第四十九話 第二回勉強会
「じゃあ、父さんたちはもう出るからね」
「分かった。いってらっしゃい」
足早に家を出ていく父さんと母さんを見送りながら、俺は皆の分の食器を洗っていた。
時刻は8時。恭介たちが来るまであと二時間ほどある。
「ねぇ、なんかやりたい事ある?」
「特にはないよ?」
メイクをしながら澪が答える。やはり女子の朝は忙しい。男子の何倍もやることがありそうだ。
「あっ、じゃあ、やってみたかったことあるんだけど……」
「うん? 何?」
澪がまた意地悪に微笑んでいる。
嫌な予感がするなぁ……?
澪のメイクが終わると、俺は彼女が座っていた椅子に座らされた。目の前にはたくさんのメイク道具が散らばっている。
「……ねぇ、メイクしてもいい?」
うん?
「『してもいい?』って、もうしてるじゃん」
俺は澪の顔を眺めながら冷静にツッコむ。
「いや、そうじゃなくて。圭にってこと!」
「俺に!?」
驚きのあまり声が上擦ってしまう。この人は何を言っているんだ……?
「ねぇ、ダメ?」
澪が目をキラキラさせながら聞いてくる。こんなかわいい彼女を前にして断れるかよ……!
「まぁ、いいよ。その代わり、ちょっとだけね!」
「うん、分かってる。ちょっとだけね……」
後で気づいたが、ちょっとだけという基準も俺にはどうすることもできないわけで。俺は完全に顔面を澪に預けてしまったようだ。
「いやー、前からやってみたかったんだよね」
「俺は全く考えたこともなかったけどね……」
「でしょうね。よし、ここからちょっと喋らないでね……」
かれこれ20分以上かかり、俺のメイク(?)が完了したようだ。
「うん、いい感じ! ちょっと見てみてよ!」
澪から渡された手鏡で自分の顔を写す。
「ねぇ、どう?」
「……うん、何か、自分じゃないみたい――」
目はいつもより大きく見えるし、フェイスラインもシュッとしたように見える。そして、何かわからないが、なんかちょっとかわいいかも。
恐らく色々な技術が詰まってるんだろうけど、俺には何一つわからなかった。
「ね! いいでしょ!」
「うん、いい感じかも」
「じゃあ時々してあげるね! なんなら毎日でもいいんだけど……!」
「いや、そろそろ学校も始まるし」
「いいじゃん! イメチェンしてこうよ!」
クラスの陰キャ男子が、夏休み明けに急にメイクして学校に行く勇気はありません。
「まあまあ、冗談はそれくらいにして。そろそろ落としてもいい?」
「えぇー! ダメだよ! まだ二人に見せてないじゃん!」
「二人って……、恭介と利奈さん?」
「当たり前じゃん。二人も喜んでくれるかな〜」
「さすがに恥ずかしいんだけど……」
「いいでしょ? 別にそれで外歩けって言ってるわけじゃないんだし。似合ってるよ?」
澪の似合ってるという発言で、俺の羞恥心が半分くらいになったので、もうちょっとこのままでいてあげることにした。
二人でワチャワチャしていると、時計は9時半を差していた。
「おはよう、圭……って、あれ?」
いつもと違い、ちょっと早めにウチに来た恭介は、俺の顔を見るなり、リビングの入り口で固まっていた。
「圭、それ、澪さん?」
「あぁ、そうだよ」
「恭介君、どうかな?」
「うん、似合ってるんじゃない?」
なぜか恭介には好評だった俺のメイク姿は、澪と恭介に無限に写真に撮られ、しっかりと証拠が残された。何に使うのかは分からないが……
「おはよーって、えっ?」
「おはよ……」
利奈さんも諸々恭介と同じ反応だったが……
「えっ、ホントに富樫?」
「そうだけど……?」
「ねぇ、それで学校行ったら……」
「利奈、それ私も言った! やっぱりそう思うよね!」
女子たちが勝手に盛り上がっているが、そろそろ勉強しませんか……
「じゃあ、澪さん、今日はこないだの続きからね」
「えっ、ちゃんと進めてんじゃん!」
「そう、偉いでしょー!」
澪は恭介と利奈さんに甘やかされながら、何とか残りの課題と格闘していた。
「ほら、もうちょっとだよ!」
午後になり、集中力が切れ始めた澪を、三人で励ましながらなんとか繋ぎ止める。
「うぅぅ、飽きたー!」
「ほら、終わったら富樫がなんかしてくれるかもよ」
「えっ、ちょっ、利奈さん……」
「あっ、そういえば、昨日圭もそんなようなこと言ってたよね!」
「まぁ、言ったけど……」
「じゃ、頑張る!」
再びペンを握った澪。ていうか、俺はまた何をさせられるんでしょうか……?
「そう、そう! よし、終わり!」
結局夕方までかかって、澪の課題との戦いは終わった。ついでにテスト勉強にもなったし、休み明けのテストも自信を持って受けられるだろう。
「二人ともホントにありがとう! あっ、圭もね」
「何か付け足されたのは気に食わないけど、よく頑張ったね」
「ホントにすごいよ澪さん!」
「うん、頑張ったよ、澪」
「何かみんな褒めてくれるんですけど……!」
澪がいきなりのみんなの優しさに触れ、最高の笑顔になっていた。
「よし、じゃあ後は富樫、頑張ってね」
やっぱりそうなるよね……
「じゃあ、澪、お願いは何ですか?」
「えぇー、何にしようかな?」
澪はしばらく悩んでいたが、急に閃いたように口を開く。
「じゃあ――」




