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第二十一話 頭から離れない思い

「……ただいま」


 小さな声で一応の挨拶を済ましながら、富樫家に帰還する。もう二人とも仕事に出かけただろう。


 時刻は8時手前。思ったより遅い帰宅だが、相楽さん家で朝ごはんは頂いてきたので、学校まではまだ余裕がある。


 両親には『友達の家に泊まる』とは言ったが、まさか女子の家だとは露ほども思っていないだろう。なんか騙してるみたいでモヤモヤする。でも俺は何もやましいことはしてない。


 そう、何も……


 まあ、澪さんの服を着て、澪さんの隣で寝て、さくらさんに澪さんと付き合ってると嘘をついただけ。


 ちょっと、いや、大分大胆なことをしてきたが、何とか許されるんじゃないか?



 学校は13時までに行けばいいので、それまでは特にすることもない。もう一眠りするか。昨日は緊張して眠りが浅かったので、体が休息を求めている。


 ソファに横になる。


「はぁ、ダメだな。俺」


 昨日のことが忘れられない。相楽さんの笑顔、匂い、仕草。全てが愛おしい。黙っていても俺の頭から離れない。


 時間が経てば経つほど、俺は澪さんが好きだと思い知らされる。


 一人でいるとダメだ。澪さんのことしか考えられない。かと言って、今家には俺一人。どうしようもできない……


「お前、何してんの?」


 頭上から降ってきた聞き馴染みのある声に、俺は顔を上げる。


「恭介、せめてチャイムは鳴らしてくれ……」


 ごめんと言いながら床に寝転ぶ恭介。勝手に家に入ってきて、リビングまで声もかけずにズカズカと上がってくるのだから、彼はもう富樫家の一員と言っても過言ではない。


 何はともあれ、話し相手には十分だ。


「恭介、昨日のことなんだけど……」


「あぁ、その感じだと、相楽さんとこに泊まってきたんか?」


 相変わらず勘のいい男だ。彼には隠し事はできない。



 昨日のことを一通り話す。恭介の表情がちょっとずつ歪んでいるが、見てないことにしよう。


「じゃあお前、昨日は相楽さんと一緒に寝て、恋仲になって帰ってきたってことか……?」


「まあ、大分歪曲されてるけどな」


「俺が昨日ぐっすり眠っている間にお前って奴は……」


 わざとらしく悔しがる恭介を見ていると、少し気持ちが晴れてくる。


 さすが、俺のメンタルサポート役、北原恭介。意識せずとも、俺の心を整えてくれる。まぁ、もしわざとだったら相当な策士だが。



「そろそろ腹減ったな」


 恭介に言われ時計を見てみると、11時半を回ったところだった。


「もうこんな時間か。どっか外で食う?」


「高校前のラーメン屋行くか。あそこ安いらしいから」


 高校生にとっては、お昼代一食分もなかなかの出費である。どこが安いとか、どこが美味いとかいう情報はすぐに回ってくる。



 今日は文化祭の後片付けだけなので、動きやすい服装で来いと言われていた。適当に着替えてそろそろ出ないと。


 目的のラーメン屋に着くと、運良く、すぐに席に座ることができた。


 周りはお昼休憩中のサラリーマンから小さな子を連れたお母さんまで、色んな人が座っていた。


「お前、決まった?」


「おう」


「すいませーん。注文お願いしまーす」


 恭介のよく通る声に、店員さんがすぐに駆けてくる。


 いつもそうなのだが、こういう飲食店での注文は、陰キャにとってなかなかな苦行である。恭介みたいな何の躊躇もせずに店員さんに声をかけられる人は本当に尊敬する。いつもありがとう。


 注文を済ませると、久しぶりに他愛のない会話が生まれる。最近は文化祭関連が多かったので、こういう馬鹿馬鹿しい会話をしたかった。


 注文してから5分も待たずにラーメンが運ばれてきた。安く、早い提供。あとは味だが。


 二人同時に麺を啜る。


「おい、圭、これ――」


「あぁ、めっちゃ美味い」


 鼻を抜けていくすっきりとした醤油の味わいと、少し柔らかめの麺がうまくマッチしている。これはリピートしたい。


 何も喋らず、ただひたすらに麺を啜る。腹ペコの男子高校生にかかれば、完食に10分も掛からなかった。


「「ごちそうさまでした〜」」


 ラーメン屋を出ると、時刻は12時半を過ぎた頃だった。時間もちょうどいいくらいだ。


 俺たちは目の前の学校へと足を運ぶ。俺たちのクラスは、他のクラスに比べて凝った装飾などはしていないので、そこまで手間取らずに片付け終わるはずだが……



 教室に入ると俺たちより一足先に一人の女子が来ていた。


「相楽さん、お疲れ」


「あっ、おはよー、恭介君。それに、圭君も」


「おはよ」


 俺は澪さんに2回目の挨拶を済ませる。


「澪さん、改めて朝はありがとうね」


「ううん、こっちこそ色々巻き込んじゃってごめんね」


 俺たちのやりとりを恭介が微笑ましく見守っている。お前はどんな視点なんだよ……



「あぁ、もう3人とも来てたんだ」


 俺たちの次に教室に入ってきたのは小島さんだった。昨日のカラオケで彼女へのイメージも大分変わった。


「利奈、おはよー」


 澪さんが小島さんに飛びつく。やっぱり仲良しだ。


「ていうか、お前、昨日澪に何した?」


 小島さんからの当然の憎悪ガンガンの視線が刺さる。


「え? 利奈、昨日のこと言ったっけ?」


「何言ってんの。澪、コイツの歌聞いて泣いてたじゃん。3人はなんか自分たちで解決してたけど、私だけよくわかんなくてモヤモヤしてたんだからね!」


 良かった。昨日澪さんの家に泊まったのはバレてないようだ。まあ、言わなきゃバレないだろうが。


 後は澪さんがうまく交わしてくれるだろう。長い付き合いなら彼女のことも上手く扱えるはずだ。



 続々と皆が登校してきて、片付けが始まった。準備と同じように、澪と恭介が中心となって順調に進められていく。


 昨日の澪さんとは大違いだ。学校ではしっかり者でいつも余裕がある澪さん。でも昨日は、隙がいっぱいあって、ちょっとだけ意地悪で。


 はあ、また澪さんのこと考えてる……。


 俺は自分の気持ちを隠すように片付けに取り組んだ。いつかこの気持ちに向き合うことはできるのかな……?

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