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24 奢り(おごり)

 10月も半ばを過ぎると急激に涼しくなってきた。朝の散歩も上着がないと寒いぐらいであった。人の噂も七十五日とは良く言ったもので射撃場でも近畿大会の話題はほとんど無くなっていた。国体は体調不良を理由に辞退した。体調不良と言いながらも、なぜか近所の射撃場には頻繁に足を運んだ。もう少しすれば寒くなるし、狩猟を楽しむ人たちは猟にでかけるのでもっとゆっくり射撃ができるようになる。そうなるのを楽しみにしていた。


 また、もう少ししたら湊川のために用意したピアスと指輪のセットも完成するようだった。湊川はクリスマスと誕生日が近いので年末はなにかとものいりであった。一応、誕生日には会社につけて行けそうな時計を贈る予定にしていた。どうも今つけている女性ものの小さい時計では背丈と腕の太さにあっていないように思えた。


 湊川はチルドのクリスマス・ラムをどのような形で売り出そうかと頭を悩ませていた。とりあえず時期がクリスマスと重なるので、当面はクリスマス・ラムで問題なさそうだったが、それ以降は日本人への需要はラム好きの人に限られるので、クリスマス・ラムでは今ひとつラムを求める外国人に対する印象が悪いのではないかとの懸念もあった。そもそもチルドと冷凍のラムの違いを周知させる必要もあった。去年買ってくれた人が再度買ってくれればある程度わかるはずだが、クリスマスにラムを食べる習慣がない日本人に再度買ってもらえるかが不透明だったので、まずは試食会とさまざまな調理法で作った料理の販売が必要になった。


 そうこうするうちに十一月になった。意外とチルドのラムは臭くないと好評のようだった。有情は相変わらずのんびりしていたが、宝石店から商品が完成したと言われ。それを受け取りに行った。ピアスにした六個の石は間隔が狭くはあったが、石自体が強調されるデザインになっていた。指輪は石が大きすぎて周りにあまり装飾が入れられなかったとのことで、見ようによっては、というよりもどう見ても婚約指輪に見えた。ただ、石そのものは非常にきれいなもので、カットやクラリティもよく、夾雑物も見たかぎり見当たらなかった。有情は丁寧な仕事に対する礼を言い残金を支払った。その後、心斎橋まで足を伸ばしてブランド時計を物色したが、あまりにも多数あるので途中で面倒になり、ロレックスなら間違い無いと思い、家に帰ってから専門店で自分用にデイデイト40のアイスブルー、ローマ数字、プラチナベルトと湊川にはデイデイト36の同色のプラチナベルト、10ダイヤモデルを選んだ。有情は腕が細いのでそれ以上大きいものはあまり似合わなかった。これまた非常に高くついたので主税に連絡し、至急振り込むように伝えた。普段、有情は主税から金銭をもらっていなかったが、そのせいもあってこういった時には役に立った。ただ、振り込みはあまり感心しないと宅急便で1300万円を送ってきた。少し足りなかったが、さすがの有情もその程度余裕はあった。そのせいで東京の専門店まで直接取りに行かなければならなかった。見栄えは非常に良く、有情の腕には若干大きくはあったが、大き過ぎるということはなかった。ただ、プラチナベルトなので非常に重く、つけていると肩が凝りそうでもあった。湊川のものも文字盤が若干違うだけでとても美しかった。


 せっかく東京に来たので高校時代の同級生に連絡し、夕食を共にした。店は恵比寿にあるカジュアルなイタリアンにした。以前にも行ったことのある店だったが、トリッパの時期で前に来たときに、それがとても美味しかったので、そこにした。店はほぼ満席だった。友人は大学卒業後、ずっと東京にいるので東京弁を上手に操ったが、有情が摂津言葉(北大阪の大阪弁)しか話せないので、少し大きな声を出すと周囲から目が気になった。しかし、お笑い芸人がよくテレビに出演するようになったため、以前のお笑いブーム前のときと比較して、冷たい視線というのがなくなっていた。当然のことながら同窓生の話題も出たが、還暦の近い今となっては、どの女子生徒が卒業後にきれいになっただの、誰と誰が結婚しただのといった話はなくなり、家庭の話とか、誰の子供がどこの大学に入ったり、就職したりしたとかに変わっていた。ひどいものになると誰かがなくなったという話まで出てきた。


「なんや、時計買うたんかいな?見してみぃや」


と同級生の木本が言ってきた。

いや、これはプレゼントや。これと揃いのサイズの小さいやつや」


と有情は販売店でサイズ調整してもらって、つけてきた時計を見せた。


「なんや、また若い女医か?」


「ちゃうちゃう、普通のOLや。梅田の百貨店に勤めとるわ。輸入食品部や言うとったで。背ぇの高い女でな、今つけとるのがちいそうて、あんまり似おうてないんや。仕事につけて行くのにええやろ」


「背ぇ高いてモデルみたいな感じかいな?」


「モデルとはちょっとちゃうな。どちらかいうたらアスリート体型や。まぁ、スポーツ系のコアな雑誌のモデルならなれんこともないやろけどな。高校、大学と弓道やっとったらしいから、なんせでかいんや」


「これとおんなしのん仕事につけて行かすんか?」


「なんでや、銀色やし、文字盤きれいやないか」


「せやのうて値段や。その辺のOLがホイホイ買える値段やないやろ」


「OLや言うても総合職やで」


「相変わらずボボけた金銭感覚しとるのぉ。ちょっと外して見してくれや」


「ええで」


と有情は時計を外して木本に渡した。


「えらい重いな」


と言ってベルトの辺りを見た。


「Pt900て書いたぁるがな。白金やないか」


「白金て、えらい大時代やな。そんなもんパッと見ぃわからんやろ」


「そら、お前の職場やったら誰もなんも言わんやろけど、OLはめざとい上に目ぇ肥えとるさかいな」


「せやかて、いちいち人のしとる時計まで見ぃへんやろ」


「見るんや、これが。ほんまにそういうとこは抜け目ないんや」


「俺からもろたもんはそない粗末にはせんやろ」


「まぁな。釣った魚にしか餌やらんからな」


「そらそやで、最初は金目当てでついてきても、それはそれでかまんけどやな、ちゃんと付き合う(おう)てみな、しょうもない女かもしれんやないか。今回も見極めんのに半年以上使つこたで。旅行に行ったりしたしな。相当趣味的なやつや。せやからこれが二遍目のプレゼントや。まぁ、クリスマスと誕生日が近いから実質的には初めてのプレゼントになるんやけどな」


「どないして見極めるんや?」


「せやな、まずは服装やな。最初に会うたときとだいぶ変わってきた」


「最初はジル・サンダーとか、マックス・マーラ着とったんが、パタゴニアとか、ノースフェイスに変わってきたいうことか?」


「会社行っとるときは知らんけど、普段はそんな感じやな。もっとも俺はレディースファッションにはあんまり詳しゅうはないんやけどな。パタゴニアと東洋エンタープライズはよううとるで」


「東洋て、そらまた珍しいな」


「そら単に俺がよう着てるからやろ。こないだA国にハンティング行った時なんかはTru Specの迷彩パンツにSOFEEのシャツなんか着とったから女兵士みたいやったで」


「そらそうとどこで見つけたんや?」


「それがな、見つけたとか、紹介されたとかやないんや。ミナミでフライロッドうた時にたまたま時間あったよって、前行った、感じのええバーに行ったんや。そこで一人で飲んどったら向こうから絡んできおってな」


そう言って有情は今までの経緯をかいつまんで木本に説明した。


「まぁ、大事にしたれや。もうなかなかそんなこともない歳になってもたしなぁ」


「おぉ、大事にしとるで。こないだかて、どないしてもN国産のラムを冷凍やのうてチルドで入れたいていうもんやから、裏から手ぇ回してI国の貨物船手配したったで。本人には言うてへんけどな。まぁ、本命はラムやのうてビーフなんやがな」


その後、二人は昔話を少しして、夜も更けてきたので有情はホテルへ、木本は家へ帰って行った。


 やがて季節は十二月になり、また巷はクリスマスムードになってきた。湊川はいよいよチルドのクリスマス・ラムを店頭に出した。もっとも始めに出したのはクリスマス用の家族全員で食べるような大きな切片ではなく、個人が普段の食事の供するようなリブや煮込みに使うシャンク、焼肉にしたり、ジンギスカンで食べたりする骨なしのロースなどであった。リブは贅沢に肋骨を一本付けたまま試食用に出したし、ジンギスカンと煮込みは香りで客を誘えるよう、その場で調理させ試食させた。


 商品にはリブは一本ずつ切り分けたのも、それに香草などで味付けしたもの、オーブンで焼けるように何本かの肋骨がついている塊を用意した。シャンクは、ほぼ牛肉の頬肉煮込みなどと変わらなかったが、レシピをイラスト入りで用意した。最近は主婦が調理しているというイラストよりも、男性が何らかの形で調理に関わっているものの方が客ウケいいように思えた。初め有情をモデルに男性がエプロンをつけて調理している姿をイラストレーターに描かせたが、どう見ても農夫が自分の農場で飼育したラムを調理しているか、趣味的な猟師が自分でハントしたジビエを自慢げに友達に料理して食べさせているかのようにしか見えなかったので、自分をもう少し年上に見立ててハンサムな息子と調理している感じのものに差し替えた。また、ジンギスカン用のロースは好みに合わせて好きな厚さに切って販売できるようにし、北海道でなければさほどポピュラーな調理法ではないので、試食用に用意しているものと同じ当地の有名店とコラボしたタレを同時販売した。バカ売れする商品ではないので在庫がなくなるようなことはなかったが、土日には人だかりができる程度には人気を博した。あとは本来のクリスマス・ラムにつなげる必要があるだけだった。


 有情は相変わらずでシャーロットの散歩と射撃場通いで、仕事と買い物以外ほとんど外出することはなかった。殊に十二月に入ってからは寒くなったのと、十一月に東京や梅田に行ったことを理由にほぼ外出はしなかった。土、日に至ってはシャーロットの散歩に行き、二度寝をして、土曜の午前中に射撃場に行くだけであとは大抵家にいた。ただ、仕事中に抜け出して射撃場に行くことだけは怠らなかった。夏場の特訓でスコアは平均して2〜3点上がっており、一日に何回か満射を出すこともあった。


 有情は暇にしていたが、湊川の方が色々と忙しくなかなか会う機会に恵まれず、たまに湊川が泊まりには来ていたが、大抵顔を見にくるだけでシャワーを浴びるとすぐに寝てしまっていた。一緒に決めたのは昨年と同様にクリスマスパーティは桃山台の家で十二月二十四日の午後7時から行うといことぐらいだった。

そうこうするうちに二十四日になり、四人はまた桃山台の家に集合した。ワイン煮込みの匂いがした。察するにラムシャンクだったが、果たしてその通りだった。最初はビールで乾杯した。湊川と白石は一緒に暮らしているので、前に会ったときから何があったかを共有しているが、宇都美と湊川、宇都美と有情、白石と有情はそれぞれはっきりとしたことをお互いには知らなかった。湊川は雄弁にA国のハンティングについて話した。しかし、狩猟が一般的でない日本では宇都美も白石もポカンとしているだけだった。唯一、湊川が大学時代にも弓道をしていたことを宇都美も白石も知らなかったようで、その腕前には驚いてはいたが、それがどの程度難しいかはわからないようだった。有情がライフルでは容易だが、ピストルでは無理といってもなんの役にも立たなかった。


 やがて飲み物もスパークリングワインに変わった。不思議なことにそのスパークリングワインにはラベルがなかった。四つのフルートグラスに淡いピンクの液体が注がれた。皆は特に気にせずそれを飲んだ。味は良かった。


 有情も信州に紅葉狩りに行った話をしたが、どうしても話はシャーロットが初めて狩りをした話が中心になり、今ひとつ理解しづらいようだった。宇都美と白石は夏休みに竹田城を見て、鳥取までドライブ旅行をしたようで、冬にはカニを食べに行きたいと言っていた。湊川は一緒に行きたいと言っていたが、行ったら行ったで、それはきっと美味しいし、楽しい旅行になるとは思われが、寒い上に冬用のタイヤが絶対必要になるのであまり乗り気ではなかった。その後は男女に分かれてしばらく話をした。


 宇都美がニュースかネットの記事で、小学生が「40-32÷2=4!」と解答した場合にこれは正しいかどうかという話を見かけたといった話をしたため面白そうなので女性陣に聞いてみたが、白石がそれは24だと答え、湊川に至っては4で合っているといった。答えを4にしようとすると式は(40-24)÷2 にしなければならなかったし、確かに40-32÷2の答えは24であるが、「!」が階乗であることはわからないようであまり受けなかった。


 酔いが回ってきたころプレゼントの交換になったが、白石は嬉しそうに最高のプレゼントはもうもらったと言って左手に着けた正式な婚約指輪を見せた。宇都美はパーティの日にも用意はしていたようで通勤に使うマフラーを渡していた。宇都美からの婚約指輪は1ct以上あり見栄えのするものであったが、有情は「これはまずいことをした」と思った。湊川に送るプレゼント用のピアスと指輪は全部でその十倍はあった。さすがにそれをその場で渡すわけにもいかず、もう一つ用意していたスキートの近畿大会の金メダルだけを渡した。



「えっ、公式大会に出たん?」


「うん、前になんで公式大会に出んのやいうて聞いてたから」


「それで夏には射撃に集中してたんか?」


「まぁ、そうや」


「すごい、うれしい。スコアは?」


「4ラウンドで97点、23、25、25、24」


「インターナショナル・ルールか?」


「いや、ジャパン・ルール。せやから練習せなあかんかったんや」


「せやけど、あんまり金のかかってるプレゼントやないなぁ」


「何いうてんねん。どれだけの弾とクレーピジョン消費した思てんねん」


「れなのために公式試合に出てくれたんか?」


「もう出んけどな。疲れたし」


「ありがとう、先生。試合に出てくれただけで嬉しいわ」と言ってはくれた。

後で宇都美と白石がケーキを取りに行った時に


「ちゃんと金のかかったプレゼントも買うてはあるんやが、今はちょっと」


と語尾を濁すと


「なんやの、もったいぶらんとさっさと出しぃや」


と言ってきた。


しかし、有情は、後でちゃんと渡すからと言って、その申し入れは頑として受け入れなかった。


「どのみち今日はあの二人を二人きりにせなあかんから、先生のとこに泊めてや。そん時にきちんと渡してもらうからな」


「ちょっと聞いてくれるか。れな、公式試合のときな、俺はしたらあかんことしてもた。そん時の2位の選手な、24、24、25、23 やったんや。すぐ前で撃っとったからよう分かる。最後のラウンドでな、2番のダブルのマークと8番のマーク、ミスしおった。向こうも緊張しとったんやろけどな。せやけど最後まで真剣にうっとった。俺は最後の8番までノーミスやった。8番のプール当てたときに優勝は確定したんや。そんとき最後のマーク、ええかげんに撃った、ような気ぃする。あんまり真っ直ぐに飛んでくるクレーはミスせんからな。好意的に言うたら緊張が解けてミスしたいう言い方もできるかもしれん。しゃあけどな、あれは絶対に俺のせいや。肩付けも頬付けも甘かった。その上、当たらんでも勝ちやいう慢心があったんや。坂田三吉やないけど、センターポール超えてくクレーピジョンがシクシクゥ、シクシクゥいうて泣いとったような気ぃした。なんでちゃんと狙て撃ってくれへんかったんやいうてな。向こうの瓦礫の中に埋もれていくのは本望やない、なんであんたの弾できっちり壊してくへんかったんや、どうせ壊れる運命にあるけど、瓦礫の中で壊れるんと撃ち壊されるんとでは話がちゃう、約束がちゃう言いながら瓦礫の中に落ちて壊れていったんや。ほんまやったらここで銃折って、両手をあげて喜ぶところやけど、それができんかった。銃折って排莢して瓦礫に向かって、すまんかったなぁ、すまんかったなぁいうて敬礼することしかできんかった。そんなしょうもないやつでも、れなはまだ好きや思てくれるか?」


「何陰気くさいこというてるんや。だいたい、坂田三吉て誰や?」


「なんや、坂田三吉知らんのかいな。大阪が生んだ天下の将棋指しや」


「先生は緊張が解けて挙銃が甘なっただけや。元国体選手が何しょむないこと言うてるんや、優勝したんやで。今度はうちから言わせてもらうわ。先生、上田正樹て知っとるか?」


「そら知っとるわ。関西のもんやったら大概知っとるやろ」


「ほな『悲しい色やね』も知っとるやろ。最初のサビの部分言うてみ」


「あぁ、大阪でうまれたお・・・」


「おいっ!」


「あぁ、ごめん、ごめん。俺のこと好きかあんた聞くけど そんなことさえわからんようになったんか、や」


「そう言うことや」


「ちょっとニュアンスが違うような気ぃするけど。せやけど、『ほうみぃ、タイト』て、なぁ、れなとはえらい違いやな」


れなは有情の頭をこづいて言った。


「失礼やな、タイトや。だいたい、その『ほぅみぃ』とちゃうやろ。細かいこと気にしたらあかん言うことや。ボケかますぐらいやから大して気にしてないくせに」


「ほな相手の選手に『俺、国体出ぇへんから落ち着いて撃ったらええで』言うといたほうがよかったやろか?」


「アホか、そんなこと言うてもて相手の選手が満射出したら、あんた負けやないの」


「そんときは俺も満射出してたはずや」


「ちょっとしつこいで。ほなシュートアウトになって、どうせ先生の勝ちや」


「前から気になってたんやけどな、大阪ベイブ・ルースいうたらやっぱりバースやろか、それとも掛布やろか?」


「誰や、それ?大体、ベイブ・ルースやのぅて、ベイ・ブルースやっちゅうねん」


「ちょっと、れな。軽くハグしてくれ。心の重荷が取れた気ぃする」


「なんやの、ええおっさんが三十も年下の女の子にしょうもないこと言うて。これでええんか」


と言って軽くハグをし、軽くキスをした。


「三十、年下はちょっとサバ読みすぎやないか?それと別の場面でハグするときももうちょっと緩めがええけどな。肋骨に何本かヒビ入ってる思うねん」


「人がせっかく優しゅうしてんのに一言多いねん」


そう言って湊川はもう一度力を込めてハグした。


「痛いがな。わかった、わかった。もう戻ってくるで」


そう言われその一連の会話は終わった。


クリスマスケーキが運ばれてきたが、去年とは違い普通の大きなクリスマスケーキだった。クリスマスケーキにはホワイトチョコレートの割と大きなプレートが乗っており、そこにチョコレートで「Merry Christmas! あかね&しょうた 婚約おめでとう!」


と書かれていた。


「ところであんたらいつのまに正式に婚約したんや?あかね、なんで言うてくれへんかったんや?」


湊川が聞いてきた。


「いや、私かて、これ一昨日もろたんやで。れなかて昨日も、一昨日もラムがどうのこうの言うて遅うに帰って来て、シャワー浴びてすぐ寝たやないの。そない怒らんといてや」


白石が答えた。


「なにいうてんの。うれしいんやがな。おめでとう、あかね。今日かてダイヤの指輪見せつけとったし。あかね、翔太先生、ほんまにおめでとう」


「あかねさん、宇都美先生、おめでとうございます」


有情が言った。


「それはそうと、このケーキ誰が頼んだんや?あんたか、翔太先生か?どっちや?これ頼むん恥ずかしなかったんか?アホちゃう?」


湊川がぬけぬけ言うと宇都美が照れ臭そうにしていたので、どうやら宇都美が頼んだようだった。


(注:ここでいう『アホ』は『本当に頭が悪い』ということではなく、軽妙にからかっただけの関西弁の言い回しです)


「なぁ、れな。去年の大晦日に『れな 30歳の誕生日おめでとう』て書いたプレート付けたケーキ持参でうちに遊びに来たん誰やったやろか?」


と案の定、有情に突っ込まれた。


「いつまでそんなこと言うてんの、さっきからほんまにケチくさい男やなぁ」


「ちょっと、れな。国体選手に向かって失礼やよ」


白石が助け舟を出してくれた。


「ちゃうちゃう、国体は体調が悪いとか言うて辞退してもたから、もう国体選手やないねん。そのくせ当日は福山まで一人で射撃しに行ってるんやから世話ないわ。先生、あんたがいらんこと言うから話がずれてもたやないの。主役はこの二人やねんからもう一回乾杯するで。ちょう待ってや」


と言って、またラベルのない白ワインを持ってきた。


湊川が今度は白ワイン用のグラスを四つ持ってきて「N国スタイルやで」と言いつつ、飲み口の1.5cm下くらいまでたっぷりとワインを注いだ。


「翔太先生、あかね、婚約おめでとう」


と乾杯の音頭をとった。


「あかねさん、宇都美先生、ご婚約おめでとうございます」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


二人は照れながら言った。


「それで結婚式はいつなんや?」


「来年の6月」


「June Brideですね」


「当然、私らも呼んでくれるんやろな?」


「そら呼ぶよ。呼ばん訳ないやないの」


「しかし、私が行くのはかえってご迷惑ではないですか?」


「大丈夫ですよ。うまく計らいますから」


と言ったところで有情の携帯が鳴った。有情は表示を見て一瞬険しい目になったが、誰も気づいていないようだった。


一旦、電話に出てから


「ちょっと失礼。仕事の電話です。れなの部屋ちょっと借りるで。どっちや?」


「犬が射撃してるステッカーが貼ってある方」


「わかった。ちょっと借りるで」


「ええよ。はよ戻ってきてや」


「すぐ戻るわ」


そう言って湊川の部屋に入ってドアを閉めた。


電話は主税からだった。


「おぅ、どないしたんや?今、クリスマスと友達の婚約記念パーティの最中やぞ」


有情が聞いた。


「ちょっとまずいことになったんや」


「危険なことになったいうことか?」


「いや、それはない。二十七日の日に仕事予定しててんけどな、予定してた向こうの医者がゴミでな、ようせん言い出したんや」


「そんなもんちょっと宥めすかしてさしたらええやないか?」


「もうおらんのや」


「おらんて逃げたんかいな?すぐ見つけられるやろ?」


「ゴミはゴミ箱へいうて小学生の時に習えへんかったか?」


「なに言うてんねん、することだけさせてからでええやろが」


「ビビって下手くそなことされたら、こっちの信用に傷がつく。奈央もおったし、ええ経験やろ」


「はぁ、なお連れてったんか?そんな奴の機械出しさせて手ぇ腐ったらどないするんや?まぁ、ええわ。どこや?」


「B国や」


「行った事ないぞ、大丈夫か?」


「I国より安全や。まぁ、どっちもどっちやけどな」


「パスポートはこっちで用意したある。ちゃんとした本物や」


「二十六日に出なあかんやないか、Boxing Dayやないか。ちょっとは年寄り労ったらどうや?」


「こないだから二千五百万も用意したやろ」


「あれは元々、俺の金や。管理まかしてるだけや。しかも、半分は宅急便で送って来たもんやから、東京まで行かなあかんかったやないか」


「全部渡したらいらんもん買うて、皆使てしまうやないか。大事なもん買うときにはちゃんと払い出ししてるやろ」


「そらまぁ、そうやけど」


「今回は安全を期して四体やから、そない手間かけさせへんから、頼むはお父さん」


「シャーロットはどないするんや?四日もほっとかれへんぞ」


「それはもう手配してある。いつものところに預けたらええんやろ?」


「年末やのに大丈夫か?」


「大丈夫や言うてた」


「ほなええけど」


「そこかいな、相変わらずやのぅ」


「伊丹でええんか?パスポートはそこで渡してくれ。今日、明日はちょっと外されへん」


「まぁ、楽しんでくれや。酒はほどほどにしといてくれよ」


「俺もプロやぞ。酒臭い息で行ったことあるか?」

「ごめん、ごめん。せやったな。アレは飛行機に乗る時でええか?」


「そらかまん、滅多に使わんしな。マガジンは一応、5本用意しといてくれ」


「それは装着する分の他にか?それとも全部でか?」


「どっちでもええわ。そんなもん。向こう行ったら車にも積んであるんやろ?」


「あるよ」


「わかった。伊丹に何時に行けばええ?」


「朝9時ごろにはおってくれ。渡すんに手間取ったら困るさかいな」


「貨物の方に行っとけばええか?」


「普段通りでええ。出国はそのままできるけど、帰りはビザいるから自分のも持って来てくれ」


「わかった。二つ目の方でええんやな」


「どの道そんなに厳しい事は言わんやろ。アレは忘れんように乗務員に渡してくれよ」


「それぐらいは心得とるわ。ほな申し訳ないけど、頼むわ」


「おう、二十六日の九時に伊丹の貨物ターミナルやな」


「どないして来るんや?」


「モノレールや」


「車寄越そか?」


「いらん、目立つし、年末で混んでたら困る」


「そうか。ほなよろしゅう頼むわ」


「わかった」


電話は終わった。


「えらい時間かかったやないの、どないしたん?」


湊川が聞いてきた。


「頭おかしい奴がいらんことしたんや」


事実ではあった。


「それよりこのワインどや?」


「えぇ、そんなんわからんで」


「うまいか、まずいかぐらいはわかるやろ」


「うまいよ。ソビニオン・ブラン、まだフルーティさが残っとる。ちょっと若いかな」


「れながか?」


「アホか、ちゃうわ。ワインがや」


酔いもまわり時間も遅くなったので、宇都美と白石を残して、有情と湊川は桃山台の家を辞した。


「あかね、翔太先生、おめでとうな。仲ようしぃや。」


湊川は意味深に言った。


ふたりは酔いざましを兼ねて桃山台駅まで歩いて行った。陸橋から見る新御堂筋は遅い時間の割に車の通行量が多かった。


「れな、そこの春日池あるやろ。俺が中学生の頃にブルーギルが釣れるいうて友達と釣りに行ったことがあるんや。そんな魚は俺の実家の辺にはおらんかった。珍しいから釣って観察したんや。それから高校の時、また友達とぼだい池いうところが南千里の向こうにあってな、そこにも釣りに行ったんや。そこにはブルーギルはおらんかった。小ぶなと小さい鯉が釣れただけやった。それが大学になってからそこへもういっぺん釣りに行ったら様変わりしとった。ブルーギルとブラックバスしかおらん池になっとった。ブルーギルもブラックバスも外来魚やいうのは知っとるやろ?ブラックバスは1925年に赤星鉄馬いう実業家が日本の食糧事情を懸念してアメリカから移入したんや。最初に移入したんが確か芦ノ湖やったと思う。ブルーギルは平成の天皇陛下が1960年に、当時は皇太子殿下やったんやがな、アメリカに行ったときにミズーリ州で釣りされて、そこのどこやったか忘れたけど、市長さんから寄贈されて水産試験場に研究用にお渡しになったんや。それが今では特定外来生物や。もちろん、二人とも悪意は全くなかったはずやし、平成天皇に至っては2000年台の初め頃にお心を痛められてるいう内容の談話を発表されてる。あぁ、クリスマスイブには何兆、何京いう数の無駄な精子が日本中で放出されるんやろなぁ」


「なんや、その破綻した論理は?先生、うちらもずっと仲ようしょうな」


「おぅ、当たりま・・・」


と言いかけたときに湊川に唇を塞がれた。


 湊川が大きい上に二人ともジーンズにネルシャツ、有情はシャーロットの散歩用のCWU-36Pフライトジャケットを着ており、湊川はM-65 フィールドジャケットにビーニーをつけていたので、ゲイのキスに見えたようで衆目を集める結果となった。


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