14 羊歯(しだ)
6月と7月は湊川が次の企画が忙しかったのと雨が多かったので、有情はほとんど病院の往復とシャーロットの散歩以外のことはしなかった。8月もお盆休みがあるため湊川はあまり時間が取れず、お互い会うのは仕事帰りに湊川が有情の家にやってきた三回だけだった。9月に入ってもシルバーウィークがあり、湊川は仕事に追われる生活をしているようだった。10月に入ってやっとまとまった休みが取れるとのことだったため、N国に旅行に行くことにした。
N国はF国のさらに南にある国で日本の2/3ほどの面積に五百万人の多様な民族が住んでいた。面積の割に人口が少ないこともあり、ごく都心部以外では自然が多くあり、ハンティングやフライフィッシングで有名である。また、重工業がないため月がなければ星がとてもきれいに見える。今回はネルソンでレンタカーを借り、カイコウラでロブスターを食べて、メスベンで一泊し、テカポ湖を経由してクック山に行きそこで一泊、クイーンズタウンまで行って一泊、クイーンズタウンから空路Aランドにとび最後の夜を過ごし、帰阪する予定にしていた。本当は東海岸をドライブして戻る方がより楽しめるのだが、日程的に無理があった。
有情はあまり金銭的な余裕がなかったので、ビジネスクラスは諦め、プレミアムエコか、エコのスカイカウチ席で行こうと湊川に告げた。どう違うのかと湊川に聞かれ、説明に困った。有情はN国に行くときはビジネスクラス以外使ったことがなかったからだ。とりあえず写真を見せて、プレミアムエコノミーは各々の席がエコノミーより広く、スカイカウチは三席必要だが二人で添い寝ができるというと二つ返事でスカイカウチにすると言った。
前回と同様、千里中央で待ち合わせしようともったが、湊川にすれば桃山台から一旦山側に行ってから大阪方面に行くというのも二度手間であったので、新大阪で待ち合わせにするかと聞いてはみたが、千里中央がいいと言われた。関空発のAランド行きは夜便である。二人はまた蕎麦を食べた。ビジネスクラスではフルコースで食事が出てくるが、エコノミーではおそらくワンプレートメニューだろうと思われたので少し多めに食べておいた。休みに時期ではなかったのでまた飛行機は空いていた。離陸してすぐに食事が運ばれてきたが、案の定ワンプレートメニューで、その上蕎麦を食べた後だったので食べ切るとお腹がパンパンになってしまった。また人数に対してトイレの数が限られているので歯を磨きに行くのもしばらく待たなければならなかった。歯を磨いて戻るとちょうどキャビンアテンダントがカウチをしつらえているところだった。湊川は楽しそうにそれを見ていた。一緒に寝られるよと言っていたが、いざ寝るとなると湊川が真ん中に寄ってくるので、結局端の方に追いやられ窮屈な姿勢を強いられることになった。目が覚めるとすぐに朝食が運ばれてきたが、量が少なくて助かった。そして飛行機はAランド国際空港に着陸した。全くの観光旅行だった上に湊川にはN国は税関がうるさいからタバコは2箱までとか、食べ物は持ってくるなとか色々伝えていたため、なんなく通過できた。ネルソン行きの飛行機の時間まではしばらくあったが、街中に出ていくほどの余裕はなく、しばらく空港で過ごすことになった。有情も国際線に喫煙所があるのは知っていたが、国内線にあるかどうかはわからなかった。もちろん空港の外には何箇所か喫煙場所は設置されていた。
N国には名前はヒーツといったが、アイコスに刺して吸うヒートスティックが売られていた。ただ、行き先がほぼ田舎なのでAランドの空港で多めに仕入れておいた方が良い。有情はまずその旨を湊川に伝えてヒーツを多めに仕入れた。さすがにこの短い滞在で15箱は消費することはないと思ったが、途中で無くなると嫌だったので15箱買うと日本円で2万円ぐらいかかった。二箱しか持ってくるのを許さず、国内でたくさん税金のかかった高いタバコを買わすというのはどうかとは思ったが、それを言っても仕方ない。湊川は長い時間の禁煙で早くタバコを吸いたそうにしていたので、国内線と反対方向にあるよく職員やエアクルーが使っている喫煙所で座ってタバコを吸った。たった13時間ほどの禁煙ではあったが、煙を吸い込むと少しクラクラした。Aランド空港は国際線と国際線がかなり離れているので、シャトルバスで移動した。チェックインを済ませ搭乗口に行く前に、念の為、もう一度タバコを吸って待合室に移ったが、まだ2時間半以上待ち時間があった。有情は持ってきた本を読みながらうとうとと眠ってしまった。湊川も釣られて眠っていたようだった。やがて搭乗のコールがあり、再び機内の人となったが、双発の小さなプロペラ機だったためネルソンに着くまでに1時間半以上かかり、着いたのは午後1時前だった。レンタカーを借り、ナビをセットした。オーストラリア訛りの英語で案内された。国道6号線を南西方向に進み、国道1号線に当たると右折して、最初の目的地であるカイコウラに向かった。カイコウラは瀟洒な町ではあったが、少し前にあった地震の傷跡がまだ残っていた。町で遅い昼食がわりにロブスターをたくさん食べた。道すがら海岸通りを走っているとアザラシが岩の上でたくさん休憩していた。
「何あれ?」
「アザラシや。この辺にようけおるねん」
「ちょっと止めてよ。よう見たい」
彼らはほとんど動くことなく休憩しているように見えた。
「もっとそばに寄られへんの?」
「よれんことはないと思うけど、保護区になってるし、あんまりそばまで行ったらあいつらかて野生やから、いきなり襲てくるかもしれんで」
「とりあえずどっかよう見えるところに止めてよ」
と再度言われ路側帯の広くなっている部分に車を止めた。
湊川はしばらくアザラシの様子を見ていたようだが、
「全然動けへん。次行こ」
と言った。
あくまで野生のアザラシである。観光客が喜ぶような芸などは見せるはずがない。
ほとんど車の走っていない海岸通りは気持ち良かったが、道は内陸部に入り周囲には広大な農場が広がった。
「もうちょっと走ったらワインヤードがあるから試飲でもさせてもろたらどうや」
というと
「ほんま、楽しみ」
と言っていたが、あまり長時間滞在させるとたくさん飲むのではないかと少し心配になった。
しばらく走ると牧草地帯の中に灌木が植えられている場所があり、あれが葡萄畑だと有情は言った。
「どっかに試飲させてくれるところがあるはずやから」
ワイパラを超えて少し行くとワイパラ・ヒルズという看板が見えたのでそこに寄ってみることにした。
N国は気候が涼しい上に比較的乾燥しているのでワインを醸造する地域は多数ある。日本で有名なところは北島ではホークスベイやベイオブプレンティ、南島ではマルボローや有情たちのいるワイパラが店頭で見かけることが多い。全てのワイナリーが試飲をさせているわけではないが、それをしているところも多い。
とりあえず有情は看板にある番号に電話して試飲ができるか確認するように言ったらOKとのことであった。有情は車だからとソビニオン・ブランを一杯だけ飲んだが、予想通り湊川はいくつもの銘柄を飲み、ダイニングで何か少し食べようと言った。
「今日はまだこれからメスベンまで走らないといけないから」
とか
「向こうに行ってもカンタベリーのワインがあるから」
などと宥めすかして、気に入った赤白一本ずつを買ってワイナリーを出た。
「もう、人が気分よう飲んでるのに」
「輸入食品課の人やったらテイスティングとがぶ飲みは違うと知ってるはずやけどなぁ」
「だって次から次に出してくるんやもん」
「まだ2時間ぐらい運転せな着けへんねやから」
「メスベンってどんなとこ?」
「スキー場の街。冬場は北半球からくるスキーヤーやらスノーボーダーがようけおるけど、この時期は静かな田舎町」
「そうなんや」
などと言っているうちに湊川はすやすやと眠ってしまった。
「着いたで。よだれ出てる」
有情に言われ湊川は口の周りを手で拭いて。
「出てへんやんか」
「あんまりよう寝てたから。チェックインして飯食いに行こ」
こじんまりした宿で宿泊客も少なかった。
「ここが街の中心なん?」
「まぁ、ほぼ中心かな」
「すごい田舎」
「都心部以外はこんな感じやで」
「ご飯食べるとこあるん?」
「あるある。ここでも食べられるし、そこの茶色い建物の一階がパブになってる」
「あっ、そこ行ってみたい」
「ええよ。とりあえず荷物解いて着替えてから行こ」
「わかった」
結局、二人はブラウンパブに行くことになった。スキーシーズンにはどこも開店していたが、この時期になると確認してみないとどこが開いているかわからないし、有情がいた頃からだいぶ経っているのでおそらく店も入れ替わっているだろう。ただ、ここブラウンパブと向かいのブルーパブは健在だった。中に入ると店はそれなりに混んではいたが、概ね地元の人という感じだった。有情はテンダーロインステーキを注文することにし、湊川がそれなら自分はサーロインステーキを頼むと言った。
「れな、日本のサーロインステーキを想像したらあかんで」
「どうちゃうん?」
「日本とかアメリカはグレインフェッドやけど、ここのは完璧なグラスフェッドやから全くサシは入ってへんし、脂身と赤身の間の筋がすごい硬いで」
「まぁ、そやな」
輸入食品課だけあってすぐに理解してくれた。
「ほな、フィッシュ・アンド・チップスにしょうかな」
「そうし、まぁ、分けて食べよや」
二人はウェートレスを呼んでビールとそれぞれ料理を注文した。肉の焼き方はと聞かれ、有情は躊躇いなくブルーと言った。
「ええよな、れな」
「うん、ええで」
このとき千里中央で初めて食事をした時も有情がブルーと注文して、これは少し焼きすぎだなと言っていたことを思い出していた。自分はレアと言ったが、それとあまり変わりがなかったような気がした記憶があった。やがてビールが運ばれてきた。
「Cheers れな」
「Cheers 二回目やね、海外旅行」
「会うてからもう半年やで。早いもんやな。れな、仕事は順調か?」
「うん、大丈夫。先生は?」
「俺、まだ満射でーへんわ」
「そっち?」
湊川は少し不思議に思った。この人は得手不得手があるものの、どんなことにも割りと深い知識は持っているのに、なぜ自分の仕事の話になると話を逸らしたり、守秘義務が生じるような内容でもないのに話さなかったりすることがあるのか。何の為に湊川の仕事には協力的で的確なアドバイスをしてくれるのか。なぜそれを自分の仕事に生かそうとしないのか。精神保健指定医の講習を受けているのに、なぜそれを取ろうとしないのか。そんなことを考えているうちにステーキとフィッシュ・アンド・チップスが運ばれてきた。有情は湊川がそんなことを考えていたなど全くわからなかったのでステーキに切れ目を入れ
「ほら、これがほんまのブルーや」
と言った。
周囲は焼けているのに中は全くの生の状態だった。
「えー、生やんこれ」
「これぐらいがちょうどええ。前にロウ(Raw)言うたら断られたから、それ以来ブルーいうことにしてんねん」
と気楽なことを言った。
湊川も有情の仕事のことに言及してもあまり意味がないとわかっていたので
「そいで、明日はどこ連れてってくれるん?」
と聞いた。
「明日はテカポ湖行って、そっからヘリ乗ってクック山見に行く」
「ヘリて初めてやわ。楽しみや」
「まぁ、今回はそんなことないやろけど、前ここで乗った時はすごい酔うたで」
翌日はロッジで朝食は用意されてはいたものの、シリアルと牛乳やヨーグルト、飲み物だけのコールド・ブレックファーストだったので、大きな交差点を挟んで前日行ったブラウンパブの斜向かいにあるカフェに行き朝食を取った。テカポ湖までは3時間以上かかるので、8時過ぎにメスベンを出て、アシュバートンを通過し、ティマルの手前で国道8号線を少し逆行する感じで東に向かった。景色はあくまで牧草地が広がるだけの緑の中を走るだけだった。途中で子羊を連れた羊がたくさんいる場所があった。
「かわいい、子羊」
湊川は言った。
「残念な話やけど、あれはクリスマス・ラムや。クリスマスの定番料理や」
有情は事実をそのまま伝えた。
「ふーん。クリスマスにはたくさんの人が食べるの?」
「食べると思うで」
「そうなんや」
と割と冷静に答えた。
二人は昼前にテカポ湖についた。透明な水を想像していた湊川にとってターコイズブルーの湖水は意外だった。
「何でこんな色してるん?」
「詳しくは知らんけど、氷河が削った地層の色やと思う」
「もっとブルーとか緑色かと思てた」
そういうと有情は湖畔まで連れて行き
「全体的に見るとケミカルな色かもしれんけど、そばで見たら澄んでるんやで」
「ほんまや、透き通ってる」
「ヘリの時間までちょっと時間あるから散歩でもしてみる?」
有情はそう言い遊歩道へ湊川を誘った。
途中、小さな教会がありそこの窓からテカポ湖のターコイズの水面が見えとてもきれいだった。展望台を経てさらに歩を進めると犬の銅像が立っていた。
「シャーロットがおる」
湊川はそう言って興味深そうに眺めていた。
実際のところシャーロットとは全く違う牧羊犬の銅像であったが、似てはいたので有情は
「確かに似てるな」
と答えておいた。
昼食を済ませヘリポート兼空港に向かった。テカポ湖からクック山までは陸路で行くとアオラキまで行ってまた戻ってこないといけないが、ヘリを使えば比較的すぐに行ける。短期間の旅程だったので多少の出費は仕方ないし、ヘリなら降りたいところに着陸できる。二人はヘリに乗り込みイヤーマフを着けた。イヤーマフにはマイクもついており、パイロットを含めエンジンの轟音を聞かずに会話ができた。ヘリは低空でテカポ湖上空をしばらく飛び、テカポ・アイランド付近で高度をあげた。ターコイズブルーの中に楕円形の緑に覆われた島が現れた。
「Lake Tekapo Island」(テカポアイランドです)
パイロットが言った。
「Yeah. Beautiful, eh?」(きれいね)
「Yes, indeed」(もちろん)
「You’ll see snow soon」(すぐに雪が見えますよ)
「In October?」(十月に?)
などと話しているうちに遠くに冠雪した山が見えてきた。
『』英語です
『ところで私はヘリに乗るのは今日が初めてなんですが、すごく快適な乗り心地ですね。たとえばヘリに乗って酔う時ってどんなときですか?』『』英語です
『天気が悪い日に飛べば揺れますよ』
『天気が悪かったの?』
『いや、いい天気だったよ』
有情が答えた。
『他にどんな時がありますか?』
『そうですね、例えば戦闘ヘリ、コブラなんかに乗って、実際に戦闘が行われたら酔うと思います』
『それはないと思います。メスベンでって言ってましたから』
『ご主人は狩りをしますか?』
『今はしていません。ヘリで狩りをすることがあるんですか?』
『あります。高山地帯にマウンテン・ゴートがいます。時間的な余裕がなかったり、体力に自信がなかったりするような場合は生息場所までヘリで行って獲物を探します。その時は機首を山肌に向けて上下に動きますし、頻繁に方向転換をするので酔う人もいます』
『マウント・クック周辺にもマウンテン・ゴートはいますか?』
『いると思いますよ』
『とても見たいので、いそうなところがあったら探してもらえますか?』
と湊川は有情を見て舌をちょこっと出した。
『NO, no way. I’ve swom never do it again』(無理、無理、二度とせんと決めたんやから)
有情が大きな声で言った。
『Just joking, hon』(冗談よ、ハニー)
湊川は笑った。
ヘリは見晴らしのいい誰もいない尾根に着陸し、二人は季節外れの雪と絶景を楽しんだ。帰路につくと3人はすっかり打ち解けて、先日グァムに行った話や湊川がどんな仕事をしているか、今回が二人で来る二回目の海外旅行だ、などを話した。
ヘリから降りつときにパイロットから、ご主人の方は変わった訛りがあるけど、あなたはきれいな英語を話す、どこからきたのかと問われ、日本からですと答えると、一言も日本語を話さない日本人は初めてだ、と言われた。
夕暮れまでまだ少し時間があったので有情は
「この先に水力発電所の取水口につながる水路があって、ごっついマスがおるねん。行ってみぃへんか?」
と言った。鮭の養殖場があって、こぼれた餌を食べて巨大化したマスがいるとのことだった。
「釣れるの?」
「道具が借りれたら釣れはすると思うけど。産卵期過ぎてるから大きいのは無理かも」
「とりあえず行ってみよ」
「わかった」
と言って有情は車を少し西に走らせると、いかにも人工的な水路が見えてきた。釣具は近くのサービスステーションで借りることができたが、簡素なルアーロッドと3〜4個のスプーンがあるだけだった。
フィッシングライセンスも二人分そこで購入した。マスは釣れるには釣れたが、30cmくらいのニジマスだけだった。寒くなってきたので帰ろうとした時に少し離れたところで巨大なマスが跳ねた。まるでイルカのジャンプを見るようだった。
ロッジで夕食を食べながら湊川は有情に聞いた。
「ヘリハンティングそんなに嫌やったん?」
「いや、全然嫌やないよ。自分が撃ったわけやないんやけど、ハンティング自体はすごいスリルがあって面白かった。ただ、さっきも言うてたようにまず獲物探すのに山肌に向いて上下に動くねん。そいでおったら距離縮めるために急転回するもんやからごっつい酔うてゲロ吐いた」
湊川はケラケラ笑った。
「今度私も連れてってよ」
「ハンティングにならまた今度連れて行ってもええけど、ヘリハンティングはいやや」
「普通のハンティングも面白いん?」
「もちろん面白いで。せやけどライフルとかショットガン使うからどうしてもこっちに分があるし、撃ってしもたら全部は無理にせよ多少は食うて供養せなあかん。狙うんがツノの生えたオスやから硬うて臭いんや。ナイフを使ってする豚狩りはちょっとしんどいけど、それが一番迫力あってええ。豚肉やからそれになりにうまいし」
食事が終わり、一旦部屋に戻り夜がふけてから有情がちょっと散歩に行くから暖かい服を着るように言った。昼間に行った教会のあたりまで行き
「空見てみ」
と言われ湊川は空を見上げた。
「うわっ!」
としか声が出なかった。
次の日はクイーンズタウンまでの3時間ちょっとのドライブだった。クイーンズタウンはN国南島の南のほうにある観光地で訪れる観光客も多い。ジェットボートでの川下りやラフティング、バンジージャンプなど色々と楽しめるアクティビティが多くある。しかし、湊川は昨夜見た夜空が忘れられないようで、何であんなに星がたくさん見えるのかとか、南十字星はどこにあるのかなどと聞いてきたが、星がたくさん見えるのは空気が澄んでいるだけで、南十字星がどこにあるのかと今更聞かれても答えようがなかった。クイーンズタウンに程近い山の中腹をつなぐ陸橋の真ん中あたりにバンジージャンプの施設があった。有情は素知らぬ顔で通り過ぎようとしたが、湊川はそれをめざとく見つけ
「なぁ、あれバンジージャンプちゃうん」
と言った。
違うともいえず有情は
「そうやと思う」
と軽く流そうとした。
「あれしよ」
絶対に言い出すとは思っていた。
「あれはしばしば紐が切れて谷底に落ちる」
とか
「紐が伸びすぎて下の岩で頭を打って死ぬ人が多数いる」
などと言いはしたが
「そんなことあるわけないやないの。はよUターンして」
と言われた。
仕方なく一旦非常駐車帯に車を止め、左右を確認してからUターンし、陸橋の手前の駐車場に車を停めた。
「俺は絶対にせんからな」
と有情は繰り返したが、そんなことが許されるはずもなく、先に飛ばされる羽目になった。
足枷のようなものをつけさせられて水泳の高飛び込みの飛び込み台のようなところに連れて行かれ足がすくんだ。しばらくそのままでいると業を煮やした係員にせかされたのか安全リングをつけた湊川やってきて、いきなり有情の背中を押した。恐ろしさのあまり声も出ず、最下部で二、三回バウンドした後、ほうほうの体でズルズルと飛び込んだ元の位置に引き上げられた。湊川はすでに自分のジャンプの用意をしており、まだ呆然としている有情の前で両手を広げ、飛び込み台を思い切りよく蹴って宙に向かって飛び出していった。
最終日、Aランドで湊川はどこかステーキで有名なところに連れて行って欲しいと言った。ステーキはつい先日食べたばかりであったので不思議に思ったが、嫌ではなかったのでカジノのあるホテルの一階にあるステーキが有名な店に行った。
「注文は私にさして」
「ええよ」
「ここは私が出しとくから」
「そんなん気にせんでええよ」
と有情は不思議に思いながら答えた。
湊川は到底二人で食べ切れないくらいの品数を頼んだ。有情も湊川も頑張って食べたが、やはり食べ切ることはできなかった。
「お腹いっぱい」
と嬉しそうな顔をしていた。
有情は何が何だかさっぱりわからなかった。




