第二十四話 俺が歌う理由
何でもないただの火曜日の放課後。俺は自分の部屋で一人スマホの画面と睨めっこしていた。
何の曲がいいかな……?
最近忙しくてできていなかった、歌ってみたを録ろうと思っていた。文化祭も終わり、俺の溜まっていた音楽への熱が一気に爆発していた。
確かにカラオケに行ったり、恭介と澪さんの前で歌わされたりと、全く歌っていないわけではない。何なら、一人でいる時よりもたくさん歌っているかも。
でも、やっぱり世界中の人に届ける歌は、それなりに体力と時間を使って作りたかった。
しばらくスマホをスクロールしていると、一つの曲で指が止まった。
「あっ、これ――」
それは、最近リリースされたアニメの主題歌になっている曲だった。
歌っているバンドは『Silent Flame』。最近人気が出てきたスリーピースバンドだ。話題性もあるし、歌ってみたにはうってつけだろう。
『Silent Flame』というバンド名と同じように、静かな曲調と、炎のような感情溢れる歌唱が特徴のこのバンド。俺に歌えるだろうか……
まあ、歌ってみるか。
曲自体は何度か聴いたことがあるので、何となくメロディラインは掴めている。
俺は2階に上がり、自分の部屋の向かいの部屋に入った。
通称「録音部屋」と富樫家で呼ばれているこの部屋は、音大卒の俺の両親が楽器を弾きたいと、わざわざ防音設備を整えた部屋である。
俺が歌い手活動を始めてからは、だいたいこの部屋で録音作業をしていた。
「よし、一回目」
ヘッドホンから流れるイントロが心地よい。このバンドはこの曲に限らず、俺の好みに合った曲が多かった。
この曲は『影のパレット』という曲名が冠されていた。黒一色であるはずの影に色を与えるためのパレット。暗い人生に明るい色彩を与える、このアニメの主人公にピッタリとハマっていた。
気がつくと歌い終わっていた。とても心地よい響きだ。
俺は、歌ってみたを出す時は本人の色を消すことなく、自分の歌い方を上乗せできるように心掛けている。
そのためには、とりあえず沢山聴かなきゃいけない。
もちろん、この曲もまだまだ聴かなきゃ。
自分の声を自分で聴くというのはなかなか恥ずかしいが、歌い手としては不可欠な行為である。
「1回目にしては……って感じだな」
悪くないが、もっと上手く歌いたい。久しぶりの歌ってみたである。気合いの入り方が違う。
勉強にもこれくらいの熱量を注げたらいいんだが……
俺は暇さえあればこの曲を聴き、歌い、そしてまた聴いた。
木曜日、ついに納得の出来になった。
今回はだいぶ早い方である。長い時は1週間、1ヶ月とかかることもあった。
しかし、ここから投稿までには、まだまだたくさんの工程がある。
まずはハモリパートの録音である。今回は四枚重ねようと思っているので、まだまだこれから沢山録らなきゃいけない。
その後は音源を書き出してファイルに保存し、MIX作業に入る。
MIXは専門の業者さんに頼めれば最高の出来になるのだが、俺は独学で頑張っている。もっとも、頼めるだけの金がないのが一番の理由なのだが……
MIXが終わったら、エンコード作業だ。MIXした音源と本家の映像を合わせる作業。これは俺でも比較的簡単にできる。
そしてやっと投稿できるという訳だ。
「ふぅ、疲れた〜」
正直、この3日間、この曲だけに集中していたので、なかなか疲労が溜まっていた。
明日は金曜日。澪さんがまたウチに来る。
何歌おうか……
正直、彼女から求められた曲を歌うのが一番手っ取り早い。観客は彼女一人なのだから。
でも、せっかくだから、自分の自信のある曲も聴いて欲しい。一人の歌い手として、いつまでも消えることがないであろう欲望だ。
よく、歌い手なんて自己顕示欲の塊だと言われることがある。もちろん、聴いて欲しいという気持ちはあるわけで、その点では自分をアピールしているのかもしれない。
でも、多分歌い手たちは、少なくとも俺は、本当に音楽が好きなんだと思う。
俺は歌うことで情けない現実を忘れることができた。歌う理由は人それぞれだが、でもきっと、みんな音楽が好きで、音楽が力になっている。
そしてそれを他の人にも味わって欲しい。そしてもし叶うなら、自分の声によって誰かの心が満たされて欲しい。
そう思って歌うのだ。
こう考えると、自己顕示欲の塊という言い方は、少し語弊があるかもしれないが、本質は捉えているのだろう。
まあ、俺は好きだから歌う。ただそれだけだ。
ただ、俺の声が届いて欲しい人が一人いるが。
はあ、また澪さんのこと考えてる。
もう寝よ。明日のことは明日考える。
「おはよー、圭君。今日の約束、覚えてるよね」
「うん、放課後ね。すぐウチ行く? それとも澪さん家寄ってく?」
「ううん、そんな長居する気ないから、直行でいいよ」
朝イチで約束の確認をしてきた澪さん。相当楽しみにしてたんだろうな。かわいい。
「圭、口角」
「あ……」
恭介が俺の口角ガン上がり癖を指摘するのに慣れてきてしまった。これは良くない。
まあ、好きな人のこと考えて口角上がるのは当然だよな……?
結局、今日の授業も集中できなかった。これから好きな人と時間を過ごせることへの高揚が止まらない。
俺、澪さんのこと好きすぎるかも……




