第十七話 本当の自分
俺がマイクを持つと、恭介が驚きの表情を見せる。
俺は歌うことを選んだ。
ほとんど澪さんにバレるのは確定だろう。でも俺は本当の自分を知って欲しいと思った。俺のファンである彼女に。俺が好きなこの人に。
「よし、じゃあ圭君よろしく!」
澪さんがいつも通りの笑顔で場を盛り上げる。その笑顔の裏にはどんな気持ちが隠されているのだろう。考えるほど不安が募る。
俺が『ケイ』であるという事実は揺るがない。それを今、澪さんに打ち明けようとしている。
隣の恭介は不安そうな顔をしていた。俺の秘密を知っている唯一の親友。ついこないだまで絶対に打ち明けないと豪語していたのに、結局恭介の言う通りになってしまった。
さて、何を歌うか……
澪さんは相当『ケイ』のことを知っているのだろう。好きな映画だって、一回書き込んだかどうかなのに鮮明に覚えていた。きっと俺の歌みたもほとんど聴いているはずである。
それなら――
俺が選んだのは初めて歌みたを投稿した曲だった。歌い手『ケイ』としてのスタートの曲。
当時俺が好きだったバンドの代表曲であるこの曲。もう今まで何度も聞いたし、歌ってきた。今やこのバンドはドームツアーをするまでに成長している。
新しい一歩を踏み出す人を応援するこの曲は、今の俺にぴったりだった。
イントロが始まる。何度も聞いた最初のドラム。今までで一番緊張している。隠し続けていた本当の俺が今姿を現そうとしている。緊張するのも当たり前かもしれない。
大きく息を吸い込んで、声を始めの音に乗せる。
その瞬間、部屋の空気が変わった。普段学校ではぶっきらぼうな陰キャ男子がいきなり熱唱し出したのである。驚くのも無理はない。
歌い始めると不思議と体の力が抜けてきた。今まで「誰か」に聴かせて歌は、今この瞬間、ただ一人に向けている。
今まで苦しかった高音も楽に出たし、音程もバーにバッチバッチに当たっている。なぜかは分からないが今まで一番上手く歌えている気がする。
それでも俺の喉はもっとできると言っている。曲が終わりに近づくにつれて俺はもっと激情的に歌い上げた。
恭介も小島さんも、そして澪さんも何も言わずに聴いてくれている。正確には何も言わせないほどの歌唱をしている。
気がつくと曲が終わっていた。体の力が抜ける。
「ありがとうございました」
たどたどしく挨拶する俺に恭介が拍手で応えてくれる。
「あんた、こんなに歌うまかったの? 聞いてないんだけど……」
小島さんは信じられないといった表情で俺のことを見ている。
二人の反応はもちろん嬉しかったが、俺が最も反応を知りたいのはもう一人だ。
そう、相楽澪。
俺は自分を晒け出した。あとはあなたの反応に委ねられている。
相楽さんに目を向ける。
「え……?」
俺の目に映ったのは涙を流している相楽さんだった。
「相楽さん、大丈夫?」
「澪?」
二人の心配の声には応えず、ただ一言発する。
「『ケイ』だ――」
相楽さんが震える声で、でも力強い目線で言葉を突き刺す。
「君はやっぱり『ケイ』なんだね?」
相楽さんの眼光がより鋭くなる。
「うん、俺が『ケイ』だ。昼は嘘ついてごめん」
心からの謝罪だった。もちろんお昼についた嘘もだが、今まで黙っていたことへの謝罪も強かった。
「ちょっと、何今更自己紹介してんの?」
何も知らない小島さんが不思議そうな表情を浮かべる。隣では当事者の俺より安堵の表情を見せる恭介がいた。そして、何も説明しようとしない俺たち。
部屋の中は軽いカオス状態である。
微妙な空気が流れる中、それを打ち破ったのは澪さんだった。
「よし、みんな一回は歌ったね! 今日は朝まで行くぞ〜」
明らかに無理をしているように見えたが、すぐに恭介が呼応する。
「よーし、次は何歌おうかな」
いつもより明るい声のトーン。こういう時に調整役として動けるのが彼の良いところである。
小島さんも空気が戻ってきたのを感じ取ってはスマホを開いて、自分のプレイリストを確認し出した。
その後は皆が代わる代わるマイクを握り夜は更けていった。気がつくと時計の針は21時を過ぎていた。
「そろそろ俺たちはお暇しようかな、ねえ、圭」
「ああ、そうだな」
カラオケからウチまでは歩いて30分くらいだ。今から出れば22時前には着けるだろう。
「じゃあ私たちも解散しようか」
半日とはいえども明日も学校がある。高校生が遊ぶのはそろそろ限界の時間だ。
「それでは解散!」
カラオケ代は言い出しっぺの澪さんが払ってくれたが、俺と恭介は後で返させてもらおうということになった。
「また明日学校でねー」
澪さん、小島さん、俺たちと三方向に散っていく。
やっと俺の長い長い一日が終わる。
――はずだった。
「圭君、ちょっといい?」
「澪さん、どうした?」
「今日この後暇?」
嫌な予感がする。ちなみに今日富樫家は皆遅くまで仕事である。ここは正直に答えておこう。
「暇だけど……」
「じゃ、この後ウチ来てね?」
「え? 流石に今からは――」
俺の言葉を遮るように、澪さんは俺の腕を引っ張って耳元で囁く。
「……逃さないから」
芯のあるその声が脳に響く。
逃げられない。そう洗脳されている感じだった。
「なんかお取り込み中なら、俺は帰りますねー」
気がつくと恭介が2,3歩前を行っていた。
「待っt……」
俺の抵抗虚しく、腕は澪さんにがっちりと掴まれていて動くことができなかった。
「さあ、これからが本番だねぇ、『ケイ』君?」
俺の長い一日はまだ終わらなそうだ。




