23 大一番(おおいちばん)
有情と湊川は十月十一日から十四日まで休暇を取った。今回はずっと旅行に行くときにシャーロットを警察犬訓練所に預けていたので、一度一緒に旅行に連れて行ってやろうということになった。シャーロットももう十歳を超えるので元気なうちに広いところで一緒に遊んでやりたかった。もちろん、裏山で遊ばせることはよくしてはいたが、大型犬である上に見た目が結構こわいので、他の人が来るとどうしてもリーシュとつけないわけにもいかず、好き勝手に道路に出て車に跳ねられたりしても大変である。まだ少し早いかもしれないが信州の方に行けば紅葉も見ることができるかもしれないということで、今回は国内旅行にした。大型犬が泊まれる宿を探すのは大変かなと思ったが、結構いくらでもあり、貸切りにできる露天風呂のあるペンションを予約した。
午前十時ごろ出発して、千提寺ICから新名神に乗り、高槻から名神高速に乗って北上して行った。連休明けということもあり、少し流れが悪くなるくらいのこともあったが、特に大きな渋滞もなく順調に走行できた。二時間ほど走ったところでシャーロットの排泄を兼ねてサービスエリアに寄り、昼食をとった。さすがにサービスエリア内で排泄させるわけにもいかず、休憩所の裏にある従業員や高速バスの乗客が出入りするところからサービスエリア外に出て脱糞と排尿をさせた。サービスエリアに戻り本当は良くないのだろうがシャーロットの固形排泄物の入ったレジ袋をくず入れに入れて、軽く昼食をとった。もう少し後でも良かったが、有情も湊川も大阪と兵庫の生まれで名古屋を超えてしまうと出てくる蕎麦つゆの色が黒くなってしまうのを嫌い名古屋の手前で昼食にした。しかし、有情は生姜焼き定食、湊川はトンカツ定食を食べたのであまり意味のない判断であった。トンカツに関してはいわゆる味噌カツであり、変わった味がすると言って湊川が一切れ有情に食べさせてくれたが、生姜焼きはあくまで生姜焼きであり、大阪で食べるそれと大差なかった。味はまぁまぁそこそこといったところであった。シャーロットは食事の間は車の中で待たされていたので、フランクフルトを一本買ってやり、芝生になっているところで食べさせた。塩辛くないかと気にはなったが、基本的にシャーロットは朝と夕に食事をするだけなので、おやつとしては十分であった。
小牧ジャンクションから中央道に入ると景色がだいぶ変わった。標高の高い山の上では紅葉が始まっており、また、市街地も他に走っている車も少なくなり、のどかな光景の中を走るのは気持ちよかった。有情は大学を卒業した後、すぐに沖縄に行ったので、中央道を走るのはかれこれ30年以上ぶりであった。スピードはいくらでも出せそうだったが、旅行に来て交通違反の切符を切られてもつまらないので、クルーズコントロールをセットして100km/hちょいくらいで走った。最近の車は便利である。前に車がいて追い越そうとするときに右側車線を速めの車が走ってきたとしても前の車と適当な車間距離を取って追随してくれ、早い車を先に行かせ、追越し車線に出たら元のスピードに戻ってくれる。有情が学生時代に同級生たちとスキーに来た時の車にもクルーズコントロールはついていたが、先行車がいればいちいちブレーキを踏むか、手動でクルーズコントロールを解除しなければならなかった。
気分的にはこのまま最終目的地までドライブを続けたいところであったが、湊川が「排尿をしたいから次のサービスエリアによって欲しい」というので、シャーロットの排泄も兼ねてサービスエリアによった。サービスエリアは閑散としており、数台の車が止まっていただけだった。湊川が排尿に行っている間にシャーロットを車外に出してやると、こっちは切羽詰まっていたようで食堂の横の出口に行く手前の芝生で排尿してしまった。まぁ、仕方がないと思いしたいようにさせていると食堂のおばちゃんに見つかってしまった。そばに寄ってきたので注意を受けるかと思ったが、「怖そうな犬だね。なんという種類?」と聞かれ、「ベルジアン・マリノアですよ」と答えたが、知るはずもなく説明するのに10分以上かかってしまった。途中で湊川が戻ってきて「すごく賢いですよ」といって、座われや伏せをさせて見せた。「元々が軍用犬なので、こんなこともさせられますよ」と言って、伏せているときにいきなり「ピティライアシス・ロゼア」と命令し、有情を指し二回吠えるように伝えた。すっくと立ち上がったシャーロットは命令通り警戒体制から有情に向かって二度吠えた。すぐに「警戒解除」の命令が発せられ、元の大人しい犬に戻った。おばちゃんは少し驚いたが「賢いねぇ、触っても大丈夫」と言ったので「大丈夫ですよ」と答えた。おばちゃんは何故かシャーロットの頭を毛の向きと反対向きになでた。シャーロットはその手を大きな舌で舐めた。「ひゃー、ベタベタになったよ。またね、わんちゃん」と言って去っていった。去りながらエプロンで手を拭いていた。有情と湊川は「きっとおばちゃんはあのエプロンを付けたまま他人の食事を作るはずだ」と言って笑った。
高速道路を安曇野まで走り、そこから国道174号線を北上し、山側に走って目的の宿に着いた。家を出てから休憩を含め六時間ちょっとのドライブだった。他に客はおらず二人の貸切り状態だった。オーナー夫妻が暖かく迎えてくれ、シャーロットにも優しくしてくれた。二人は温泉に浸かり疲れを癒して少し休憩した。夕食の時間になりダイニングに行くと山菜料理や川魚料理、時期的に冷凍ではあったがジビエが出てきた。シャーロットにも豪勢なプレートが用意されていた。二人はそれらを肴にワインや地酒を飲んだ。シャーロットも満足そうにしていた。普段はベッドにあげてもらえないシャーロットも今回は犬をベッドに上げても構わないとのことで初めて3人でベッドに上がった。こういうところはなぜ常にベッドがダブルになっているのだろうか、有情は思った。前にも書いたが、ダブルベッドで寝るのがあまり好きではなかった。それが好きという人が多いのは事実であろう。しかし、寝相が良いのならまだしも湊川は必ず真ん中に進出してくるし、シャーロットに至っては夜間に何度も寝場所を変える。ロングドライブで疲れていたので眠れないことはなかったが、眠りにくいことには変わりはなかった。
翌朝は散歩に行く必要がないので七時ごろまで寝て、特に問題ないとのことでシャーロットは山の中に放してやった。小動物を見つけて追いかけてみたり、色々な匂いを嗅いだり楽しそうだった。朝食を終え、少し休憩してから3人は裏山にハイキングに行った。一応リーシュは持っていったが、誰もいないので使うことはなかった。昼食は宿の人が用意してくれていて、ちゃんとシャーロットの分もあった。ただ服装は湊川がジーンズにネルシャツ、Sierra Designsのマウンテンパーカであるのに対して、有情は適切な山歩きのウェアを持っておらず、ハンティング用のM-65風のtrue timber camoジャケットしかなく、それにリップストップ生地のカーキ色の履き古したパンツであったため、山ガールが猟友会のおじさんと歩いているような感があった。シャーロットは終始楽しそうで、何かを見つけては駆け出したり、穴を掘ってみたり、さまざまな匂いを嗅いでいた。見えなくなるほど遠くまで行くこともあったが、呼べば必ず帰ってきた。動物を実際に捕まえてしまうこともなかった。
昼食は山の中の少し開けたところで食べた。木陰に入ると十月初めだというのにすでに肌寒く感じられるくらいだった。昼食後はひなたに出て少し昼寝をした。シャーロットもしばらくウロウロしてはいたが、程なく草の上に寝転がって眠った。ただ、見知らぬ場所なので家でするように両足を放り出して寝るわけではなく、伏せの状態で腕に頭と首を伸ばして寝ている感じで、鳥の羽音がしたりすると耳を動かしたり、ときに目を開けたりして熟睡しているようではなかった。
山はどちらかといえば常緑針葉樹が多く、もちろん所々に赤く色づいた落葉広葉樹もありはしたが、紅葉を楽しむというほどではなかった。二人は宿の人に聞いてみて、翌日にはもう少し紅葉を楽しめるところに行こうと帰り際に歩きながら話して決めた。宿に戻るとすでに暗くなり始めており、かいた汗が冷たく感じられた。やはり大阪と比較すると日暮れも早く、気温もかなり違うようだった。とりあえず体を温泉で温めてダイニングに向かった。
夕食は前日には和食が出たが、その日は洋食だった。材料は似たようなものだったが、ヤマメのムニエルはおいしかった。また、キジのソテーと鹿肉の煮込みが出てきた。冷凍なのが残念ではあったが、猟期があるので仕方のないことではあった。シャーロットにも似たようなものが出てきたが、魚の骨はきっちりと取ってあり、キジとシカは茹でてあった。満足そうに食べているのが嬉しかった。
「裏山は誰もいなくて気持ち良かったのですが、紅葉があまりみられなかったのが残念でした。どこか紅葉の見られるところはありますか?」
有情は尋ねた。
「それなら北の方に山沿いを二十分ほど走ったところにありますよ。走っていくと木々が赤くなっているのですぐにわかると思います」
主人が答えた。
「犬を連れて行っても大丈夫ですか?」
「いずれにせよ人はほとんどいないと思いますので大丈夫だと思いますが、冬眠前のクマが稀に出ることがありますので気をつけてください」
気をつけろと言われても銃があるわけでもなく、いくらシャーロットに攻撃させてもクマにはかなわないと思えた。
「大丈夫ですよ。今年はまだ誰も見てないとのことです」
「もしであったらどうすればいいですか?」
「いてもツキノワグマなので北海道のヒグマほど凶暴ではありませんし、多分、シャーロット君が先に気づくと思います」
シャーロットはメスであったが、シャーロット君と呼ばれていた。
「まぁ、大丈夫ということで行ってみます」
「はい、多分いないと思いますよ」
主人の言葉に「絶対」というのがなかったのが気にはなったが、おそらく大丈夫であろうということなので翌日はそっちに足を伸ばしてみることにした。
翌日は一旦、山を降り、ちょうど山沿いを回る感じで敷かれている農道に沿って北上した。確かに紅葉している場所はあったが、なかなかそこに入っていく小径が見つからずに苦労した。行ったり来たりして登り口を見つけるのに30分以上かかった。小径がありはしたが、ほとんど獣道のようなところであった。ただ、その周囲だけ道が広くなっていたので、そこが登山道の入り口であることは推測できた。
小径を歩いて行ったが、木々が鬱蒼としており遠目には紅葉しているものの、下から見上げるとただの黒い葉にしか見えなかった。登山道があるのだからそのうちに開けた場所に出るだろうと思い歩き続けたが、なかなか開けた場所には出なかった。シャーロットは特に紅葉には興味がないので、楽しそうに何かの匂いを嗅ぎつけては小径を外れ、また戻ってくるという行為を繰り返していた。確かにクマが出てもおかしくない風情ではあった。かなりの時間を単なる山歩きに消費して、やっと少し開けたところにでた。そこから見下ろすとあたり一面が紅葉しており、とてもきれいだった。そこで弁当を食べ、少し休憩した。それまでの時間を考えると、もう下山した方が良さそうであった。道沿いに上がってきただけなので迷うことはないと思われたが、山道を暗い中歩くのは躊躇われた。
昼食が終わり下山し始めた。相変わらずシャーロットは小径から外れたり、前を歩いたり、後ろを歩いたりと楽しそうにしていた。異変はそのとき起こった。滅多に吠えないシャーロットが吠え始めた。イタチでも捕まえて小便をかけられたのかとも思ったが、なかなか泣き止まないので念のために持ってきていたハンティング・ナイフをリュックから取り出し、クマにでも襲われていたら困るので湊川には小径で待っておくように伝えて見に行った。小径から五十メートルほど離れたところでシャーロットを見つけた。シャーロットが対峙していたのはよく太ったメスのイノシシだった。
「れな、来てみ」
有情は大きな声で言った。
「どないしたん、大丈夫?」
「問題ない、右に50mほどあがったとこや」
「わかった」
すぐに湊川がやってきた。
「あっ、豚や」
「ちゃう、これはイノシシや。反対側から水音聞こえてたよな」
「うん、沢があるで」
「違法やし、熟成出来てないから美味いかどうか分からんけど、今晩猪鍋食いたないか?冷凍やないの」
「せやけど、どうやって持って帰るん?」
「下までは俺が担いで持って降りる。どうせこれから登ってくる人もおらんやろし、車に乗せたらあとはバレへんやろ。申し訳ないけど、罪はシャーロットに被ってもらう」
「宿の人にはなんて言うん?」
「突然襲ってきて、シャーロットが反射的に殺したって言う」
「シャーロット、気の毒ぅ」
と言いながらも湊川は乗り気だった。
「れなが命令して」
「わかった。シャーロット、ピティライアシス。右、対象物。攻撃用意。かかれ」
シャーロットは命令通り攻撃体制を取り、右に向いて少し前進し、一気に攻撃を仕掛け、イノシシの左耳を噛んで押さえた。すぐに有情がイノシシの右後足を掴んで引っ張ると瞬く間に持っていたハンティング・ナイフを右側の肋間から心臓に突き刺した。
「レミッシオ、レミッシオ。カムバックヒア」
すぐに湊川は攻撃中止の命令を下した。有情はA国でしたのと同様内臓を全部取り出し、草むらの中に投げ捨てた。
有情は手に着いた血をシャーロットになすりつけ、山から引きずりおろし、小径の反対側の沢に浸けた。
「なんで洗うん?」
湊川が聞いた。
「洗てるわけや無いよ。冷やしてんねん」
「なんで?」
「イノシシはまず冷やさんと熟成がうまくいかんのや。宿に電話してうまい事言うといてや」
「シャーロットが殺したことにしとけばええんやな?」
「そうなんやから仕方ない。見てみ血だらけや」
「そのようやな」
湊川は宿に電話して、上手に嘘をついた。
曰く、登山道の横でシャーロットがイノシシと出くわし、驚いたイノシシが襲ってきた。シャーロットも必死だったので見ていること以外に何もできず殺してしまったと。宿の人も
「捨てて帰っても勿体無いから、可能なら持って帰って欲しい。状態を見て廃棄するか、食べるか決める」
とのことだった。
イノシシが十分冷えるまで有情と湊川とシャーロットは小径の脇の岩の上でタバコを吸ったり、持ってきたジュースを飲んだりして過ごした。十分に冷えた頃を見計らって有情はきれいに手を洗い、リュックの中からロープを取り出し、適当な長さに切ってイノシシの左右の前足と後ろ足を括って、その間に腕を通し背中に担いだ。小道を下って車を止めたところまで降りてきてトランクを開け、イノシシを放り込み、シャーロットを乗せた。
宿に着くとオーナー夫婦が出てきて、トランクから降りてきた血だらけのシャーロットを見て
「シャーロット君、大丈夫。洗わないといけないねぇ」
と言った。
「ところでイノシシは持ってこられましたか?」
「はい、トランクルームに積んであります。出しましょうか?」
有情が言うと
「汚れるといけないので、私がします」
と言って主人がイノシシを引っ張り出して、一瞬驚いたような顔をして聞いてきた。
「ご主人は猟をされるんですか?」
「いや、狩猟はしません。銃は撃ちますが、クレー射撃だけです」
「私も冬場は狩猟をしますが、こんなにきれいに処理された獲物は見たことがありません。どこで覚えたんですか?」
「一応、医者なんで」
と適当に答えておいた。
「ところでこれって今晩食べられますか?」
「本来なら数日熟成した方が美味しいのですが、食べられますよ。ちょっと硬いかもしれませんが」
「じゃあ、ぜひ猪鍋にしてください。別料金はお支払いしますので」
「そんなのいいですよ。全部食べられるわけでもありませんし。残りはこちらで食用にしますので」
「ありがとうございます」
二人はゆっくり風呂に入り、疲れを癒した。今日はシャーロットも連れて行っても構わないと言われ、シャーロットもシャンプーできれいに血液の汚れを落とした。
その日の夕食は少し遅くなったが、ちゃんと猪鍋が出てきた。A国の豚とは異なり、よく油の乗った肉だった。出汁は白味噌で特製とのことであった。宿の主人が射撃の専門誌を持ってきて、国体の近畿予選のページを開いて
「珍しい名前なので目に留まったのですが、このウジョウマサナリさんというのはあなたのことですか?」
と聞かれた。
湊川の手前
「たまたまでしょう。そんなに上手ではありませんよ」
と答えた。
湊川が席を外した時に、実はそうであるが、「妻」にはまだ言ってないので黙っておいてほしい、と耳打ちした。
「猟期以外にはクレー射撃に行くけどなかなか高得点が出ないので、機会があれば一度コーチしてほしい」
と言われたが
「それはちょっと難しいと思いますよ。理由はれなに聞いてみてください。ただし、近畿大会の件はくれぐれも内緒にしておいてくださいね」
と答えた。
宿の主人は湊川が戻ってきたときに
「ご主人に一度クレー射撃をコーチしてほしいと頼んだのですが、断られました。理由は奥様に聞けと言われましたが、どうしてなのですか?」
と尋ねた。
「あぁ、それはやめておいた方がいいですよ。この人は人に物を教える方法を知らないんです。以前、海外でスキート射撃を教えてもらったことがありますが、てんでダメで、わざわざお金を払って地元のコーチに教えてもらいました。フライフィッシングでもそうです。全く教え方がなっていなくて全然上手になりませんでした」
「本人はどれくらい上手なんですか?」
「スキート射撃は海外で一回行っただけだし、フライフィッシングも家の近所の川に連れて行ってもらっただけなのではっきりとはわかりません。本人は二回だけしか投げませんでした。射撃場には週に三〜四回は行っていると思いますが、目の前で見たのは海外に行った時だけです。その時はほとんど当てていました」
「ぜひご一緒させていただきたいです」
「近所に射撃場があるのならば、明日の朝一の帰る前一緒に行かれてはいかがですか?許可証は常に持ち歩いているはずですよ」
「貸出用の銃あるかな」
と言って宿の主人は本当に射撃場に電話をした。
知り合いのようだった。送話口をおさえて
「ご主人はトラップでも大丈夫ですか?」
と聞いてきたので
「元々はトラップ射撃だったと聞いています」
と湊川が答えた。
「れな、勝手に決めんといてくれ。残弾がない」
有情は言った。
湊川は勝手に有情のサコッシュを開けて、譲受許可証を見た。残弾は六百発になっていた。
「親切にしてくれてるのに嘘はいかんな」
と言われた。
そして宿の主人に残弾六百発許可が残っていると伝えた。
「トラップ銃なら貸出用があるそうなので、ぜひ行きましょう。私はトラップです」
と言われ、断る理由も無くなってしまった。
宿の主人はロッカーから自分の銃を出してきて有情に見せた。旧式ではあったものの丁寧に手入れがされていてきれいな銃だった。如何せん狩猟用のためグリップの部分が寝ていて標的射撃向きではなかった。それでもチョークをトラップ用に交換し始めたので行かざるを得なくなってしまった。
猪鍋を食べ終わり部屋に戻ると案の定、有情は、トラップは目が見えんようになったからやめただの、今日はイノシシを担いで腰が痛いだの、耳栓がないだのぐずぐず言った。
「もう、うっとうしいな。運転用のメガネかけたらええやろ。腰が痛いのはしょうがないけど、耳栓は後部座席に箱ごと載ってたがな」
「せやけど、人に見られながら撃つんはあんまり好きやないんや」
「仕方ないやろ。なんでか知らんけど、ご主人乗り気やったし」
「自分がいらんこと言うからやないか。残弾ない言うたらしまいやろな」
「いつも嘘つくな言うやないの」
「それは俺に対してや。他の人にはなんぼ言うても構わん」
「あんな人の良さそうなおじさんによう嘘つかんわ」
「そらまぁ、そうやけど。すごい下手くそやったらどないすんねん」
「あんたは好きなように撃ったらええがな」
「せやかてアドバイスしろとか言われても困るし」
「そら確かに困るな」
と言って湊川は笑った。
翌朝、朝9時に射撃場に向かった。宿の奥さんも猟をするようで、奥さんも銃を持って一緒についてきた。湊川も一人で宿にいても仕方ないのでこれまたついてきた。シャーロットを一人で置いておくのも気の毒だったので連れて行った。
金曜日の朝一の射撃場には管理人以外は誰もいなかった。きれいに整備された射撃場でトラップとスキート一面ずつあった。弾を二十五発買い、銃を借りると使い慣れたミロクのトラップ銃だった。湊川はシャーロットが音を怖がるといけないと言ってちょっと離れたところにつなぎ行った。
「初めての射撃場なので宮本さんが先に撃ってください。お二人の後で私が撃ちます」
「いいですよ。私、妻、そして有情さんの順でいきましょう」
といことで有情は3番射台に入った。
トラップ射撃はスキートとは異なり、撃つ方向が同じなので5人が同時に並んで撃つ形になる。待機の一人を合わせると最大で六人で撃つ。
「お願いします」
と主人は言った。
スキートではクレーピジョンが0〜3秒のいつ発射されるかがわからないので、呼吸もいつ出てもいいように整えておかなければならなかったが、トラップにはそれがない。コールするとクレーピジョンは右方向に出ていった。主人はよく狙ってからクレーピジョンを破壊した。奥さんも初弾から命中させていた。ただ、狙いすぎの傾向はあった。トラップは発射台から遠方に向かって飛んでいくので、早めに撃った方が当たりやすい。有情はコールして発射されてから方向を見極めるとすぐに撃った。スキートの時の癖で二十五発しか弾は買わなかったが、そういえばトラップは二の矢が撃てることを思い出した。しかし、その必要はなかった。全弾当てることができた。宮本夫婦も二の矢は撃つことはあったが二十枚以上は当てていた。
「もう一ラウンドしましょう」
と言われて、家に着くのが遅くなりそうだったが、湊川もまだシャーロットとどこかにいるようなので、仕方なくもう一ラウンドすることにした。十発ぐらい撃ったところで湊川が帰ってきた。シャーロットも連れてきていた。あまり音を怖がらないとのことで連れてきたようだった。湊川が見にきたことで何故か有情は緊張し、一発外した。一発しか装填してなかったので二の矢は撃てなかった。宮本夫妻は似たようなものだった。アドバイスを求められたが、いろいろなことを言うと帰って混乱を招くと思い、もう少し早めに撃った方がいいとだけ伝えた。
湊川にどうだったかと聞かれ、シャーロットが見にきたから一発だけ外したと伝え、宮本夫妻も決して下手くそではなく、かなり上手だとも伝えた。かくして意外な場所でのトラップ射撃も終わり、宮本夫妻も満足そうだった。
帰り際に宿のご主人にあのイノシシは本当にシャーロットが噛み殺したのかと聞かれた。そうだと答えたが、どうも真相はわかっているようではあった。そもそもシャーロットが噛み殺しのなら右の肋間に刺し傷なないはずであった。
「今度は冬に来てください。一緒にハンティングもしましょう。スキート銃ならスラッグも撃てるでしょう。いずれにせよ有情さんのスキートを見てみたいので今度はぜひ銃を持ってきてください。保管庫はうちにあるので大丈夫です」
と言われた。
「ハンティングはともかくとして、また寄せていただきますよ。ありがとうございました」
と言って辞去した。
帰り道、湊川とシャーロットは寝ており、有情も眠気を堪えるのが大変だった。
土日はゆっくりしようと有情は決めていたが、湊川はららぽーとで冬物の服を買いたいと言った。腰が痛いからシャーロットの散歩以外は外に出たくないとか、衆目の前で射撃をしたから疲れたとか、長時間のドライブをした上に買い物に行くのはもってのほかとか色々言い訳をしたが、日曜はそれでいいからと土曜の午後遅めに万博中央までモノレールに乗って行った。駅までの道中もモノレールに乗ってからも有情に、老人をこき使うやら、今日、明日は家でゆっくりしたかったやら、人の多いところには行きたくないやら、散々言われて湊川は辟易した。その上、老人に服まで買わせて金まで持っていかれるとまで言われ
「ちょっと、しつこいで。明日は私が作ったるから、今日は付き合ってや」
と言ったら
「れなのつくったもん食うぐらいならピザとる方がましや」
とまで言われた。
着いたら着いたで有情もモンベルに行ったり、以前に湊川のブーツを買った店やユニクロを物色して、射撃用の服と通勤用のシャツとジャケットを買っていた。湊川は真っ直ぐにパタゴニアに行きシャツ3着とチノパン、そしてレディースショップに行って通勤用の服も買った。こういう時に一番問題になるのが湊川の靴であった。普通、女性物の靴屋では25.5cmというサイズは売っていない。結局その日も合ったサイズの靴がなく、梅田のLLサイズのショップで買うからと、ぐずぐず言った罰だと言って有情のカードを一枚抜き取って、自分の財布にしまった。その後、二人は夕食に蕎麦を食べて彩都の家に戻った。
有情がシャワーを浴びて出てくると湊川とシャーロットが一つのベッドで寝ていた。シャーロットは一旦降りようとしたが、有情が制止してそのまま寝かせてやった。湊川は相変わらずベッドの真ん中で上を向いて大口を開けて寝ていた。有情は自分の陰毛を鷲掴みにして数本抜いてはそっとその口の中に入れた。それを何回か繰り返し、十五本くらい入れた。起きる様子は全くなかった。朝方、有情がシャーロットを散歩に行くときに目を覚まして、シャーロットの毛が口に入ったと言っていた。知ったところでたいして怒りもしないだろうが、知らぬが仏というのはまさにこのことであった。




