第二十六話 相楽澪のお父さん
「ごめん! 変なお願いしてることはわかってるんだけど……」
澪さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
前回澪さんの家に連れ込まれてから一週間も経っていない。さすがに頻度が……
「実はね、今日圭君の家に遊びに行くって言ったら、夕食はウチで圭君も一緒にってお母さんが……」
「さくらさんが?」
「そう、それでお母さんすっかりその気になっちゃって。ほら、お母さんの中では、君は娘の初めての『彼氏』だから……」
「うーん、一応親に聞いてみないと」
「それが……」
澪さんの表情が更に曇る。
「お母さん、もう君のお母さんから許可取っちゃったみたいで……」
うん、逃げ道は無さそうだ。
この前発覚した相楽さくらと富樫真紀は高校の同級生だったという偶然のせいで、俺たちは両家から公認のカップルという見方をされている。
もう今更嘘でしたなんて言えないよな、これ。
「分かった。とりあえず夕食だけは頂くことにするよ」
「ホント! 良かった〜」
澪さんの表情がパッと明るくなる。
まぁ、澪さんの彼氏役も満更でもないし……
「じゃあ、早く着替え準備してね」
「え? 食事に行くんだよね」
「何言ってんの、明日休みなんだから泊まるに決まってるでしょ」
別に決まってないですけど、お泊まりはさすがに……
「ちなみに君のお母さんの許可は取得済みです」
「いやでも、こんな頻繁に泊めさせてもらうなんて、申し訳ないって言うか……」
「別に迷惑じゃないよ、なんせこっちから誘ってるしさ」
確かにそうだけど……
このまま話していても埒があかないということで、澪さんに押し切られる形で、とりあえず澪さんの家に向かう。
「あっ、ちなみに今日お父さんいるから」
「え!? お父さん!?」
なんでこの人はそういう大事なことを最初に言わないんだ?
「そんな、俺どうしたら……」
さくらさんは単純な人で助かったけど、澪さんのお父さん……?
俺、今回は生きて帰れないかも……
ウジウジ考えていると、いつの間にか澪さんの家が近づいてきていた。
「じゃあ、ここからは君は私の彼氏だからね、圭君?」
「了解、澪さん」
「その澪さんって言うの禁止。彼氏なら呼び捨てにして」
「えっ、でも……」
「頑張ってね!」
澪さんが玄関を開けると、前回はなかった革靴が、綺麗に揃えられて置かれていた。恐らく、澪さんのお父さんのものなのだろう。
「ただいまー!」
「お邪魔します……」
玄関からすぐのリビングに入ると、さくらさんが食事の準備をしていた。
「おかえり〜。圭君もいらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
さくらさんが優しく出迎えてくれた。まだ澪さんのお父さんらしい人の姿は見えなかった。
「ごめん、二人とも、まだちょっとご飯まで時間がかかりそうだから、澪の部屋でゆっくり待ってて」
さくらさんが準備をしてくれてる間に、澪さんの部屋で作戦会議が開かれていた。
「澪さん、お父さんってどう言う人なの?」
「うーん、どう言う人か? まあ、普通のお父さんって感じだけどなー。そんな気負わなくても大丈夫だよ。あと、『澪さん』じゃなくて『澪』ね」
「別に今は……」
「相楽家にいる間は澪って呼んでね」
澪さんがまたニヤリと口角を上げる。この人はこんな時でも俺を弄ぶ余裕があるみたいだ。
「……じゃあ、澪」
彼女を呼び捨てにしたのは文化祭以来だったが、あの時とは関係が進展し過ぎていた。
たった一週間だったけど、歌い手であると明かし、彼女の家に泊まり、恋人同士だと嘘をつき、そして今日はまた彼女の家に泊まろうとしている。
この一週間で彼女のことを嫌と言うほど意識させられた。もちろん前から意識はしていたけど、自分の気持ちがだんだんとくっきりしてきて、少し怖かった。
だから、呼び捨てにするだけでも胸がドキドキしている。
「うんうん、それでよろしい!」
澪さんが満足そうな顔をしている。これでいいんですかね……?
「準備できたわよー」
ちょうどご飯の準備ができたようだ。さくらさんが一階から声をかけてくれた。
さあ、こっからが本番。遂に澪さんのお父さんと対面である。
リビングに入ると、テーブルの上には半端ない量の美味しそうな料理が置かれていた。
「圭君が何が好きかよく分からなかったから、とりあえず、いっぱい作っちゃった」
さくらさんの言うとおり、ハンバーグ、唐揚げ、それにお鍋一杯のカレーまで用意されていた。
いくら男子高校生でも、こんなには……
「さくら、さすがに作りすぎだろ」
声のした方向を見ると、一人の男の人が座っていた。
体はそこまで大きくなく、黒縁の眼鏡をかけている。なんか思っていたよりも優しそうな印象。
「あぁ、君が圭君か」
「はい、富樫圭と申します。澪さんとはちょっと前からお付き合いさせて頂いてまして――」
「うん、話は聞いてるよ。澪の父の春樹です。今日はさくらが無理言ったみたいですまないね」
「いえいえ、こちらこそお招きいただいて……」
「まあまあ、そんなに堅くならないで。早く食べましょ」
さくらさんの一言で、俺たちも席に着いた。
俺と澪さんは隣合わせで座らされ、向かいには相楽ご両親が座っている。俺の目の前には春樹さんが座っている。
「じゃあ、いただきます」
「「「いただきまーす」」」
春樹さんの掛け声でみんなが声を合わせる。
「ねえ圭君、どれから食べる?」
澪さんが俺の更に取り分けてくれるみたいだ。
「じゃあ、とりあえず……」
一通り取り分けてもらうと、澪さんがニヤニヤしながら渡してくる。
「はい、どうぞ、圭君」
「ありがとう、澪……」
わざわざ名前を呼んで渡してきたので、こっちも返してはみたが、やっぱり恥ずかしい。
それを春樹さんがまじまじと見つめてくる。
時刻は夜8時。これ、俺、最後まで耐えられるかな?




