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第二十五話 冗談はほどほどに。

「ふぅ、疲れた〜」


 澪さんは俺の部屋に入るなり、ベッドにダイブする。


「ちょっと、それ俺のベッドなんですけど......」


「だから?」


「だからって……その……匂いとか……」


「ああ、全然気にしないよ」


 澪さんは俺のベッドに思いっきり顔を埋める。


「俺は気にするんです!」


 好きな人に自分の匂いが染みついたベッドを嗅がれるなんて。下手すれば嫌われかねない事案だ。


 それなのに澪さんは俺のベッドから顔を上げようとしない。


「ちょっと、澪さん」


「うーん、もうちょっとだけ」


 なかなかやめてくれない澪さん。もうしょうがないか。



 俺は諦めて、作業用のデスクに向かう。


 昨日録った歌ってみたの主旋律の音声の調整に入る。これからハモリを入れて、MIXして、投稿と、まだまだ時間はかかりそうだが、良いものができそうだ。


「ねぇ、これ何?」


 作業に夢中になっていて気づかなかったが、澪さんはとっくに起き上がっていたようだ。


「ああ、起きてたんだ。てっきり、今日は寝て終わるのかと――」


「もう、そんなわけないでしょ。私は君の歌を聴きに来たんだから」


「はいはい、そうですね」


「何その反応ぅー。あぁ、そうか。君は私と一緒に寝たかったのかー」


 澪さんはニヤリと微笑んでいる。あの日、澪さんの家に泊まったあの日と、全く同じ表情をしていた。


 つまり、また遊ばれているということ。


「……なんてね。ちょっとドキッとしたでしょ」


 あぁ、この人は俺の反応を見て楽しんでいる訳か。


 そっちがその気なら。


「うん、ドキッとした……」


 俺のまさかの肯定に澪さんの顔が一瞬固まる。そして、段々と顔が赤くなっていく。照れている姿もめちゃくちゃかわいい。これが見れただけでも、相当なプラスだ。よくやった、俺。


 少し考えた後、澪さんがなんとかして返答を絞り出した。


「あー、えっとー、冗談のつもりだったんだけど……、じゃあ、一緒に寝る?」


 どうしてそうなるんですか?


 この人は単純すぎる。なぜ自分は冗談を仕掛けるのに、人から仕掛けられた冗談にはこんなにも疎いんだ。


「何言ってるんですか? 歌、聴きに来たんでしょ」


「う、うん。そうだね……」


 そろそろ話を戻さないと、照れ澪さんのかわいさに俺の口角が天井を突き抜ける可能性がある。


「で? 歌って欲しい曲は?」


「え! 私が決めていいの?」


「まぁ、観客はあなた一人ですからね」


 元々彼女のために取り分けてある時間だ。せっかく俺のファンでいてくれているんだ。この時間くらいは彼女の自由にさせてあげよう。


「うーん、どうしようかな」


 澪さんはスマホで曲を探しているようだ。そんな真剣に考えなくてもいいのに……


「あっ、じゃあ、これ!」


 澪さんから向けられたスマホの画面に映っていたのは、最近話題の女性アイドルグループだった。


「えっ? 俺がこれ歌うの?」


「君しかいないでしょ。私が決めていいって言ったのは君だからね」


 澪さんがまた意地悪な笑みを浮かべる。彼女的にはこれでさっきの復讐を果たしたつもりなのだろう。


 あのー、冗談はほどほどにしないと、お互いに心に傷を負うだけですけど……


「分かったよ。その代わり、笑わないで聴いてね」


 この曲はかわいさを全面に押し出した、最近よくある感じの曲だ。俺には一番似合わないジャンルだろう。


 それでも、音楽に関して手を抜くつもりはない。



 ギターを手に取る。澪さんは歌い始める前から既にニヤニヤしていた。


「じゃあ、始めるね」


「はい、よろしくお願いします。『ケイ』君」


 俺は完全に開き直っていた。スタートからエンジン全開だった。1,2回しか聴いたことがなかったが、調べたTAB譜を頼りに演奏を続ける。


 ふと澪さんの方を見ると、信じられないといった表情をしている。


 まさかここまで本気で歌うとは思っていなかったのだろう。


 俺の精一杯のかわいい歌声が富樫家にこだましている。もし家族に聞かれたら一家心中を図りたくなる程恥ずかしいが、幸い家には俺と澪さんだけだ。



 曲自体には3分もないのだが、俺にはとてつもなく長く感じられた。


「……はい、終わり! どうだった……?」


「うん……、かわいかった……」


 それなら良かった。


「ねぇ、次はこっちの曲歌ってよ。これも同じグループの曲なんだけどね、こっちの方が圭君のかわいさが際立つと思うんだよね!」


 やっぱり良くなかった。



 その後俺は、似たような傾向の曲を何曲も歌わされた。澪さんには『かわいい富樫圭』というキャラクターが刺さったようだ。


 まあ、ただ揶揄われているだけかもしれないけど。



「そろそろ終わろうか」


 気がつくと19時が近づいてきていた。そろそろお開きが妥当だろう。


「ねぇ、圭君。もう一個お願い聞いてくれない……?」


 珍しく申し訳なさそうな顔をしている。恐らくあんまり良くないお願いなのだろう。


「まあ、俺にできることなら……」


 好きな人のお願いを聞きたいと思うのは当たり前のことかもしれない。まあ、内容にもよるが。


「ホント! じゃあ……」


「じゃあ……?」


「……また私の家に泊まってくれない?」


 へ?


 やっぱりお願いは内容を聞いてから返事した方が良さそうだ。

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