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13 調理(ちょうり)

 旅行から帰ってきてからの湊川は輸入商品の入手で忙しかった。中南米やタイの食材は比較的容易に手に入ったが、カレーリーフがなかなか手に入らなかった。もちろん乾燥させたものは手に入るのだが、有情が手に入れられないと言っていたのでなんとしても手に入れ、それを有情に食べさせたかったし、自慢したい気持ちもあり、手に入れようと各所に問い合わせてみはするものの良い結果は得られなかった。


 F国の料理はもちろん当初は予定に入っていなかった。そもそも多くの人がどこにあるかも知らない南太平洋の小国で、そこの料理が特に有名であるわけでもない。ロボといって焼け石の上に食材をバナナの葉に包んだものを乗せて加熱して作る料理はあるにはあるが、それを百貨店の調理場で作るわけにもいかず、また、ロロやココンダは作るのは簡単そうであったが、どんな味がするのか想像がつかなかった。ロロは基本的にほうれん草のシチューのようなものであり、ココンダは魚のマリネのようなものである。湊川はとりあえず夕食に白石に頼んで作ってもらうことにした。


「あかね、ちょっとこれ、今晩作ってみてくれへん」


とそれぞれのレシピをLINEで伝えた。


「いいよ。でもこれ出すの?日本人の口に合う?」


「わからへんけど、作ってみて」


「わかった。やってみるね」


白石は協力的ではあった。


その日の夜、湊川が家に戻ると白石はそれぞれの料理を完成させており、部屋中がココナツクリームの香りでいっぱいだった。


「一応、作りはしたけど」


冴えない表情で白石はいった。


二人で食べてみるとどちらもいまひとつ味が単調でつけあわせのキャッサバも筋が多くて、さほど美味しいものではなかった。有情にもF国料理を食べているところを見せようとLINEのビデオ通話をかけた。


「れな。珍しいな。ビデオ通話か」


有情はそう言って自分もビデオ通話にした。座椅子に座っているようだった。


「あかねも一緒やで」


とカメラをあかねの方に向けた。壁には先日の標的紙が額に入れて飾ってあった。


 この標的紙に関しては白石も初め何がいいのか全くわかっていなかった。湊川が有情と射撃をしにグァムに行ったことはもちろん知っていたが、帰ってきて嬉しそうに標的紙を見せられた時に


「何やの、この出来損ないの切り絵?」


と言った。


「出来損ないやないよ。これ見て」


と自分と有情が100mと300mで撃ったそれぞれの標的紙を見せた。


「これ、ライフルのターゲットやねん。真ん中に当たってるのが有情先生ので、これが私の」


「えっ、これ銃で撃って描いたん?」


「そう。ここがちょっと段になってるからいうて、ちょっと手前には寄せて撃ってたけど」


確かに300m撃った有情の穴は一つではあったが、微妙にずれがあり、三発撃ったことはわかった。


「でもこの目のとこって半分ちぎれてるやん、これをどうやって作るん?」

「それは私も知らん。撃つ順番があるとは言うてた」


「すごっ、ゴルゴ13か」


白石は漫画の主人公に例えて言った。


「テロリストと一緒にせんといてよ」


この家では「翔太先生」といえば宇都美のことであり、有情は有情先生と呼ばれていた。いわゆる「先生」が3人いた。


「れなな、F国料理作ってみてん。ほら」


湊川はロロとココンダを順に映した。


「あんたが作ったんやないやないの」


と白石の声がした。


「でもな、味が薄いというか、コクがないというか、いまいちやねん」


「魚は何使うた?」


「あっ、タイ」


「ロロはほうれん草入れただけか?」


「そうやけど」


「あー。れな、明日の昼からあかねちゃんと家一緒に来れるか?」


「なんであかねも?」


「全部一人ですんのめんどくさい。おらんかったら鍵ポストに入れとくわ」


「あかね、明日昼から空いてるん?」


と向かいに座る白石に聞いた。


「明日は翔太先生も教員の会合がある言うてたから空いてるで」


白石は答えた。


「おらんてどこ行くん?」


「余野やがな」


「好きやなぁ」


「練習せなあかねちゃんの後ろにある絵は描けん」


「へへ、二つ目の宝もんやで」


「二つ目て?」


「前にフライくれたやん」


「あれは消耗品や」


「れなには宝もんなん」


「まぁ、ええわ。今、その宝もん作ってるから。明日、買いもんして帰るから3時過ぎに来てや。」


「車どこ置いたらええ?」


「裏の方に駐車場があるから、そこに入れたらええわ。それと今日使うた野菜類持ってきてな。うち野菜無いし」


「わかった。ほな、明日3時すぎな」


有情はカメラを切り替え、作りかけのエルクヘア・カディスを映して通話を切った。


 翌日、湊川と白石は2時45分ごろに有情の家に着いた。車を駐車場に止めるとシャーロットが見にきた。


「でかっ!こわっ!」


と白石が言ったが


「でかいのはでかいけど、怖ないで」


と湊川が返した。


シャーロットがわざわざ外まで見に来るということは有情がまだ帰宅していないということだろう。有情は家にいる時、シャーロットの小部屋の窓は閉めていた。案の定、玄関の鍵はかかっており、二人はポストの中を見た。鍵はポストの上蓋にセロテープで貼り付けてあった。中に入るとシャーロットが玄関まで来ていた。湊川はシャーロットの首のあたり触ってやり、白石についてくるように言ってダイニングに案内した。有情が3時をすぎても帰ってこないので、書架まで行き先日の本を持ってきて、白石にD大学のことが書いてある章を示して読ませた。カタカナで書いてある訳のわからない言葉は絶対に声にはしないように白石に伝えた。なぜかと聞かれたが、それはここでは禁句やからとしか言わなかった。4時前になっても有情が帰ってこないので、二人は冷蔵庫からビールを取り出して飲み始めた。勝手にそんなことをしてもいいのかと白石に聞かれたが、そんなことを気にする人ではないと答えた。有情がなかなか帰ってこないので、二人はついそれぞれ2本目のビールを開けていた。4時半過ぎになってやっと有情が帰って来た。


「ごめん、ごめん。魚ええのがなかったから千中まで行って来た」


「おそーい」


湊川が言った。


「なんや、明るいうちから飲んでるんかいな。車どうするつもりや」


「れな、泊まって帰る」


ええっというような顔を白石がしたので


「そんなんいうたらあかねちゃんが困るやろな」


と言ったが


「あかねも泊めて貰えばええやん」


と湊川は言った。


湊川は非常識ではないのだが、若干行き当たりばったり的なところがあった。それに対して白石は至極常識的である。いくら湊川と一緒だからといって一度飲み会をしただけの有情の家にいきなり泊めてもらうというのは抵抗があるようだった。


「そんなこと言うたら有情先生も困らはるやないの」


「いや、困りはせんけど、いややないかなと思うて」


有情が言うと


「部屋いっぱいあるから大丈夫やん」


と湊川が返した。


「まぁ、ええわ。とりあえずちょっと作るのに時間かかるからその間に考えたらええわ」


そう言ってキッチンテーブルに荷物を置いた。


 有情は昨日作ったロロとココンダの具体的なレシピを聞いた。それは一般的なWebサイトに載っているものではあったが、確かにそのまま食べるとココナツの味しかしなかったり、ライムが効きすぎたりするような代物だった。また、キャッサバに関してはかなり長時間煮ないと芯が残り食べにくい。口に合わないのは仕方がないと思われた。有情は残った材料がどれくらいあるかを確認し、ほうれん草が全く足りないこととライムとパクチーが少し足りないことを白石に告げた。湊川は座卓で手持ち無沙汰に銃器の写真集を眺めていたので車で買いに行かそうと思ったが、そういえば二人でビールを飲んでいたなと思い出し、仕方なく自分でスーパーまで買いに行った。その間に白石には手持ちの、ほうれん草を昨日よりも大きめに切っておくことと玉ねぎを小さく刻んだものと普通の食べる1.5cm角程度に切ったものを用意しておくように言っておいた。有情が帰ってくるとほうれん草はザルに入れられ、玉ねぎは大きさを分けてまな板の上に並べられていた。有情は買ってきた、ほうれん草をさっきと同じように刻むように伝え、コリアンダーと青ネギを渡し、それも小さく切るように言った。そして千里中央で買ってきた買い物袋から大きな魚の塊とオクラ、ジャガイモをとり出した。魚の塊は大きなサワラだった。


 サワラは関東の方ではよく冬に食べられる。しかし、関西ではサワラが産卵のため瀬戸内海に入ってくる5〜6月が旬である。季節的にもちょうどよかった。大阪でこの時期にサワラが手に入らないことは少なかった。そのサワラを3cm弱の厚みで4切れぶつ切りにし、残りは3枚に下ろして小骨を綺麗に取り除いて、皮をはぎ、マグロの刺身を半分くらいにした大きさに切った。Webサイトで見たココンダはホワイトビネガーを使ってマリネしているようだったが、有情は三杯酢でマリネし冷蔵庫に入れた。ぶつ切りにしたサワラは塩胡椒して軽く小麦粉をふり、白石に大豆油でしっかり炒めるように伝えた。オクラとジャガイモは水洗いしてオクラはそのまま、ジャガイモは皮を剥いてからどちらも1.5cm角くらいに切った。前回カレーを作った要領でいくつかのスパイスとニンニク、生姜、玉ねぎ、コリアンダーをみじん切りにしたものを炒めた後に一度に入れた。その上からマサラパウダーをかけ塩胡椒したのち少しだけ水を入れ、手持ち無沙汰にしていた湊川に


「ちょっと、れな。これがこげんように混ぜといて」


と言った。


「私がやるの」


「それぐらいできるやろな。大体誰のために作ってる思うてんねん」


「ほなしよか」


とあまり乗り気でなさそうにキッチンまでやってきた。


「ジャガイモが崩れるまで火を通して。やり方はあかねちゃんに聞いて」


と言ってキッチンを離れ、手を洗い、Mac Book Airを持ってきて、ロティを作る手順が映っている動画を白石に見せた。そしてソファーに寝転び


「次にそれ作ってな」


と言った。白石は


「わかった。あとでええの?」


と聞いた。


「あとでええ。火にかけたらすぐに焼けるから」


と言ってアイコスを吸い出した。先ほどまで湊川が眺めていた銃器の写真集が腹の上で広げられていた。


「なぁ、なんで私らだけこんなんせなあかんの」


湊川が言ったが


「誰のためにしてる思てんの」


白石にも諌められ


「だいたいギリギリになってF国のカレーも出すやなんて言いだして、ほな付け合わせの料理がいる言い出したん、あんたやないの。ほら、手ぇ止まってる。焦げるで」


と追い討ちをかけられていた。


「魚焼けたと思う」


白石に言われ有情は見に行った。こんがりときれいに焼けていた。それを一つだけとって、その半分を有情はスプーンとフォークを使って細かくし、湊川がかき混ぜていたカレーの中に入れた。


「満遍のぅ混ぜてや。それからあかねちゃん、その焼いた魚は置いといて、別の鍋でロロ作ってくれへん。ほうれん草は皆入れてな。ロロできたら声かけて」


と言ってまたソファーに戻っていった。


「何作ってるん、これ?」


湊川は白石に聞いてみた。


「わからへんよ、そんなん。有情先生、そろそろロロできるよ」


と白石は言った。


 有情はまたソファーから起き上がってキッチンにいった。ロロの粘り具合を確認して、横にあった魚を全部ロロの中に入れ


「こっちはあとやるから、あかねちゃんはロティ作って」


と指示し、自分はロロの仕上げに色が変わらない程度に薄口醤油を入れて、これでいいかなとつぶやいた。


 白石は動画を見ながらまず生地を作り、それをさっきまで魚が入っていいたフライパンを濯いで10枚ほどロティを作った。


「あかねちゃん、レシピ通りでええからココンダ作ってくれる」


そう言われ、冷蔵庫から三杯酢でしめられた魚の汁をきり、玉ねぎやネギ、コリアンダーなどを混ぜた。


ココナツミルクとライムジュースは昨日より少なめにとのことだった。湊川は動きがあるごとに有情と白石を眺めていたが、その都度、白石に手が止まっているとか、焦げるよとか戒められていた。そのごった煮のような料理も汁気がほとんどなくなり、ドレッシングの少ないポテトサラダのようになってきたときに有情はさっきのスプーンを使って一口食べた。少しだけ塩を加え、もうそろそろ良いと伝えた。白石が作ったロティを一枚取ってきて中心部に置き、円筒形に包んだ。半分にちぎり、その片方をかじった。熱っと言いながら残りの半分を白石に渡し、齧り差しを湊川に渡した。


「おいしい、これ。ねぇ、れな」


「せやね、さすが私が作ったらおいしいわ」


「これがF国のロティや」


有情はそう言いつつ


「さぁ、他のもよそて食べよ」


とロロを少し再加熱し、ココンダはサニーレタスの上に盛り付け、残りのロティを3人で包んだ。


座卓に持っていくと先程の銃器の写真集が広げたまま伏せてあり、そのページにはイタリア製の銃を構えたスキート選手の写真が載っていた。


 ロロもココンダも昨日のものとは格段に味が違った。有情曰くココンダはサワラで作るとのことだった。少し日本人好みに仕上げられたF国料理を肴に3人はビールとワインを楽しんだ。結局、白石も泊まる事になり有情は二人にメインベッドルームを提供し、自分は子供部屋で寝た。

夜中に湊川が有情の寝ている部屋にやってきた。


「シャーロットが私のベッドにシッコした」


という。


「シャーロットはベッドに乗ってけぇへんで」


「乗ってきてシッコして、今は真ん中で寝てる」


とのことだった。


「せやけど、あかねちゃんおるから、今行かれへんがな」


「起きてるから大丈夫や」


と言われ見にいくと、本当にシャーロットが真ん中で寝ていた。


先日、湊川が失禁したベッドだった。シャーロットにしては湊川が自分も乗せてもらえないベッドにマーキングまでして、有情と添い寝し、今度は一人で寝ているのが気に入らないようだった。マーキングはベッドの隅のあたりに申し訳程度してあった。白石に説明するわけにもいかずベッドの上で尻尾を振っているシャーロット連れて子供部屋に連れていった。しばらくして大きな笑い声が聞こえてきた。白石も湊川の「くせ」について知っているようで「嫉妬」とか「やきもち」という言葉が聞こえてきた。


 6月になり有情は湊川が勤める百貨店の地下食品売り場に行ってみた。ラップに一本ずつに包まれたロティがプラスチックケースに三本並べられていた。その横には具材が混ぜられた酢締めされたサワラと別容器に入れられたココナツとライムのミックスジュースが置かれていた。有情はロティを買ってフードコートに持っていき食べた。生のカレーリーフの香りを嗅いだのは久しぶりだった。


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