第十八話 「俺と友達になってくれませんか」
澪さんの家に着いたのは21時半前だった。
玄関の前に立つと澪さんがイタズラに微笑む。
「バレないように頑張ってね」
「え?」
俺が考える間も無く、澪さんは俺の手を引きながら家の中に入った。
「先に部屋行ってて――」
澪さんは小声で呟きながら俺の背中を押す。澪さんの部屋の場所はうっすらと覚えている。
「ただいまー!」
「おかえり、遅かったわね」
階段の途中で相楽母娘の会話が聞こえてくる。何でこんな無謀な挑戦をさせられているのだろう。
頼む! 誰にも会いませんように……!
俺の願いが通じたのか、澪さんの部屋まではスムーズに来ることができた。
部屋に入るとあの時と同じ甘い香りが鼻を抜ける。前回は文化祭準備の手伝いという名目で来たが、今日は半ば連れ去りのような形だ。
一体これから何をされるんですかね……?
俺の頭に不安が立ち込める。こんなことになるならバラさなければ良かった。
俺が今更感満載の後悔に悶えていると、澪さんが部屋に入ってきた。
「ふぅ……誰にもバレなかった?」
「多分」
「なら良かった」
澪さんがいきなりベッドにダイブする。疲れたと言いながらゴロゴロし始めた。
制服姿なので少し目のやり場に困りながら、先に仕掛けてみる。
「澪さん、何も無いなら俺帰るけど」
何も無かったら自分の家にまで連れてこないだろう。そんなことは分かっているが、少しでも優位に立っておきたかった。
「まあまあ、そんなせかせかしないで。君もこっち来なよ」
澪さんはそう言いながらベッドをポンポンと叩く。
少し気持ちが揺らいだが、俺は床に座らせてもらった。ベッドの上じゃ距離が近過ぎて正常な言動ができないと判断した。ちゃんと考えられて偉い、俺。
「えー、来てくれないの?」
耐えろ、俺。これからどんな展開になるかわからない以上、リスクは最低限にしておきたい。
「まあいいや、じゃあ本題に入ります」
やっと澪さんが話をする気になってくれたようだ。俺は姿勢を正して彼女の口から発せられる言葉を待ち構えた。
「まず、何で君は自分が『ケイ』だって黙ってたのかな?」
澪さんの目元から笑いが消える。彼女は本気の回答を待っているようだ。そっちがその気なら――
「結論から言うと、怖かったから。かな」
「怖かった?」
「そう、怖かった。あの日、席替えで隣になった日、君は俺に話しかけてくれたよね。俺、そん時まで恭介以外の人とほとんど話したことなくて……。うん、だから、嬉しかった。」
本音を漏らす。一番大きな秘密がバレた今、隠すことはない。一つ、俺が彼女を好きだということを除いては。
「それで、「友達」になれると思ったんだ。俺と君。ごめん、身の程知らずだってことは分かってる。でも、君は俺のファンで。もしかしたら、俺が『ケイ』だって君が知った時、普通の距離感じゃいられなくなっちゃうんじゃないかって」
澪さんは何も言わずに聞いてくれている。今までで一番真剣な表情をしていた。
「それで、言い出せなかった。文化祭実行委員になって関わることが増えていくほど、君と友達になりたいって思いが強くなった。歌い手『ケイ』じゃなくて、あなたの同級生の『富樫圭』として」
俺の思いは全て吐き出した。友達って所を恋人にすれば完璧だが。そんな勇気も余裕も今はない。
「ふーん、そうですか」
思っていたよりも淡白な反応が返ってきた。
何だよそれ。こっちはどんだけ頭回転させて、言葉選んで答えたと思ってんだ。
ちょっとだけイライラが湧き出してきた。じゃあ、反撃だ。
「ねぇ、逆に質問いい?」
「いいよ」
「澪さんが俺に文化祭一緒に回ろうって言ったのは、やっぱり、俺に『ケイ』だって白状させるため?」
「うん、正解」
なんか反撃したつもりが、自分の心を抉っただけだったかも。
「……半分はね」
「じゃあ、他にもあるってこと?」
「もう半分は、単純に君のことを知りたかったから」
澪さんが少し恥ずかしそうに俯く。やっぱり反撃だったみたいです。
「最初は君が『ケイ』かも知れないって思って。証拠集めみたいな感覚だった。ずっと君のこと見てたんだよ、私」
深い意味はないのだろうが、ずっと見ていたという言葉に少しドキッとしてしまう。俺もちょっと恥ずかしくなってきた……
「君は知れば知るほどよくわかんない人で。気がつくと君という人間自体に興味が出てきちゃって、それで文化祭楽しめって怒られた時に、もちろん『ケイ』について問い詰めるチャンスだって思ったけど、その……」
「別に怒ったわけじゃないけど……。文化祭回れば、もうちょっと俺という人間について深いところが見えるんじゃないかって思ったんだね」
「そう」
澪さんが言葉に詰まった所を見計らって話の主導権を持ってくる。
「じゃあ、俺たち似たもの同士だね」
「え?」
俺の予想もしていなかった言葉に澪さんが顔を上げる。
「それぞれがお互いのことを知ろうとしてたけど、超がつくほど不器用で。それで、結局相手に無理させて」
「確かに……そうかもね」
澪さんの顔に笑顔が戻ってきた。やはり彼女には笑顔がよく似合う。よし、このまま。
「澪さん、お願いがあります」
「えっ、なんですか」
なぜかどっちも敬語だが、俺も気にせずに進める。
「俺も、富樫圭と友達になってくれませんか……」
「……こちらこそ、お願いします」
なんか告白みたいになってしまったが、一旦は落ち着くところに落ち着いたんじゃないか?
俺は強引に話を終わらせようとしていた。明日も午後からとはいえ学校がある。そろそろ帰らないと母さんが心配するだろう。父さんの方は……まあ、大丈夫だろうけど。
「よし、じゃあ俺は帰るね」
「へ?」
「え?」
「泊まってくんじゃないの?」
何を言っているんでしょう、この人は?
高校生男子が同級生の家で一夜を明かすなんてそんなことできる訳が――。
「だって、下行ったらお母さんとお父さんにバレちゃうよ?」
馬鹿なのは俺の方でした。
確かにこの状況で、相楽ご両親にバレずに外に出るのはほぼ不可能。
「あっ、もしかして今気づいた? もう、ちょっと抜けてることあるよね、君」
何も言い返せない……
「まあ、今日はゆっくりお話しよ。まだまだ聞きたいことはあるしね……」
澪さんがまたイタズラな笑みを浮かべている。
ていうか俺、本当に泊まっちゃうの……?




