第二十九話 相楽家のいつもの朝
午前四時、暑さで目が覚める。
俺の右腕は澪にガッチリとホールドされていて、簡単には抜け出せ無さそうだ。
7月もそろそろ終わりを迎え、学校もあと一週間で夏休みに入る。暑いところは、連日35度をこえる猛暑日となっている。俺たちが住んでいる地域も例外ではない。
という訳で、今夜も絶賛熱帯夜なのに、澪とひっついて寝るのは、さすがに耐えられなかったようだ。
かといって、澪と離れたくはない。
俺たちが本当の恋人同士になったのは、たった5,6時間前。実感などあるわけがない。
何で俺なんかと……
考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
俺のファンだから? でも、ガチ恋勢って感じでもなかったよな……
俺の横でスースーと寝息を立てている澪。あまりにもかわいすぎる寝顔。彼女のこの顔をこれからは独り占めできるのだ。
もう理由なんでどうでも良いや。
四月の俺にクラスで一番かわいい同級生と付き合ったなんていったら鼻で笑われるだろう。
でも、澪は確実に俺の彼女で、澪は俺のことが好きだ。
やばい、ニヤニヤしてきた。また恭介に馬鹿にされるな……
「……ぅ〜ん、圭〜」
「あ、ごめん起こしちゃったよね……」
澪が目を半分ほど開けながら唸っている。
「まだ四時だから、もっかい寝な」
別に明日は休みだから早く起きる必要もない。
「……うぅ、もっとくっつこうよぉ」
澪が更に体を寄せてくる。もうほとんど抱き合っているような形だ。
「ちょっと、あっついよ」
「じゃあ、離れる……?」
ずるいです。離れるわけがない。
俺は更に強く澪の体を引き寄せた。澪が少し驚いたような表情をしたあと、そのまま俺の胸に顔を埋める。
こんなのが頻繁に続いたら、俺の理性なんてものは一瞬で吹き飛んでしまいそうだ。
そういうことができる関係になったといっても、色々と気をつけなきゃいけない。その時の気分だけで動いたら後悔することになるのは目に見えている。
気がつくと、もう澪は眠りに着いていた。さっきよりも暑苦しくなったはずなのに、彼女の体温がとても心地よく感じられた。
俺の目が再び覚めたのは朝の8時過ぎだった。
さくらさんから好きなだけ寝てて良いと言われていたが、あの人の性格上朝ごはんも用意してくれているだろうから、あまり待たせたくはなかった。
「澪、起きて」
相変わらず俺にべったりくっついている澪に声をかける。まあ、澪が起きないと、俺も解放されない訳で。
「……」
返事は返ってこない。しょうがないか。
俺はゆっくりと彼女の体をどかしていく。ただ、全体重を俺に預けているため、なかなか簡単にはいかない。
10分ほどかけて、何とか引き剥がすことに成功した。
澪は幸せそうな顔をして寝ている。まだ起こさなくても良いか。
一階に降りると、予想通りさくらさんが朝ごはんの準備をしていた。
「あら、圭君、おはよう。一番乗りね」
どうやらまださくらさんと俺以外は起きていないようだ。
「春樹さんは、今日は休みですか?」
「うん、仕事の日は7時くらいには家出るからね」
澪から聞いた話だと、春樹さんは相当仕事ができるようで。いわゆる管理職的な立場だそうだ。
「澪もまだ寝てる?」
「はい、ぐっすり」
さくらさんがやれやれといった風に首を振る。どうやら寝起きが悪いのはいつものことのようだ。
「圭君、朝ごはんできるまでちょっと待ってね」
「あのー、もし良かったら何ですけど。手伝わさせてもらってもいいですか。こう見えても、料理はよくするんです」
さすがにさくらさんほどではないが、時々キッチンには立っている。そして、持ち前の手先の器用さは料理にも十分に生かされていた。
「まぁ、それじゃお願いしようかしら」
さくらさんから指示を受けて、お味噌汁の具を切っていく。
「あら、本当に上手なのね」
具材は全て同じ大きさに切り揃えられていた。うん、いつも通り。
「じゃあ、お味噌汁は任せちゃっていいかしら」
「はい、何か味の好みはありますか」
「ううん、味の濃さとかは圭君に任せるわ」
じゃあ。
すでにお鍋には煮干しの出汁がとられていた。事前に準備してあるということは、普段からこうやってるってことなのか。俺はめんどくさくて顆粒出汁で済ませてしまうことが多い。
お鍋を火にかける。具材を入れて火が通るまで待つ。さあ、ここから火加減が難しい。味噌を入れてから沸騰する直前を見極めなければいけない。
よし、ここだ!
沸騰してしまうと味噌の風味が飛んでしまう。味噌汁が台無しだ。俺もよく失敗していた。
今回はちょうど良いところで止められた。完璧である。
「さくらさん、お味噌汁できました」
「こっちもいい感じ」
朝ごはんの準備ができた頃、春樹さんと澪が起きてきた。
「じゃあ、朝ごはん食べましょうか」
二人とも眠そうだが、食欲はあるのだろう。すぐに席に着いて手を合わせた。
「いただいます」
前回頂いたときよりも更に品数が多く、やはり富樫家の朝食の風景とは大違いだった。
「今日の味噌汁は圭君が作ってくれたのよ」
「へぇ、君は料理もできるのか」
相楽家全員が味噌汁に手を伸ばす。ちょっと緊張。
「すごい美味しい」
「本当に美味しいわ。丁寧に作ってるのね」
「圭、美味しすぎ」
なぜが味噌汁で絶賛の嵐となったが、そんなにすごいことなのかな?
元々さくらさんが煮干しで出汁を取ってくれていたのが一番大きい気もするが。
「澪は料理上手の彼氏がいて幸せだな」
「本当だよ〜。これで将来料理しなくて済むね」
「こら、あんたもちょっとは料理のお勉強しなさい」
彼女の手先の不器用さを考えたら、きっと料理も得意ではないのだろう。さくらさんの口ぶりからも、それが十分に伝わってきた。
いつも通り明るい相楽家の食卓。そんな中変わったことといえば、味噌汁の味と、俺と澪の関係だけだった。まあ、二つ目は俺たちしか知らないが。
その後は他愛もない話が永遠と繰り返され、相楽家の朝食の時間は過ぎていった。




