第四十二話 夏の海は青春すぎる①
遂にこの日が来た。
いつも通り暑い金曜日の朝。俺はシャワーを浴びていた。連日の熱帯夜。寝苦しいったらありゃしない。
今日は四人で海に行くことになっていた。近くの海水浴場までは車で40分くらい。春樹さんが送ってくれるらしい。ありがたい。
「ふぅ、すっきり」
シャワーを終えると、時刻は8時。一時間後には相楽家にいなければならない。
着替えは海の家に併設された更衣室があるらしいので、服装はただただ涼しさを突き詰めればいいだろう。
「よし、水着も入れたし、後はモーニングコールしに行くか……」
俺は外に出て隣の家へと向かう。やはり厳しい陽の光が俺を出迎える。
「おはようございまーす」
「おはよう、圭君。恭介はいつも通りだから、起こしちゃって」
相変わらず朝に弱い恭介に代わり、徹さんが出迎えてくれた。
「朝から騒がしくてすみません。徹さんは今日休みですか?」
「あぁ、仕事は休みなんだけど、ちょっと用事があってね」
徹さんも忙しい人だ。男で一つで恭介を育てているんだから、ウチの両親とは比にならないくらいの仕事量だろうに。
「そうだったんですね。いつもお疲れ様です」
「ははっ、なかなか言われることないセリフだな。ありがとうね」
徹さんが嬉しそうに微笑む。まぁ、喜んでくれたなら良かったけど、ちょっと心配も……
「じゃあ、恭介起こしてきますね」
「あぁ、一応30分前くらいには声かけたんだけどね。爆睡してたよ」
「分かりました。任せてください!」
階段を上り、恭介の部屋に入る。俺の予想通り、恭介はぐっすり眠っていた。
幸せそうな顔をしている。ていうか、本当に顔だけはいいな、コイツ。
「おい、恭介。朝だぞ。起きろ!」
「……」
全く反応がない恭介。じゃあ、最終奥義を。
俺は恭介の耳に口を近づけて、息を彼の耳に当てた。
「ひゃああ! ……ぅーん? 誰?」
「おはよ」
「何だお前か。普通に声かけろよ」
「かけても起きなかったからこうやったんだろ。ほら、後一時間ないぞ。さっさと準備しろ」
「ほーい」
やる気のない返事を返す恭介。まぁ、起きただけいいか。
恭介は昔から耳が弱かった。何しても起きない彼だったが、耳を責められるとすぐに飛び起きる。
今度利奈さんに教えといてあげるか。いつ使うかは分からないけど……
起きてしまえば、準備は爆速。ものの15分くらいで俺たちは北原家を出発した。
「じゃあ行ってきます、父さん」
「あぁ、楽しんでこいよ。圭君も」
「はい、行ってきます」
透さんに見送られながら、相楽家へと急ぐ。澪と利奈さんはもう待ってるらしい。
「なぁ、今日楽しみだった?」
「まぁ、一応」
春の俺なら友達と彼女と海に遊びに、なんて考えられなかっただろうが、今こうして現実で起こっている。
「やっぱりお前も水着目当てか?」
恭介が意地悪な笑みを浮かべる。
「別に、お前と違って下半身で生きていないからな」
「おい、俺が変態みたいじゃねぇか」
「間違ってねぇだろ」
確かに澪の水着姿は楽しみではあったけど、それよりも、俺の夏の思い出に、こんな青春色たっぷりのイベントが加わることに一番驚いている自分がいた。
「ていうか、圭、お前泳げたっけ」
「まぁ、人並みには」
水泳は嫌いではなかった。別にめちゃくちゃ上手いわけでもないが、泳げないことはない。
「恭介は?」
「俺が泳げないと思うか?」
「それもそうだな」
さすがスポーツ万能な恭介だ。ていうか、こういう海に遊びにいく日ってガチで泳ぐ目的で行くんだろうか。
もうちょっと遊び感覚で行くのかと思ってたけど。
一応、今日行くところは泳ぐこと自体は禁止されていない。迷惑にならなきゃ自由だろうが……
「お前、今日楽しみなのは……?」
「もちろん、海の家での飯だろ。異常に上手いよな」
俺の杞憂だったようだ。やはりコイツも所詮は高校生だ。
俺はこうやって友達も海に行くのは初めてだったが、恭介と一緒ならとりあえず退屈することはないだろう。
まぁ、澪もいるし……?
適当に駄弁っていると、いつの間にか相楽家が目の前だった。
「春樹さん。おはようございます」
すでに車を出す準備をしてくれている春樹さんに挨拶を済ませる。
「おぉ、おはよう、圭君。それと……」
「北原恭介です。今日はお世話になります」
「恭介君。初めまして。よろしく」
何気に初対面だった二人。まぁ、すぐに打ち解けるだろう。
「二人ともおはよー」
外の声が聞こえたのか、家の中から澪と利奈さんが出てきた。
「おはよう」
二人ともラフなデザインのTシャツを着ている。まぁ、ほとんど水着で過ごすことになるだろうしな。
「今日も暑いね、圭、日焼け止め持ってきた?」
「あぁ、一応ね」
「恭介君は?」
「利奈に借りるから大丈夫」
つまりは忘れてきたということか。
「もぅ、おっちょこちょいなんだから。ほら、腕出して」
利奈さんは口ではそう言いながら、恭介の立派な腕を目の前にして、口角が上がりきっていた。
「……もう、ラブラブだね」
「……恭介わざと忘れたのかもよ」
「えぇ、策士過ぎない?」
恭介ならやりかねない。そういう男だ。
「ちょっと、そこ! 何コソコソ喋ってんのよ!」
俺たちの内緒話が気になったのか、利奈さんがプンプンしている。
それに対して恭介はこっちを見てニヤニヤしながら右目をパチっと閉じた。
あいつ……やっぱりわざとか……?
「よし、準備できたら出発しようか」
春樹さんの車に俺たちが乗り込む。
「じゃあ、出発〜!」
澪もテンション高いな……! まぁ、俺もワクワクしているけど。
車内は陽気な空気に包まれながら、海水浴場に向けて車は出発した。




