20 梟(ふくろう)
三日目の朝食は遅めに摂った。その日はハンティングはせず、ゆっくり釣りをする予定にしていた。
「昨日はびっくりしたで。一番びっくりしてたんはスタンやったけどな。一の矢でほんまに絶命してなかったらなかなかやるなぁ」
「先生には嘘はつかんよ。一回嘘ついたら、それつくろうためにまた嘘言わないかんやろ。そんなん途中で忘れてまうわ。しかも、先生はそれを覚えてるやん。タチ悪いからな」
「タチ悪いて覚えてるんは仕方ないがな。れなかてたいがい覚えてるやないか」
「まぁな、天才やからな」
実のところ湊川のIQも130以上あったが、それはあくまで「言っていない」だけで「嘘をついている」わけではなかった。お互いの得意分野が異なるので、単に知っていることの内容が異なるだけであった。
「今日はフライフィッシングやなしにルアーフィッシングやから簡単に飛ばせるようになるよ」
「いやぁ、フライフィッシングかて上手な人に習うたら上手なる思うけどな」
「俺のフライが下手くそみたいやな」
「しょうもないことで偏屈なりないな。教え方がやがな」
「冬なったらいっぺん嵐山行こか。あんまりきれいな水やないねんけどな、キャスティング教室やってて、しかも桟橋やから楽やで。ほんで帰りにでも湯豆腐でも食おや」
「そらよさそやけど、こんな暑いとこで湯豆腐の話せんといてや。よけ暑なるわ」
「大阪のオバハンみたいな発言やな」
「失礼やな、大阪のオネェちゃんや」
「せや、八月の話やけどな、八月の十九日から二十二日までちょっと用事があってな。その前も集中したいから、休み取るんやったらそれ以降にしてくれるか?」
「なんやの、そんな先の話。来月と八月は私も忙しいから全然ええよ。何するん?」
「今は教えられへん」
「ほないつ教えてくれるんよ?」
「まぁ、年末ぐらいかな」
「約束やで」
「わかってるがな。心配しぃな、おかしなことやあらへん」
いつもの四駆で桟橋まで行くとボートが係留してあった。ダーウィンで乗ったような大きなものではなく、遊園地や公園の貸しボートに小さな船外機がつけてある簡素なものだった。
『えっ、これ』
『No problem. これじゃないと浅いところや狭いクリークに入れない』
『何で拳銃?』
『万が一、クロコダイルに襲われた時のためだ』
『帰ってきたられなに撃たせてやってくれる?』
『それは構わないよ。最初に撃ったところでやろう』
『前にアメリカに行ったときに撃てなかった』
『他にもあるから持ってくるよ』
『ありがとう』
『注意することは一つだけだ。釣りをしている最中に絶対手を水の中に入れないこと』
『何で?』
湊川は聞いた。
『だからクロコダイルに襲われないためだ。じきにわかる。手が汚れたらバケツで水を汲むからそれで洗ってくれ』
ボートは桟橋を離れ、濁った水の上をゆっくり進んだ。
『ほら、あそこを見ろ。白骨があるだろう』
『ハンティングでとった動物かな?』
『違う、あれは野生の馬だ。誰も撃ちはしない。クロコダイルに食べられた』
『馬を食べるほど大きいの?』
『大きいのは7〜8mあるよ』
まさに板子一枚下は地獄のようであった。
「なぁ、先生。これどないして放ったらええの?」
「ああ、この棒を右手の中指と薬指の間に挟んでやな。ほいでこの輪っかみたいな意をこないするやろ。あとはこないして、こうや」
ルアーは30ヤードほど飛んでいった。
「やってみ」
「はぁ、それでわかる訳ないやん。もうええわ、スタンに聞く」
と言っていろいろと説明を受けていた。
ルラーフィッシングでは竿の反発力を使ってルアーを飛ばす。従って単に投げるだけならラインを鞭のように操って飛ばすフライフィッシングよりは簡単だった。数回投げると湊川のそれなりに飛ばせるようになった。
『なんか引っ掛かった』
『A fish is on』
『リールが巻けない』
『ポンピングしないと』
『何それ?』
『引っ張って、竿を倒して、倒しながらリール巻いたらいいよ』有情が言った。
『何て?』
横からスタンがポンピングの仕方をちゃんと竿を掴んで教えてくれた。
「あんた、ほんまに役立たずやな。ようそんなんで人に仕事教えられんなぁ」
「いや、教えへんで」
「聞かれたらどうしてんのよ?」
「そら簡単や。他の人に聞け言うだけやがな」
「ええ加減やな、呆れるわ」
「ええから釣りに集中しぃや。逃がすで」
しばらくの格闘のあと湊川は魚を釣り上げ、スタンが手網ですくった。
『Black bream』
スタンがそういった。
しかし、釣れた魚は日本でいうクロダイとは概ね形状は似てはいるものの、色は日本のそれが銀色に近い色をしているのに対して、どちらかといえばコイに近い黒色であった。ただ、遊泳力は強く重さもあるので、釣る分には楽しそうではあった。
『初日のバービーで食べたのがこれやで』
『なんかちょっと気持ち悪いな』
『でも体高が高くて太ってるから引は強かったやろ?』
『そらまぁ、そうやったけど。ニジマスのほうがきれいでええわ』
『ニジマスはここにはおらんわ』
『それは放してバラマンディ早よ釣り。フィッシュ・アンド・チップスにして食べたら美味しいで』
『まぁ、やってみるわ。投げるの簡単やし』
そう言ってキャストを繰り返したが、結局、釣れたのは大小の差はあったが「black bream」だけだった。
その夜、二人はダイニング前の広場に立つライトのところでやっとフクロウを見た。餌を求め夜空を羽ばたいたり、時に滑空したりする姿はとても美しかった。
四日目は2日目よりもやや小さい牙の豚を湊川が撃った。横からの射撃だったので難なく心臓を破壊し、四、五歩歩いて絶命した。最終日は朝方、再度早朝の豚小屋付近を探索したが、そのときは雌豚さえおらず、カンガルーとワラビーを観察するに終わった。帰り道のランドローバーでほんの45分くらい有情は助手席に座ることを許された。初日、湊川がミスをしたことに対するカバーのお礼とのことだった。




