第二十八話 本当の恋人に
「なんか、すっぴん見られるの恥ずかしい……」
お風呂から戻ってきた澪さんは、手で顔を隠しながらベッドの上に座った。
正直、すっぴんだと気づかないくらい綺麗だった。澪さんのノーメイクを見られるのって相当レアなのかもしれない……
「ちょっと、そんなにジロジロ見ないでよ!」
「あっ、ごめん」
確かに、同じクラスの男子にすっぴんを凝視されたら、恥ずかしいだろう。反省、反省。
「それで、圭君の話は?」
「……いや、長くなりそうだから、先にそちらから……」
完全に日和った。だって緊張するじゃん!
「じゃ、こっちから」
澪さんが俺の顔を真っ直ぐに見つめる。今までにないくらい真剣な表情に目を背けたくなる。
「あのー、圭君。もうこの関係、終わりにしない……?」
「え……?」
「ほら、もうこれ以上大人たちを騙すのはさ、ね?」
確かに、澪さんは正しい。
でも、俺の気持ちは?
こんなに澪さんのことが好きなのに。それなのにもう終わり?
嫌だ。俺はもっと澪さんと仲良くなって、本当の恋人になって。そう思い描いてたのに。
「だから、圭君、私達――」
「嫌だ!」
「えっ?」
「俺は澪さんのことが好きだ!」
唐突だとは思う。関係を終わらせようと言われたのに告白? 普通ではないことは確かだ。
それでも俺は自分の気持ちを知って欲しかった。
「席替えで隣になってさ、最初はただかわいいなって思って。でも俺なんかが仲良くなれるわけがないって思ってさ」
澪さんは口を挟まずに聞いてくれている。
「それでも君は話しかけてくれて、そしたら俺のファンらしくて。一緒に実行委員もできて、文化祭も楽しかったし。正直、『ケイ』だってバレた時は焦った。でも君は変わらず俺に接してくれた」
湧き上がってきた言葉がただただ舌から飛び出していった。これは正真正銘俺の気持ちだ。
「彼氏のフリをするの、本当は楽しかった。君の側にいれるだけで嬉しかった。だから、離れたくない。これからも一緒にいたい」
成功しないことは分かっていた。それでも、気持ちを伝えたかった。後悔したくない。
あの時、気持ちを伝えていれば……なんて気持ちを抱えて生きていたくはない。
俺が一通り言葉を吐き終わると、部屋には重々しい沈黙が居座った。
澪さんがゆっくりと顔を上げる。その顔を見ると、いつもと同じ笑顔を浮かべていた。
「圭君、人の話は最後まで聞こうね」
へ?
「でも、関係終わりにしようって」
「うん、そう」
「それって、恋人のフリするのやめるってことでしょ?」
「そうだね」
「つまり、俺たちはもう関わることはなくなる……」
「はい、そこが違います!」
澪さんがやれやれと言った感じで肩をすくめる。
どういうことだ?
「本当に察しが悪いんだね」
澪さん、なんか怒ってる……?
「だから、もう! 分かるでしょ!」
この人は何を言っているんだ? こっちは自分の気持ちを明かしたんだから、そっちも率直に言ってくれて構わないのに。
「ごめん、どういうこと?」
「……はぁ、恋人のフリじゃなくて、本当の恋人になろうよって言いたかったの」
澪さんが顔を真っ赤にして言葉を絞り出した。
「え……? それってつまり……?」
「そう、私もあなたと同じ気持ちってこと」
澪さんが更に顔を紅くする。
同じ気持ちってことは、俺のことが好き……?
いや、そんなはずは。だってそんな素振り一度も……ないことはないか。
「じゃあ、俺たちはこれから……」
「そう、改めてよろしくね、圭君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人でぎこちない挨拶を終えると、澪さんがいきなり抱きついてきた。
シャンプーの良い香りがする。
「せっかくプロポーズの言葉用意してたのに、圭君に先越されちゃったな〜」
「こっちも、もうちょっとカッコよく決めようと思ってたのに、勝手に早とちりして……」
本当に恥ずかしい。まあ、でも、これも俺らしい……のか?
「ねぇ、これからは圭って呼んで良い?」
「もちろん良いけど、俺は澪さんのままじゃ……?」
「ダメです!」
「……はい」
早く呼び捨てに慣れなきゃなぁ。
「ねぇ、圭」
「うん?」
「……大好き」
かわいすぎる。本当に俺なんかが彼氏で良いのかな……?
「圭は?」
「俺も好きだよ、澪」
俺が少し恥ずかしがりながら答えると、澪は嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、せっかく本当に恋人に慣れたんだからさ、しない?」
「何を?」
「キス……とか」
キス……かぁ。したいけど、怖い。
「うーん、そういうのはまだの方が」
「嫌、今したいの!」
俺の彼女は少々わがままだ。
「じゃあ、こっちから仕掛けてやる!」
そう言うと澪は俺の頬に唇を寄せた。柔らかい感覚が伝わってくる。
「へへ、どう?」
先手を打たれてしまった。だったらこっちは。
「どう、私のファーストキスなんだから、大事に――って、ちょっと」
まだ話している澪の唇を塞ぐ。彼女の体温が伝わってくる。
澪が首に手を回してくる。キスというのは思っていたよりもずっと甘く、ずっと心地よかった。
「……ん、圭、息できない」
澪に言われて唇を離す。まだ加減が分からない。
「はぁ、思ってたより積極的なんですね、彼氏君!」
明らかに機嫌が良くなった澪はベッドに寝転んだ。
「ほら、こっちおいで!」
完全に自分のものにした気になってる。まあ、間違ってはないが。
彼女に言われるがままベッドに上がると、澪がまた抱きついてきた。やっぱり良い匂いがする。
「ねぇ、一緒に寝てくれるでしょ?」
「もちろん」
もう何も気負う必要はない。だって、本当の恋人になったんだから。
澪は更に体を強く寄せてきた。少し暑苦しかったが、そんなのはどうでも良い。今は澪だけに集中していたかった。
彼氏になったからには絶対に離さない。
俺はこれからの日々に心を躍らせながら、ゆったりと眠りに着いた。




