第五十話 澪へのご褒美は......
「じゃあ――」
「じゃあ……?」
「明日、私とデートしてね!」
「えっ、そんなんでいいの?」
澪から発せられたお願いは、俺が想像していたよりも何倍もかわいいものだった。
「そんなんって何よ!」
澪は口では怒っていたが、その顔はいつも通りの意地悪な笑みを浮かべていた。
「ふーん、良かったね、富樫。出来た彼女で」
茶化してくる利奈さんと、ただただニコニコしている恭介。こんな恥ずかしいのも久しぶりだなぁ。
「それで、私のお願いは聞いてくれるんですか?」
「まぁ、それが澪にとってご褒美になるなら……」
俺の答えに、澪が小さい子供のように喜ぶ。
「じゃあ、決まり! 明日迎えに来てね!」
「あぁ、うん」
俺の返事も待たず、澪はさっさと走っていってしまった。
「ねぇ、澪! じゃあ富樫、私も行くね!」
「うん、今日はありがとう」
澪を追いかけて利奈さんも駆けて行く。
「じゃ、明日頑張れよ」
恭介が俺の肩を叩いて北原家に戻っていく。
なんか面倒くさいことになったな……
「うーん、どうしようか……」
俺は久しぶりに自分のクローゼットと睨めっこしていた。
「そういえば、二人だけで外出するの久しぶりだなぁ」
今振り返ると、最近のデートは利奈さんや恭介が一緒だった。お泊まりはもちろん二人きりになれたけど、もっと外出時も二人きりの時間が作れれば良かったのだが……
「よし、これで行くか」
最近、少しファッションに興味が出てきたので、ちょっとはクローゼットもカラフルになってきたが、結局シンプルな色に逃げてしまう。
「まぁ、いいよな」
二人で歩いていると、澪はもちろん華があるのだが、そのせいで俺が空気みたいになってしまう。
もっとかっこいい顔で生まれてたらなぁ――
叶わぬ願いをふっと思いながら、俺は悠々と家を出た。
「おはようございまーす」
「あら、おはよう。澪ー! 圭君来たわよ!」
どうやら澪はまだ準備が終わってないようだ。さくらさんが声をかけても返事はなかった。正確にはドタドタとした物音だけが響いてきた。
「圭君、澪、まだかかりそうだから、上がってて」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
さぁ、今日はどこに行こうか。
色々考えてはみたが、どれもしっくりこない。
二人きりのデートはほぼ初めてと言っていい。これまでデートプランなんてものは考えたこともなかった。澪なら、別にどこでも喜んでくれるんだろうけど、せっかく一日あるんだったら楽しんでもらいたいよなぁ。
「圭、お待たせ」
俺が頭をフル回転させていると、準備を終えた澪が階段を駆け降りてきた。
「おはよう、澪」
うん、いつも通りかわいいです。
やはり俺の彼女には勿体無いくらい、本当にかわいい。かわいすぎる。
「ねぇ、圭、どう? かわいい?」
おまけに上目遣いでこんなことを聞いてくるんだから、もう俺は失神しそうになりながら、何とか言葉を絞り出す。
「うん、かわいい、めちゃくちゃ」
「ホント? 良かった〜。今日気合入れて準備したから!」
もう、何もかもが眩しい。こんなかわいい澪を他の人に見せるのが怖い。
俺が一人で澪かわいいパニックに陥っていると、ちょうど時計は9時を回ったところだった。
「ほらほら、二人とも、イチャイチャするなら外でやって!」
「じゃあ、行こうか、圭」
「うん、じゃあさくらさん、いってきます」
「はい、澪をよろしくね。澪、わがまま言いすぎないのよ!」
「分かってるよー」
澪に手を引っ張られながら相楽家を飛び出す。
「ねぇ、手繋ごうよ」
そう言うと同時に、澪の手が俺の手に触れる。
ガッチリ指を絡めた俺たちは、とりあえず駅に向かった。
「ねぇ、今日どこに行きたい?」
「うーん、あんま思い浮かばなかったんだよね。澪は?」
「私も。どこがいいかな〜」
二人でワチャワチャと話しながら、駅前まで来た俺たち。
「ねぇ、あそこ行かない?」
澪が指さしていたのは、バッティングセンターと書かれた看板だった。
「まぁ、いいけど……」
口ではこう言ったものの、俺は当たり前に野球なんてできない。
「じゃあ、行こう! なんかスッキリしたい気分なんだ!」
いつもより元気な澪に少し圧倒されながら、俺たちはバッティングセンターの中に入っていった。
「まぁ、これくらいかな」
そう言いながら澪が選んだのは、120キロだった。
「そんな速くて大丈夫?」
ヘルメットにより、いつもよりもさらに顔が小さく見える澪。その顔にはなぜか自信に満ち溢れていた。
「じゃあ、見てるね」
俺がネットの外のベンチに座って見ていると、澪がプロさながらの構えを見せる。
――なんか打てそう。
俺がぼんやりと考えていると、ピッチングマシンから一球目が飛び出した。
はっ、速い。
俺が想像しているよりも何倍も速い球が来た。
でもそれより驚いたのは、澪がその球を見送ったことだった。
こういうのって、とりあえず振るもんじゃないのか?
初心者だから何が正解なのか全く分からない。でも、なんか次は打てそうに見える。
澪はさっきよりも少しバットを短く持って、次の球を待った。
来た――
さっきと同じように、目で追うのが必死な速度の速球。
それに合わせるように、澪の腰が回る。
カキーーン!
澪がバットを振り抜くと、気持ちのいい音が響いて、ボールが真正面へと飛んでいった。
「やったあ! 当たった!」
嬉しそうに飛び跳ねる澪。
いや、ちょっと怖いくらいなんですけど……
その後も澪はヒット性の当たりを連発していた。




