第二話 相楽澪は俺のファン
「あぁ……よろしく。」
ぎこちない挨拶を返した俺に、相楽さんはまた微笑みかけてくれた。
女性経験のない俺には(別に女性経験がある人でも同じだと思うが…)相楽さんは天使のように見えた。今まで遠目でしか見たことがなかった彼女の顔は、近くで見ると本当に輝いて見えた。パッチリとした二重の目、美しい鼻筋、花のような唇。それぞれの美しいパーツが均整の取れた位置に配置されている。これなら、男子が身の程知らずに突っ込んでいくのも頷ける。
俺に声を掛けた後、相楽さんは仲の良い女子のグループの方へと消えていった。
「かわいいよな、相楽さん。にしてもお前、顔、ニヤケすぎ。」
恭介が俺の口角を指で下げる。
「いや、別にニヤけてないから。」
完全に強がっているだけである。もちろんそのことは恭介もお見通しのようで。
「お前、ちょっと話しただけでそんなニヤけて。これから毎日どうすんだよ。ペアワークとかもある訳だろ。いちいちニヤニヤしてたら相楽さんも気味悪いだろ。」
彼の言うとおりである。彼女に嫌われたら、俺はもうこの学級では生きていけない。彼女自身が感じているかは分からないが、このクラスは彼女の意向で動いている節がある。男子は彼女に気に入られようと、常に彼女の動向を気にしている。女子は女子で、クラス内のトップチームから降格しないように、彼女の動きに気を配っている。つまり、俺が彼女から嫌われたら、俺は男子からも女子からもシカトされる未来が待っているということだ。まあ、今の状況とさほど変わりはないがな。
そんなことを考えているうちに午前の授業は過ぎていった。
「圭、一緒に昼食おうぜ」
恭介が後ろの俺の席に自分の弁当を置いて、椅子をこちらの方へ向けた。俺と恭介は向かい合って、それぞれの弁当箱を開けた。
(相変わらず綺麗な顔してるな。)
彼の顔は、男の俺から見ても整っていると思う。
この男は俺とは真逆に見えるだろう。顔だけではない。勉強もこの前の高校初のテストは学年一位だったそうだし、スポーツだって何をやらせてもそつなくこなす。性格もフレンドリーで、みんな彼を頼っている。いつの間にかこのクラスの中心的役割を担っていた。
それでも、こんな俺との付き合いをやめないのは、皆には見せない彼の深い部分に、俺も同じ「陰」の部分があるからなのだろうか。俺も本当の所は分からないが、何はともあれ、恭介は俺の一番の親友だ。
気がつくと、二人とも弁当を食べ終わっていた。弁当の蓋を閉めながら恭介が口を開いた。
「圭、今日お前ん家行ってもいい?漫画貸してよ。こないだの続き。」
彼はよく理由をつけては俺の家に来る。高校に入ってから頻度は減ったものの、週に一度は俺の部屋で一緒にゲームをしたり、漫画を読んだりして時間を過ごしていた。
彼だけは俺の歌い手活動を知っている。
まあ、これだけウチに来る奴に隠し通す自信はなかったし、彼が俺を馬鹿にするような奴ではないことは俺が一番分かっていた。他の人にバレたらどう言われるか分からないが、彼だけは信用できた。
「いいよ。母さんにも一応連絡入れとくわ。」
「おっけ。よろしく。」
恭介は委員会の仕事があるとのことで教室を出ていった。高校入りたての頃は教室に一人ポツンといるのは居心地が悪くて、図書室に行ったりしてみたものだが、もうすっかり慣れてしまった。
「あのー。富樫くん。今いいかな?」
「えっ、いいけど…。」
話しかけてきたのは相楽さんだった。
「せっかく隣になったから、もっと君のこと知りたいと思って。」
なるほど。彼女ほどの聖人は、こんな孤立してる陰キャすらも見逃さずに声を掛けてくれるものなのか。
「なんか趣味とかある?」
「うーん。曲聴くのは好きだけd…」
「えっ!どんなの聴くの?」
食い気味で質問してくる相楽さんにたじろぎながらも、なんと答えれば良いかと考えを巡らせる。彼女に気に入られたい訳ではないが、避けられるのは回避したい所である。
「まぁ、J-POPとか。」
なんでもっと愛想良く答えられないのかと、今すぐ自分を叱りつけたい気分だったが、急に愛想良くなる陰キャも、それはそれでキモイだろう。
「へぇー、誰か好きなアーティストとかいる?」
なぜ彼女はこんなにも俺との会話を続行したいのか分からない。恭介以外の同級生とこんなに長く会話するのはいつぶりだろうか。
「特にいないかな。」
「そっか。私は好きな歌い手の人がいるんだけどね。」
そう言って彼女は自分のスマホの画面を俺に見せてきた。
次の瞬間俺の目に見慣れた字が飛び込んできた。
「『ケイ』…」
「そう、『ケイ』って言うんだけどね、私たちと同じ歳なんだよ。それなのにオリ曲も作ってて。ギターもピアノも弾けるんだって。まだあんまり有名じゃないんだけど、私はすっごく応援してるの。って、ごめん、早口になっちゃって。」
まさかこんなとこに自分のファンがいるなんて。恥ずかしい。でも、嬉しい。クラスではアイドル的存在の彼女が俺のファンなんて想像もしていなかった。相楽澪が俺のファン…。どんな確率なんだろう。俺は完全に思考が停止してしまった。
「富樫くんも聞いてみてね、『ケイ』の曲。きっと気にいると思うな。」
「う、うん。聞いてみるよ。」
「絶対だよ!そういえば富樫くんの下の名前も圭だよね。」
やばい。落ち着け、俺。
一度焦ってから我に帰る。俺と同じ歳のケイなんていくらでもいる。こんなんでバレる訳ない。
「あぁ、そうだね。すごい偶然だなー。」
硬くなっているのが自分でも分かって、もっと緊張してくる。
「まさか、君が『ケイ』だったりして笑」
笑いながら言う彼女に愛想笑いで誤魔化す。誰にもバレてはいけない。特に彼女には。俺のファンらしい彼女には尚更。
その時、予鈴が鳴り響いた。
「あっ、次の授業なんだっけ。」
「次は古典だったはず。」
「古典かー。眠くなっちゃうんだよな。もし寝てたら起こしてね。圭くん。」
そう言って笑う彼女はいつもと変わらず凛とした表情をしていた。ただ、俺の中で彼女への印象は今朝までとはまるで違っていた。




