第三十六話 待望の夏休み
夏休み前最後の一週間は、いつもの何倍も長く感じられた。
それでも、時間は確実に進んでいた。
ついに明日から、念願の夏休みである。
「おはよー、澪さん」
「おはよう、圭君」
学校ではまだ呼び捨てを解禁していない。まあ、時間の問題だろうが。クラスで俺たちの関係を知っているのは、俺たちと利奈さん、恭介だけだった。
「今日でラストだね」
「ねー、明日からは思いっ切り寝るぞー!」
俺は大きく伸びをした。
「私も、日々の睡眠負債を返済してかないと」
澪も眠い目を擦る。高校生は寝不足がデフォみたいなもんだ。1日が四十時間くらいだったらと何度思ったことだろう。
「ねぇ、今日放課後、圭君の家行っていい?」
今日は午前しか学校がないので、午後はたくさん時間がある。
「いいけど、これからほとんど毎日会うことになるのに、今日も一緒でいいの?」
ちなみに、夏休み中のお泊まりは、両家の許可を得て、緻密に計画されていた。結構ビッチリ……
「いいの! 何、それとも、私と一緒にいるのが嫌ってこと?」
「……いや、一緒に居たいけど……」
こんなセリフ誰かに聞かれたら、誤解されかねない。まあ、誤解ではないのだが。
「何ー? 朝から喧嘩?」
後ろから元気よく利奈さんが入ってくる。
「ううん、イチャイチャしてただけ」
「クソー、ついに学校でも見せつけてくるようになったのかよ」
利奈さんが悔しそうに唇を噛む。
「そうだぞ、圭」
「おっ、恭介もおはよう」
続いて恭介も登校してきた。澪と付き合ってからは、澪と一緒の時間に登校するようになったので、恭介と一緒に、と言う機会は減っていた。
「……きっ、恭介君、おはよう」
「うん、利奈さんもおはよう!」
利奈さん、さっきの勢いはどこに行ったんですか?
夏休みが始まるということは、恭介誕生日会という皮を被った、小島利奈告白大作戦本番が後一週間に迫っていた。
夏休み直前で授業に集中できるわけもなく、ずっと時計の針を見ていた。
あと5分……。
先生の古典の授業を全く無視して、ただただ時が過ぎるのを待った。
よし、もうちょっと……! 来た!
四時間目を終えるチャイムが鳴り響く。ついに夏休みの始まりだ。
森田先生の夏休みの諸注意も程々に、俺の、いや、俺たちの高校生活初の夏休みがスタートした。
「よし! それじゃあみんなで富樫家へレッツゴー」
あれ?
「えっ、澪さん、俺たち二人だけじゃ……」
「うん? 利奈と恭介君も一緒だけど」
おやおや? 聞いてた話と違うんだけど?
「だって、恭介はまだしも、利奈さんに歌い手ってバレたら……」
「まあ、そこは上手くやってね」
澪が右目をパチリと瞑る。
「圭、久しぶりに親友が行くんだから、楽しみにしとけよー!」
「私も家の中入るのは初めて。澪からすごいとは聞いてるけど……」
「ほら! みんな楽しみにしてるよ?」
ぐぬぬ……
「……まぁ、いいでしょう」
俺の家に着くまで、四人で夏休みにどこ行こうかという話が繰り広げられていた。
「やっぱ夏といえば海でしょ!」
海派の澪。
「はぁ? 山でキャンプとかバーベキューとかに決まってるやん」
山派の利奈さん。
「俺はどっちかっていうと海かな……」
若干海派の恭介。
「わっ、私も今年はやっぱり海の気分かも!」
恭介に惑わされて海派に寝返る利奈さん。
「じゃあ今年は海に行こっか!」
何となく三人ではまとまったみたいですけど、俺の意見は……? まぁ、特にどっちが良いとかも無いんですけどね……
どっちかっていうと、インドア派?
その後も水着を買わなきゃとか、日焼け止めはちゃんとしなきゃとか、海へ遠出することは確定しているような話題ばかりだった。
「はい、じゃあ中へどうぞ」
「あっ、もう着いたんだ」
話に夢中になっていた三人をよそに、俺だけが少しの不安に包まれていた。
「さあさあ、2階へどうぞ」
「多分汚いけどね」
恭介と澪が利奈さんを俺の部屋へと案内する。
「……お前ら、いい加減にしろよ」
何か面倒くさい人しかいないんだが?
「うわー、すご!」
利奈さんは俺の部屋に入るなり、すぐにパソコンに吸い込まれていった。
「富樫、お前何者……?」
「まぁ、ちょっとね……」
「それに、ギターにピアノって、お前アーティストか何か?」
まぁ、あながち間違ってない。
「そんなわけないじゃん。こんな陰キャがそんなことできるわけ……」
「そっ、そ、そうだよ。利奈、何言ってんの……?」
澪さん、うろたえすぎです。あなたが呼んだからこうなってるんですよ?
「まぁ、そうか」
何とか納得したのか、これは。いつも冷静な利奈さんのことだから、本当は気づいてるとか、普通にありそうなんだよな……
「じゃあ、圭。今日は何を歌ってくれるの?」
やっぱり。まぁ、わざわざ俺の家に来た時点で、それが目的でしょうけど。
「いつも通り、みんなが好きなものを歌いますよ」
「じゃあ、俺はこれリクエスト」
「私はこれ! 利奈は?」
「じゃあ……」
この感じだと、夏休み前に喉枯れるかも……
これから始まる夏休み。きっと忙しくなるんだろうな。
でも、きっと、楽しい。




