第十三話 俺のミス
北楼祭2日目。今日も強い日差しが降り注いでいる。
午前はシフト、午後は相楽さんと一緒に回る予定。今日も忙しくなりそうだ。
昨日突如決まった「相楽さんと文化祭を回る」という約束。好きな人と文化祭を回れるなんて、入学した時には考えてもいなかった。それも、クラスの、いや、学校一のアイドル相楽さんとである。
今から緊張してしまって、朝からソワソワしている。
とりあえず、恭介を迎えに行かなければ。
彼は今日もメイドのシフトがあるので、相楽さんにメイクをしてもらわなければならない。今日も7時半学校集合だ。
昨日とは違い一人での朝食を済ませ、足早に北原家へ向かう。
「おはようございます」
インターホンを押し、声をかけると恭介が応対した。
「ちょっと待って、今行く」
昨日よりも早く準備してそうだ。時刻は7時丁度。少し早いくらいだ。
「よし、行こうぜ」
恭介が家の鍵を閉める。
「今日徹さんは?」
「用事があるっつって6時くらいに出てったよ」
「随分早いな」
「今日は叩き起こされたから寝不足だよ」
大きくあくびをしながら歩く恭介。朝が弱い彼にとっては6時起床はかなり苦行だったはずだ。
「それで、今日のデートプランは?」
「は?」
「相楽さんとの文化祭デート。お前も積極的だよな」
やはり曲解している。相楽さんとはそんな関係ではない。まだ……。
「別にそんなんじゃねぇよ。ただ一緒に回るだけだから」
「またまた、強がっちゃって〜」
脇腹をツンツンしてくる恭介に、軽く腹パンを入れておく。
「本当にそんなんじゃないから。誘ってきたのは相楽さんの方からだし」
「え?」
恭介が「何で?」と言いたそうな表情をしている。その気持ちは俺にもわかる。
いくら消去法でも、友達の多い彼女ならもっと他に良い人がいただろうに。後で理由を聞いてみよう。
俺らが学校に着くと、昨日と同じように相楽さんと小島さんが待ち構えていた。
「二人ともおはよー」
いつも変わらない二人。俺だけが勝手に心拍数が上がっていた。
いけない、いけない。午前中にはシフトもあることだし、一旦心を落ち着かせなければ。
「圭君、今日はよろしくね! 私もシフトは午前だから、お昼なったら落ち合お!」
「うん、俺は11時までシフトだけど、相楽さんは?」
「あっ! 私も11時までだよ!」
「じゃあシフト終わったらそんままお昼行こうか」
「うん、楽しみにしてるね」
優しく微笑みかけてくる相楽さん。かわいすぎる……
俺のドキドキはずっと収まることがないだろう。本当に相楽さんと一緒に回れるなんて。実際に相楽さんと話してると一気に現実味を帯びてきて、より緊張。
気がつくと恭介がもう慣れたもんだと言わんばかりに、スラスラとメイド服に着替えていた。
「じゃあ、相楽さんよろしく!」
相楽さんと昨日一回仕上げているからか、躊躇せずメイクを進めている。
「よし! OK!」
昨日よりも随分早く準備が終わる。やはり仕事ができる二人だ。
時間が過ぎるにつれて、だんだんとクラスメイトが登校してきた。今日は全員揃っていそうだ。森田先生の出番はなさそう……。良かった。
2日目ということもあり、全体的に疲労の色が見え始めたが、文化祭というバフでみんな元気に振る舞っていた。
午前9時。2日目の開始。
朝イチのシフトで相楽さんと恭介が被っているので、昨日と同じような集客になるだろう。一応昨日と同じくらいはドリンクを用意しているので、午前は耐えられるだろう。
予想通り、開始と同時に人がなだれ込んでくる。
昨日を経験していなかったら破綻してしまったかもしれないシステムも、十分に対策されていた。
効率のいい動線。コーヒー4:お茶6の杯数で用意しておくといいドリンク。全て計算済みである。
ふと相楽さんと目が合う。昨日はシフトが被らなかったし、午後の手伝いといっても半分以上買い出しに出ていたので、相楽さんのメイド姿をあまりちゃんと見ていなかった。
昨日俺に『どうかな……?』と訊いてきたメイド姿もすっかり板につき、忙しなく動く彼女の姿に俺は目を奪われていた。
相楽さんがドリンクを取りに来た。
「圭君、後一時間だね……」
ズルい。ズルすぎるぞ相楽さん!
そんなこと言われたら意識しちゃう。頑張って平常心を装っていたのに。
「そんなジロジロ見られたら恥ずかしいよ?」
やはり俺の視線には気づいていたようだ。恥ずかしいのは俺の方です……。
適当に言葉を返すことしかできない俺に、相楽さんがイタズラな笑顔を残していった。
「おい、あんまイチャイチャすんなよ」
恭介がここぞとばかりに揶揄ってくる。
「だから、お前――」
「分かってるって。やることちゃんとやるなら、いくらでもイチャイチャしちゃってください」
うん。何も分かってなさそうだ。
楽しみなことを待っていると、時間はなかなか進んでくれない。
ずっとソワソワしながら仕事をこなしていると、時計の針が11時を指した。
「圭君、着替えてくるから、ちょっと待っててね」
教室の前で待っていると、まだシフト中の恭介が話しかけてきた。
「おい!圭!」
「何だよ」
「相楽さんは?」
「今着替えてるとこ。もうすぐ来るんじゃないかな」
「ふーん、楽しんで来いよ。こっちは任せてくれていいから」
やはり、頼りになる男だ。ちょっとウザいいつもの恭介よりも少しかわいく見えるその顔はニヤリと微笑みを浮かべていた。
「ごめん、行こっか」
丁度相楽さんが戻ってきた。ふと横を見ると恭介の姿はなかった。何事もなかったように仕事に戻っていた。
とりあえず模擬店に行くかということになり、他愛のない話に花を咲かせていた。
急に相楽さんの声のトーンが下がる。
「ねえ、圭君。ちょっと聞いてもいい?」
俺に疑問があるのだろうか?
まあ、確かに他の人から見たら何考えてるか分からないし、知らないことも多いだろう。
「何?」
「圭君は私のこと名前で呼んでくれないの……」
「へ?」
思わず変な声が出てしまう。それはどういうことでしょうか……
確かに相楽さんは俺のことを『圭君』と呼んでくれる。俺は何となく『相楽さん』としか呼べていない。
「逆に呼んでいいの……」
「もちろん。じゃあ早速呼んでみてね」
「じゃあ、今日はよろしくね。澪……」
俺が勇気を振り絞って呼んでみると相楽さんは驚いたような表情をしている。
俺変なこと言ったか?
「澪って言った?」
相楽さんに言われて気づいた。急な呼び捨ては確かに行き過ぎたかもしれない。
「ごめん! 急に呼び捨てにしちゃって!」
人と関わらないが故の距離感のミス。キモがられてもおかしくない状況に消えたくなる。
「いや、別に攻めるつもりはなくて。急だったからびっくりしただけだから」
なんて心が広いのだろう。こんな陰キャのミスを受け入れてくれる彼女の姿がより輝いて見える。
「じゃあ、私も呼び捨てでいいよね?」
「え? いいけど……」
「やった。じゃあ改めてよろしくね、圭!」
急な呼び捨てに魂が抜けかける。今回ばかりは俺のミスを褒めてやりたい。
よくやった本当に――。でも、これ心臓持つかな……




