったで。どうせ、今日遅まで起きてる思て早よ寝たやろ」


事実であった。


「まぁな、仕事は片付いたんか」


「大丈夫、ばっちりや」


「何時ごろ来んねん?」


「何時でもええで」


「ほな昼すぎにKFC買うてきてや」


「大晦日にケンタッキー食うんか?」


「昼飯やがな。昨日も食うたからあんまりようけ入らんぞ」


「昨日も食べたんやったらなんか別のもんにしたらええんちゃうの?」


「いや、KFCがええ。二本とコールスロー二つ」


「まぁええけど。二本て普通のチキンでええんか?」


「普通のがええ」


「わかった、買うて行くわ。一時には着くと思う。晩は何すんの?」

「こないだのバイトの時にカレーが出たけど、ものすごい不味かったから、今日はカレーのデリにする」


「大晦日にカレー食うんか?」


「なんか問題でもあるか?」


「年越しそばは?」


「チョウメン頼んどいたる」


「相変わらずけったいな食生活してんな。それでどこに頼むんや?」


「バンダルか、ガネーシャにしよか思うてる」


「ガネーシャにしとき」


「なんでや?バンダルの方が上手いんやないか?」


「ええからガネーシャにしとき」


「まぁ、ええけど。れな、何食うんや?」


「ラムローガンジョシュとタンドリープロウン。先生は何にするんや?」


「チキンサグワラとプロウン分けてもらうわ。後チョウメンも分けて食べる。あっ、ワイン持ってきてな。ビールはあるから」


「ラムサグワラにしとき」


「なんで人が食うもんまで注文つけるんや?」


「ぐずぐず言わんとラムサグワラにしとき言うてんねん」


「かまんけど、理由ぐらい言うたらどうや」


「うるさいなぁ。食べたらわかるから」


「わかった、わかった、ガネーシャのラムローガンジョシュ、ラムサグワラ、タンドリープロウン大盛、それとチョウメンやな。辛さはどうすんねん?」


「先生とおんなじでええわ」


「俺のは辛めやぞ」


「大丈夫や。辛いのは慣れた。あぁ、ちょう待って。ミディアムホットにして辛さ調整するチャツネ付けさせといて」


「なんやねんめんどくさいな。ほなれなが注文して、ウーバーに七時ごろ持ってくるように頼んでくれや」


「しゃあないな、ほなそっち着いたられなが電話するわ」


「それでええよ。大晦日で混んだらあかんから早めに注文した方がええぞ」


「そっち行ったらすぐ注文するがな」


「ほんで何時ごろ来るんや?」


「さっき昼過ぎ言うたやないか。ボケたんか?」


「せやったっけ。まぁ、待ってるわ」


 湊川は予定通り一時少し過ぎにやってきた。何か別のものを買ってくるかと思っていたが、結局、有情と同じKFCを買ってきていた。ただ、湊川はチキン三本とビスケット一つの組み合わせだった。


「案外、ケンタ混んでたで。せやけど、こんなもんれなに食べさせて太らせるつもりか?」


「それやったら本数減らすとか、他のもん買うてきたらええやないか」


「混んでたからよそ行くんがめんどくさかったんや」


「しかも俺より本数多し、炭水化物も一緒に買うといて、訳のわからん言いがかりつけんといてくれ」


「先生が足らんかったらいかん思て多めに買うてきたんやろ」


「俺は昨日も食うたからちょっとでええ言うたやないか」


「早よ冷えんうちに食べよ」


「自分がケンタッキー食うぐらいでぐずぐず言うからやないか」


「よう毎日おんなじもんばっかり食べてて飽きへんなぁ」


「ちゃんとバリエーションはあるんや」


「よう言うわ。晩にサーモン以外買うてへんやろ」


「そんなことあれへんわ。たまにはカンパチやらタイやら買うとるで。今の季節はカワハギも食うぞ。肝が美味いんや」


「あぁ、随分前に翔太先生も言うとったな。れなもカワハギの肝食べたい」


「鰓把数やら、鰭条数やら、側線鱗数のときな。これ食うたらスーパーまで行って買うてきたろか?」



「カレーくるやないか」


「明日も休みやし、カレー来るまでのワインの当てにしたらええやないか。どうせシャーロットの散歩行く前に飲むやろ?今やったら多分水槽の中で泳いでるわ。一匹捌いてもうてきたるで。どのみち一回ミニ動かさなあかんしな」


「れなが運転する」


「いや、それはせんでええ。一緒に行くか?」


「失礼やな。まぁ、一緒には行く」


「大晦日に事故起こされても困るしな」


「起こさへんわ」


などと言いつつKFCを食べ終わり、近所のスーパーに二人で行った。


 鮮魚売り場には結構大きな水槽が置いてあり、多くの伊勢海老と貝類、アジやカワハギなどの魚が少し入っていた。やはり正月には伊勢海老で気分を盛り上げようとする人たちが多いのだろう。普段、有情はよくこのスーパーに訪れるが、水槽は空であったり、少しの魚が入ったりしているだけのことがほとんどだった。ただ、伊勢海老は非常に高い値段がつけてあった。その分、魚類は安く感じられたが、カワハギ一匹が二千七百円はやはり高く思われた。今はしなくなったが、以前有情は筏でクロダイ釣りをしていたこともあり、冬場に行くといくらでもカワハギが釣れた。もちろん小さなものは放流した。しかし、クロダイより確実にカワハギの方が美味しいのはよく知っていた。


「おばちゃん、カワハギ一つ捌いてよ」


有情が言った。


「はいよ。なんや先生大晦日やいうのに研修医のお兄ちゃん連れて買いもんかいな。色気ないなぁ。それとも先生、そんな趣味あったんか。伊勢海老も買うてや」


いかにも昵懇な感じで鮮魚売り場のおばちゃんが言った。


「さっきまで買お思てたけど、そんなこと言うんやったら買わへんへんで」


湊川が続けた。


おばちゃんは湊川の声を聞いてかなり驚いたような顔をして


「いや、ちゃうがな。きれいな顔してるよってに先生がお小姓さん連れてきたんか思て」


と苦しい言い訳をした。


「まぁ、研修医いうとこで勘弁しとくわ。研修医いうたら二十五、六やんな、先生」


と湊川はビーニーを外しながら言った。


「いや、三十過ぎもおるで」


「もう、二人してほんまに。その一番大きいのちょうだい」


「どないして食うんや」


有情が聞いた。


「明日、半生に茹でて熱々にレモンと醤油一滴かけて食べる」



「おねぇちゃん、この大きいのヒゲ折れてるで」


とおばちゃん。


「飾るわけや無いからそいでええよ。おがくず入れたダンボールで持って帰るわ。そのかわりさっき失礼なこと言うてんから勉強してや」



「なんや若いのにおがくずに入れるてよう知ってるな」


「H百貨店の輸入食品部のホープやで。もう九年目やけどな」


「1.2kgで二万四千円な。せやけど高校出てすぐに勤めたんか?」



「今更、そんなお世辞は通用せぇへんで。1kgで二万円な」


殺生せっしょやなぁ。まぁ、先生にはいつも買うてもろてるしな。来年もよろしゅうな、先生。ちょう、カワハギ捌いてくるわ。薄作りでええか」


「ええで、肝大きそうなんにしといてな」


他に買うものがなかったので二人はカワハギが出来上がるまで鮮魚売り場を見て

まわった。


「先生、このバサてどやろ?」


「どうというのは?」


「いや人気あるかな思て」


「そこそこ人気はあると思うけど、生魚の表示法が変わって標準和名と原産国書かなあかんようになったからどやろな。淡白で骨ないしそれなりにはうまいんやけどな。産地が産地だけに冷凍にせんと寄生虫の危険性もあるし、どやろな」



「そうか。ほなしゃあないな」


「魚は足速いから上手いこといっとんのはアトランティック・サーモンくらいやないか」


「N国のキングサーモンはどやろ?」


「原価が高いから勝負にならんやろな。大晦日くらい仕事から離れたらどや」


「せやな」


「先生、出来たで」


といっておばちゃんがカワハギの薄作りと小さな段ボールを持ってきた。


「おおきに。おばちゃん、ええ年をな」


「先生らもええお年を」


 買い物を終え二人は家に戻った。ダンボールは猫に取られないようにいつもシャーロットがウロウロしている裏庭に出しておいた。三時過ぎだったが、もう散歩以外、外に出かけることはないので二人は湊川の持ってきた白ワインで乾杯し、カワハギを食べた。繊細な白身と肝を混ぜた醤油がよくあって美味しかった。


「こないだから気になっててんけど、なんでこのワイン、ラベルついてへんねん」


「それは秘密や。半年もせんうちにわかるから楽しみにしとき」


「そらまぁ、ええけど。寒なるから早めにシャーロットの散歩行こか?」


「せやな、その方がゆっくりできるし」


「酒飲んだし、ウンコさせたらシャーロットは裏山で離そか。これ買うといたんや」


有情はそう言って発光棒の首輪を持ってきた。


「これしといたらどこおるかすぐわかるやろ。どうせ大晦日のこんな時間に誰もおらんやろし」


「うん、今年の振り返りと反省もせなあかんしな」


 二人は懐中電灯を持って裏山の方に上がっていった。シャーロットはすぐに排便した。首輪を折り、液体を混合すると鮮やかな蛍光緑に変わった。それをシャーロットの首に巻いて離してやった。ちょっと走っては戻ってきたり、二人に飛びついたり、シャーロットは楽しそうにしていた。池の近くまで歩いて行き、きれいそうな所を選んで二人は座った。


「なんか忘れてるような気がすんねんけど、なんやろか?」



「プレゼントか?」


「いや、プレゼントに関しては覚えてる。カレー食うたあとで渡す」


「あっ、カレーや」


「カレー」


二人はほぼ同時に言った。


「しもたな、スマホ置いてきたわ。散歩の時はよう忘れるんや。そもそもれな以外に散歩中にあんまりLINEせんしな」


「私持ってるで」


「せやけどガネーシャは入ってないやろ?」


「検索したらわかるし、ガネーシャは入ってる」


「ほなはよ注文してくれ。遅なったら腹減る」


「わかった。電話するわ。ウーバーに持って来させたらええか?」


「酒飲んだし取りに行かれへんからそないして」


湊川はすぐに電話して、宅配を頼んだ。


「七時過ぎには持って来れるて」


「危なかったな。大晦日、ひもじい思いせんでよかったわ。せやけど、なんでガネーシャの番号なんか知ってるんや?」


「食べたらわかるて」


湊川は意味深なことを言った。


「まぁ、楽しみにしてるわ」


「寒なってきたからそろそろ戻ろか」


「まだ、なんも話してないやないの」


「帰ってからしたらええやないか」


そう言って有情はシャーロットを探した。あたりは暗くなってきていたが、緑の蛍光色が簡易ダムのあたりを歩いているのが見えた。


「シャーロット、カム」


有情がシャーロットに向かって言うとすぐに崖を縫うように降りてきて、二人の前で座った。


「さぁ、帰ろ。寒うていかん」


「シャーロットのリーシュは着けんでええんか?」


「ええやろ。帰ったらすぐご飯やいうの知ってるし」


「賢いのぉ、シャーロット」


湊川はシャーロットの頭を撫でた。


 家に帰るとまだ六時前だった。まだ少し時間があったので有情は冷蔵庫からチーズを出してきてワインの当てにして、また少し飲んだ。


「あんまりチーズ食うたらカレー食えんようになるぞ」


「大丈夫や。若いからな」


「そうか。ほどほどにしとかな太るぞ」


「ちゃんとジム行ってるから大丈夫や」


「ほなええけど。せやけど75kgはあるやろ」


「そんなあるわけないやないか。67〜68kg ぐらいや」


「それやったら俺と同じぐらいやないか。大体、身長が1cm高かったら1kgぐらい重いもんや」


「私の体重のことなんかどうでもええやないか。せやけど、オーストラリアはなかなかよかったな。あんな体験、先生と知り合ってなかったら一生できんかったと思うで」


「まぁ、縁は異なもの乙なものやからな。楽しかったらそれでええんや」


「シャーロットとの旅行も良かったで。先生のトラップの腕前も見れたしな」


「トラップは久しぶりやったけど、案外当たるもんやな。あの夫婦もええ人やったし。シャーロットも楽しそうやった。あの二人も結構上手やったな。実猟する人らはあんまり上手やないことが多いねんけどな。実はな、あの二人俺のこと知っとったんや」


「なんでや、れなには何も言わんかったで」


「俺が口止めしたんや。れなにはサプライズで渡すつもりやったからな。俺にはわざわざざ国体予選の載ってる雑誌まで持ってきて、教えてくれいうてたんや。上手やしいろいろ言うて迷うたらいかん思て、狙い過ぎで距離が遠なるから早めに撃つようにだけ言うといたけどな」


「先生も狩猟免許取って猪鍋食べさせてよ」


「撃つのは簡単やけど、捌くのが大変なんや。それに気の毒やないか」


「こないだ信州行った時は獲ったやん」


「あれはシャーロットへのプレゼントやったし、捌くん宿の人がしてくれたがな」


「バレバレやったな」


「多分な。冷やしまでしてたからな」


「冷やさんと熟成がうまく行かんのやったっけ?」


「せや、イノシン酸が遊離せんのや。猪だけにイノシン酸いうてな」


「あんま、おもんないで」


「そうか。また、シャーロット連れて行けたらええんやがな。あれも歳やからな」


「でも元気そうやで」


「元気は元気やけど、昔はもっと溌剌としとったで。今は寝てる時間も増えてきたしな。前はあの崖、まっすぐ降りてきたからな」


「そうは見えんけどな」


「そら、れなが昔のシャーロット知らんからや。どれだけ悪さしたか」


「そうかもしれんな。人間でいうたらもう七十歳くらいか?」


「そんなもんやろな。まぁ、俺も年取ったしな」


いろいろ話しているうちに7時過ぎとなり、呼び鈴が鳴った。


「おっ、カレーきたんやないか」


「取りに行ってくるな」


「あっ、これカード」


「ほいほい」


そう言って湊川はカレーを取りに行った。

「お皿に取り分ける?」


「洗うん面倒やけど、大晦日やしな。その方が雰囲気出るし、なんせ今回のカレーはれなの鳴り物入りなんやろ?」


「せやで、心して食べや」


「わかった。取り分けてくれるか?」


「皿適当に使うで」


「ええよ」


普段、有情は皿を洗うのが面倒なので大抵はタッパーのまま食べるが、今日はきっちり盛り付けをして食べることにした。皿が変わるだけでかなり豪勢なカレーに見えた。少し冷えていると言って電子レンジで温めもしていた。それをお盆に乗せてビールと一緒に持ってきた。


「カレーはやっぱりビールがええやろ。先生、まずはあんまり辛うせんうちラムだけでも食べてみてや」


「ええよ、ラムがどないしたんや?」


「ええから、食べてみて」


そうせかされて有情は熱々のラムを口に運んだ。


「おっ、これうまいな。N国で食べる冷凍してないラムと遜色ないで」


「せやろ、クリスマス前にラムの試食会と販売したんや。そん時にインド人が来てな、責任者おるか言うてきて何事か思たら、ガネーシャのおっさんでな、うちにおろしてくれへんか言うてきたんや。クリスマスあるからすぐにはおろせんけど、クリスマス過ぎたらおろせる言うたら、ぜひ頼む言われてな。余った分をとりあえずおろしたんや。ほな評判ええ言うて定期的におろす事になったんや。せやからガネーシャは大口の顧客の一人やし、ぜひ先生にも食べて欲しかったんや」


「そいでガネーシャにこだわったんやな。こら食感もええし、なんせ臭みがないわ」


「そう言うてもろて嬉しいわ」


湊川は相好を崩した。


「れな、まだビールあるか?」


「もうあんまりない」


「もう一本飲む?」


「うん、とってこよか?」


「いや、俺がとってくる。ちょっと待っててや」


有情はそう言ってビールを二本持って来た。


「れなな、おんなじ人に二回誕生日の祝いしてもろた事ないねん。まぁ、そんなに多くの人とは付き合うた事ないねんけどな。大学時代の同級生と会社の上司の妻子持ち、それからあかねの同僚の数学の先生。まぁ、大学の同級生は、その人も医者の息子やったけど、それは若かったからともかくとして、なんで数学の先生とはいかんかったかようわからんねん。上司は、まぁ、先生とおんなじ立場の人や。それがようあるパターンで、気ぃ引くために妻とはうまくいってないとか、もう別れるとか言う小心者でな。そない言うてる間に相手に子供ができて別れたんや。せやから最初の頃、あかねが翔太先生にしょうもない事先生に色々聞かせてたやろ」


「エミッタ接地のバイポーラトランジスタか?」


「そうそう、先生が非常識やったら別れさせる言うて」


「質問自体が普通知らんようなことばっかりやったんは覚えてる」


「翔太先生は典型的な理系男子でな、ちょっとずれてるねん」


「ええやつやないか」


「うん、ええ人やで」


「まぁ、済んだ事はええがな。たまたま合わんかったんと禄でなしやっただけやろな」


「せやねんけどな、おんなじ人と2回目の誕生日が迎えられて、れな、すごい嬉しいねん」


「そら光栄やな。せやけど、俺がもっと碌でなしやったらどないする?」


「れなに嘘言わへんかったらそれはそれでええ思てる」


「言うてないこともあるかもしれんぞ」


「ここ2年近く見て来たけど、女の影とかないし。大体、ほとんど家から出ぇへんやん」


「れな、もう一本ビール取って来てくれへんか」


「わかった、ちょう待ちや」


湊川がビールを持って戻ってきた。


「女の影はあるで。たまに一緒に寝たりすることもあるで」


「なんやのそれ?」


「今もそこにおるやないか」


「どこによ?気持ち悪いこと言わんといてや」


「顔の黒い毛深い女がおるやないか。おばぁさんやけどな」


「いや、それはええわ。シャーロット、カム」


湊川はシャーロットを呼んだ。


「これのことやろ?」


「せや。密接な関係があるで」


「知ってるわ。もう、また話がずれたやないの。もし先生が悪い人やったらすごい悪い人か、碌でなしやったらすごい碌でなしや思てる。でも、それはそれでええ。二回目の誕生日を過ごせる初めての人やから」


「すごい悪い人は想像に堅うないけど、すごい碌でなしてどんなんやろか」


「そんなん知らんがな」


「自分で言うたんやないか」


「前の上司みたいな・・・」


「そんなやつ、大学の同級生にいくらでもおるで。まぁ、素人にはあんまし言わんやろけど」


「玄人言うのは飲み屋の女の子のことか?」


「本格的な飲み屋やのうて、キャバクラみたいなとこな」


「先生もそんとこ行ったことあるんか?」


「二、三回くらいは行ったことある。今は厳しなってもて、そんなんできんようになったけど、俺が若い頃には普通に薬屋が連れて行ってくれたんや。せやけど、女の子が若いいうだけで、俺の言うことなんも理解してくれんかったら、いっこもおもろなかった」


「ああ、会社にもおるで。一般職に多いけどな。なんでか知らんけど、そんな子の方がモテるんや」


「好みの問題やろ。俺は仕事しとる女の人の方がええな。一般職で結婚したら会社辞めてもて、一日中家におって、昼間はママ友なんかと出かけたりして、帰ってきたらいつも飯用意してあって、そこまではまぁええとしても、飯食うてからフライ作ったり銃の手入れしてたりしたら、相手してくれへん言うて怒り出したりしそうや」


「れなかてそんなことされたら怒るかもしれんで」


「れなはだいたい俺より帰ってくる時間が遅いやないか。帰ってくるまでになんぼでも時間作れるがな」


「先生は絶対定時に帰るもんな」


「そのために仕事中は身ぃ粉にして働いとるんや」


「嘘つけ。二、三日に一回は勤務時間中に射撃行っとるやないか」


「そら働く分、息抜きも必要や」


「息抜きの間に仕事してるやないか。そういうのを碌でなしとか、穀潰しとか言うんや」


「そんなこと言うたら身ぃ粉にして働いた金で買うたプレゼントやらんぞ」


「わかった、わかった。はよ残り食うてまい」


「チョウメン、ちょっと残しときや。俺も食うから。なんせ年越し蕎麦は細く長く生活できるように食うんやからな。見てみ、俺の慎ましやかな生活」


「慎ましやかな生活しとる人は何万平米も土地持ってへんし、こんな大きい家住んでへん」


「ええからチョウメンくれや」


「わかったて」


「一口しか残ってへんやないか」


「どうせ験担ぎやろ」


二人はカレーとエビ、チョウメンを食べ終え、残りのビールも飲み終えた。


「れな、ケーキとバブル持ってくるわ」


「いや、ケーキは俺が用意するさかい、れなはバブルの栓抜いといてや」


「ええ、れな、バブルの栓抜くの苦手やねん」


「ほな待っとり」


有情はそう言ってキッチンの方へ歩いて行き、バブルとフルートグラスだけを持ってきた。


「ケーキは?」


「ケーキはちょっと時間がかかる」


と言ってまたキッチンに戻っていった。


キッチンから


「今日のケーキは去年のと違て豪勢やぞ」

と言う声が聞こえてきた。

まもなく有情はケーキを持って座卓にやってきた。


「どや、見てみ」


「感じ悪いなぁ」


ケーキには三十一本の蝋燭が立てられていた。

有情は手早くバブルの栓を抜き、フルートグラスに注いだ。手元のリモコンで電気を消し、早々に乾杯の音頭をとった。


「早よ消さな蝋垂れるで」


「あんたがいらんことするからやろ」


と言いつつも蝋燭の炎をすぐに吹き消した。

一瞬で部屋は真っ暗になり、二人は軽くキスをした。再度点灯し、有情が言った。


「ちょっとプレゼントとってくるわ」


「銃砲店の荷物も持ってきてや」


「わかってる」


と言って宅配便の荷物と宝石店、ロレックスのバッグを持ってきた。


「時系列で開けよか」


「うん、そうしよ」


「まず、クリスマスプレゼントな」


有情はそう言って銃砲店の袋を開けた。

Castellaniの赤の冬物ベストが入っていた。


「れな、ありがとう。ちょっと派手やないかな?」


「大丈夫、銃に合わせてあるから」


今ひとつ意味がわからなかった。


「俺からのクリスマスプレゼントはまず宝石店の方な」


「勿体ぶって出さんかったやつやな」


「いや、勿体ぶったわけやないけど、あの場にはちょっとふさわしゅうなかったんや。開けてみ。気に入ってくれると嬉しいけど」


「うん、ちょっと待ってな」湊川は丁寧に梱包をほどき、中箱を取り出して開けた。


「はっ、何これ」


「ピアスと指輪」


「そらわかってるがな」


「仕事にもつけていけるようにいうてちゃんと店員に伝えたから普段つけていったらええで」


「いや、ピアスはともかく指輪は婚約指輪にしか見えへんがな」


「そんなことあらへんて。それもちゃんと普段着けれるように婚約指輪に見えんようにて伝えたんやから」


「誰が見ても婚約指輪やがな」


「右手にしていったらええやないか」


「いくらそないしても婚約指輪に見えるがな」


「もろたもんにケチつけるのはいかがなもんかと思うな。いらんのやったら指輪は前の妻にでもやる」


「いや、いるに決まってるやろ」


「ほな文句言わんと納めたらどうや。指輪だけでもつけてみ」


「ちょっと待って。両方つけてくる」


そう言って湊川は浴室の隣の洗面所でピアスをつけて、指輪を右手につけようとしたが入らず仕方なく左手につけた。ぴったりのサイズだった。


「どや、きれいか?」


「おぅ、似合とるで。れなは大きいからそれぐらいないと迫力が足らん」


「これ高かったんやないか?」


「まぁ、バイト一回分はしたな」


これはあまり聞き取れなかったようでバイトに関しては触れられなかった。


「それでクリスマスの日には出さんかったんやな。ちゃんと弁えてるやないか」


「俺も常識人やからな」


「常識人のプレゼントとは思えんけどな」


と言いつつとても嬉しそうに見えた。


「それからこれが誕生日のプレゼントや」


有情はロレックスの袋を湊川に渡した。


「なんや悪い予感がしてならんねんけど」


「なんでや?」


「いや、まぁええわ」


と言って今度はロレックスの包みを丁寧に解いた。

重厚な中箱を開けるとそこにはブルーの文字盤に十個のダイヤが埋め込まれたメンズの小さめサイズの時計が入っていた。


「これとお揃いや」


有情は自分のつけている時計を見せた。


有情の時計にはダイヤはついておらず、文字がローマ数字で描いてあった。


「だいたいサイズはいけると思うねんけど、合わんかったら会社で直してもろてくれ」


「ちょっとつけてもええか?」


「当たり前や。れなのや」


「重っ」


と言って木本と同様にベルトを見た。Pt900と書かれていた。


「なぁ、これどこに着けていくんや?」


「ロレックスやから普段使いにできるやろ」


「ステンレススチールならな」


「そんなもん誰にも見えへんやないか。この色の文字盤はこれしかなかったんや。いらんのやった主税にやる」


「いや、いる」


「いるんやったらやいのやいの言わんとき」


「これ両方でなんぼしたんや?」


「プレゼントの値段聞くのは感心せんぞ」


「いや、どこにそんな蓄えがあったんかな思て」


「一応、俺も三十年医者してるからな」


「先生、ありがとう。また宝もんが増えたわ」


湊川は有情の首にハグしてきた。

時計のベルトが当たって首が痛かった。


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